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天狗岳  作者: 麻倉龍之介
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呑む

 ほどなくして、矢島さんが十数杯目となるおかわりのビールを手に戻ってきた。さすがにアルコールがまわってきたのか、顔が少し赤くなっていた。

「二人とも遅いよ。まだ一杯目でしょ」

 笑いながらいう矢島さんがこのときは少し怖かったが、

「矢島さんと加賀が飲み過ぎなだけです。ちゃんと歩けるんですか」

 飲まされるわけにもいかないので、できるかぎり強く返すと、

「歩けるよ。ほら」

 矢島さんは人混みしているというのに、テーブルの周りをスキップをしてみせる。

 ドン

 調子にのった矢島さんは、案の定、人にぶつかる。

「ごめんなさい」

 矢島さんは驚いたのか、ぶつかった相手のことも見ずに謝る。

「気をつけろよ、酔っ払い」

 矢島さんがぶつかった相手は、加賀だった。矢島さんは相手がわかると急にむっとした顔をして、

「なんだ加賀じゃん。あたしまだ酔ってない。加賀がそんなとこ立ってるからぶつかるの」

謝るどころか反抗する。加賀は心得ているのか、酔っていないと主張する矢島さんからビールを遠ざけ、絡んでくれば適当にあしらうようにした。じぶんはそんな慣れたようにする加賀をうらやましく思った。

 

 しばらくすると、矢島さんは座ったまま眠りこけてしまった。加賀も色々と喋るのをいつの間にか止めていて、お酒を片手にテーブル上の料理を着々と減らしていた。

 じぶんと水沢さんは、そんな様子を眺めて茫洋としていた。時折思い出したように「そういえば、夏休みはどうしていますか」などと、愚にも付かない話題を、じぶんは水沢さんに振るのだった。

 携帯電話の時計を見ると、もう午後の三時になっていた。そろそろ下山するころかもしれない。今日は楽しい一日だった。山を登り、みんなと話して、ビアガーデンで飲んで……およそじぶんらしくはない、贅沢な一日であった。

 ふと、思った。

 楽しいことがあるとき、忙しい一日があるとき、なぜかじぶんから距離のある出来事のように感じることがある。思い出そうとすれば、まさしく過去に観た映画やドラマのことを思い出すのと、何ら変わりがないのだ。

 今朝、家の玄関を出たときにも、帰ってきてからのじぶんが、「今日は楽しい一日だった」と言う様子を、ありありと感じることができた。

 

 それまで黙々と食べ続けていた加賀が、急に立ちあがった。すると日本酒と料理をそれぞれ片手にしたまま、じぶんたちには何もいわず隣の大集団へと交じっていってしまった。

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