発達障害者の日誌109
距離感がわからなくなって拒絶を無理矢理押し通した事もあったりもしましたが、その子とは今それなりの距離感でよい友達ではあります。異性間での距離に悩む事も多々ありますが、一言だけワンクッション、ちょっと距離感がわからないからいってねという言葉があればそれはそれでいいような気がします。
僕も最近ではよほどでないとハグをしなくなりましたしね。親愛やら友愛の表現もあるのですが日本であればそれはマナーというものでは少し逸脱している。受け入れるひとはいいけれども、別に外国かぶれになる必要もない。
叱咤されてふてくされるよりも叱咤されて何でだろうと考えるほうが何事もいい。健全や一般的に拘る必要もないが、生きている以上は調和という穏やかなもので生きていきたいものだ。
勿論思想の違いで論議になることもあるが、僕は受容も寛容も同じ感情、愛と呼ばれるものからくるもので大差ないと考えている。相方は違うものだと言う。むしろそれでよいとおもう。自分がしっくりするべき答えが内側にあって違いがあっても友人であれるのならば深くは言わないでもいい。別に話さないでいいことは話さないでいいし、執着という感情がよく占めていたが、そんなものはいらんなと捨てたら大分楽になって大分ナチュラルな生き方にはなれた気がする。過去は過去の必要な分だけ抽出すればいいのさ。




