10話 影の商談と、新しい衣
「ひ、ひいいいっ……! す、すみませんでしたぁぁっ!」
用心棒の男は大太刀の柄から手を弾くように離すと、尻餅をついた格好のまま必死に地を這って裏路地の闇奥へと逃げて行った。
耳元をすり抜けた小石の威力を前に、戦うどころか生きて逃げることしか頭になかったらしい。
残された店主は膝をガクガクと震わせ、影に向かって必死に手持ちの革財布を突き出してきた。
「大、大銀貨十枚……いや、金貨一枚で買い取らせていただきます……! どうか、どうかお命だけは……!」
(金貨一枚か。相場は知らんが、足元を見られて買い叩かれている雰囲気ではないな)
恐怖でパニックになっているとはいえ、店主の提示額に悪意はなさそうだ。影の中から低く静かな声を返す。
「……良かろう。なら、その金貨一枚で、お前の店にある『丈夫で目立たない服』を出せ。残りは釣りで貰う」
「ひぃっ! す、すぐに! すぐ持ってきます!」
店主は転がるように店内に飛び込むと、ダークグレーのフード付きローブと革の服、自由の利く軽靴、そして服の代金を差し引いた残りの「大銀貨八枚」をガタガタと震える手で差し出してきた。
きちんと金を出して服を買う――42歳の大人の筋を通しつつ、手元には十分な買い出し用の資金が残る計算だ。
「……取引成立だ。余計な口を滑らせれば……分かるな?」
「勿論です! 誰にも言いません!」
腰を抜かした店主をそのままに、気配を絶って壁を蹴る。音もなく屋根の上へと跳躍した。
(よし、ちゃんと正規の買い物の体裁にできたし、これで路頭に迷う心配はなくなったな)
屋根の陰に身を隠しながら、泥と血で汚れていたボロボロの服を脱ぎ捨て、新品の服とローブに袖を通す。
しっかりとした革の質感と、ポケットの中で重たく響く大銀貨の感触。これだけで生存確率は跳ね上がったと言っていい。
フードを深めに被り直し、自らの影に手をやって仕上がりを確認する。
(ククク……フードを目深に被るこの感じ、たまらん……)
――ぐぅ〜〜〜。
その直後、腹が盛大に鳴り響いた。14歳の肉体は存外に代謝が良いらしい。
カッコつけるのは後回しだ。まずは温かいスープと肉だ。話はそれからだ。




