発達障害者の日誌103
noteからの引用ですのでそちら主体のはなしになっております。
文字表現の延長として日誌も書いているけれども、案外意識をしながら書いていくとそれなりにはよみやすくはなってくる感じですね。内容としてはわりかしライトで無料で書いてディープな部分は有料記事として書いていこうかなと。200までいかなくともそれなりに方針とベクトルは定まったような気がします。
個人的には売れるか売れないかの中間でいいような気がしています。無料記事でそれなりに満足して自分が楽になったり、楽しかったりタメになったりするという事で僕はnoteはそれでいいのかなと考えています。勿論収益としてなさっているブロガーさんも御仕事としてのありかたとしてはありだと思いますので、否定もしないし、寧ろマーケティングがすごいなと考えております。
文章的なものってメリットデメリットというのものではなく自分がやりやすいように書き記していけばいいんではないかと思うのです。自分の人生なのですからね、そのブログを見てブロガーになって稼げなくて人生狂わされたなんていう方もちらほら聞きますが、それは影響受けた方にはなんの責任もないわけですし、他者であろうと自分が選んだ道なのでそれがたまたま後悔するだけの道になっただけという事の話で、生まれつきの障害を持つ僕なんかよりも冷静に物事を見れば選択は山ほどあったと思います。
後悔しない選択は他者におしつけられるものでもなく善意で示されるものでもなく自分と折り合いをつけて見つけていくものなんだなあと思いましたね。選択するため生活保護や障害年金を使うというのはまだ葛藤はありますが、自分の生きたいための生き方を生きる為の最低限の生き方を保障する制度なので、きちんと労働することで税金を納めていって行政にまわるようにすればいいかと割り切りました。
どんな状態であろうとどんな手段であろうと生きる為には使えるものは使わせて頂きますという気持ちでないと、生来の凹凸の強いものを抱えてる僕には難しいものなのだなと感じましたし、立場としてはどうしても社会的弱者なので社会的弱者が段階を踏んで働きだすまでの事を書いたり、目的の夢を叶えるための記事にしていきたいですね。
選択は誰にでもできます。追いつめられた人に自分の善意をおしつけるのもまた違いますし、自分の選択を信じて結局のところ動くしかないのが一番の行動なのではないかなと感じています。




