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天狗岳  作者: 麻倉龍之介
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続き

 加賀のことを、少し薄情だと思った。じぶんと、水沢さんを残して、知らない会社員集団のところへと行ってしまうなど。

 隠さずに言うと、じぶんは緊張していた。水沢さんがどうであるかはわからない。お互いが物静かな性分であることは構わないのだが、これがほぼ初対面というときに二人にされると、ただただぎこちない時間をすごすだけになる。


 じぶんは、加賀の置いていったスパゲッテイの皿を取ると、ケチケチそれを食べ始めた。何もしないで座り続けるのは、あまりにも酷すぎた。

 水沢さんは、バックの中身をゴソゴソとやると、水沢さんには似つかわしくない、黒くてごつい一眼レフカメラを取り出した。

 じぶんはテーブルの料理に向かい、水沢さんはテラスの向こう側の景色に向かっていた。ついでに言うと、矢島さんはテーブルに突っ伏していた。

 加賀を加えた隣の会社員集団の方から、やかましいくらいの笑い声が聞こえる。じぶんが飲み会に抱いていたイメージそのままの盛り上がりだ。

 すこしずつ、スパゲッテイを食べるペースが、上がっていった。ミートソースの塩辛さも、パスタのヴォリュームも重かったが、食べないわけにはいかなかった。

 水沢さんは、ファインダーをのぞき込んでは、子犬を手に抱いているかのような顔をする。

「小野ヶ谷くん、よく食べるねえ」

 突っ伏していた矢島さんが、寝ぼけ眼を向けていた。

「あっ、矢島さん起きていたんですか」

「まあね。水ある?」

 矢島さんが起きたことに気がつくと、水沢さんも写真を撮る手を止めた。

「あれっ、加賀は?」

「加賀なら、あっちの知らない人たちの所へ、行ってしまいました」

 矢島さんは、じぶんの指さす方を見ると、クスりと笑い、

「ああー、眠いー」

 伸ばした腕を枕にしてテーブルに突っ伏せてみせる。

 じぶんは少し加賀に腹が立って、

「加賀のこと置いて、帰ってしまいますか?」

 意地悪めいた口調で言う。 

「「えっ」」

 水沢さんと矢島さんの声がかぶった。

 意外にも先に水沢さんが、黒目勝ちな目を見開いて驚く。

「頂上まで、行かないんです、か?」

「そうだよ小野ヶ谷くん。ここまで来たのに、もったいないよ」

 水沢さんのあとに、矢島さんが続く。ふたりとも、帰ってしまうことに反論した。

 じぶんは、口にするコトバが見つからず、スパゲッテイを口に入れる。

「私なら大丈夫だからね。まだ全然元気だからね」

 登る前の元気とは、類の違う元気に思えたが、酔ったせいで言う無理とも違うようだった。

「加賀を置いていくのはいいんですか」

「いいよ。どうせまたひとりで、バーッと登っちゃうんだから」

 隣の人混みから、加賀の声で、

「俺は、天狗になろうと思う」

 酔っ払いらしい大声が聞こえた。周りの大人たちも同じような酔っ払った声で、

「おう、やれやれ!」

 鬱陶しがるどころか、かえって加賀を思い切り煽っていた。



 水沢さんが、横から心配そうにのぞき込んでくる。

「行きます、よね? 頂上?」

 

 じぶんは、縦にうなずいていた。

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