十年前の君
高校入学の日。凜は十年前のその出来事を忘れずに高校性にまでなった。
新入生代表のあいさつを終え、生徒たちはこれから自分たちが一年間通うことになる教室へ向かった。
凜の席は、窓側の一番後ろ。窓からは、道路の両端に咲く桜の木から、飛び散る花びらが見える。その光景はまさに春を感じさせるものだった。
そんな風に外を見ていたら、凜の隣の席の人が来た。
その人の顔を横目で見る。その顔には見覚えがあった。その人の顔はまるで、十年前に出会った男の子に似ているのだ。
だがまだ確証はなく、声をかけられずにいた。
自己紹介の時間が来た。彼の前の席の人が終わり、次は彼の番だ。
凜はとても緊張していた。周りの音がとても小さくなるぐらいの鼓動の音が聞こえる。
だけど彼の名前だけは聞き逃さなかった。
「朝倉蓮です。よろしくお願いします。」
なんの面白味もない、ただの自己紹介。だけどその自己紹介は、凜にとって忘れられない瞬間だった。
そのあとに、凜を含むクラス全員の自己紹介を終えたが彼の表情に変化はなく、まるでこちらに気付いていない様子だった。
凜はそのことに少しショックを覚えながらも、彼が思い出すのを信じて自分からは十年前のことに触れず、彼に普通のクラスメイトとして接していた。
そして蓮が気付かないまま、三ヶ月の時間が過ぎた。
中間テストを終え、順位が発表される。凜は一位だった。
凜は学年一位に輝く頭脳と誰もが知っている九条財閥の娘として、学校では『完璧なお嬢様』と呼ばれていた。
高校生活が始まって三ヶ月も過ぎると、クラスではグループができていた。
でも蓮は決まった人たちといることがなかった。だけど、蓮はほとんどの時間を一人の女子と過ごしていた。
その人の名前は水瀬いおり。蓮の幼馴染だ。昼も一緒に食べるふたりの姿はカップルみたいだった。 ある日——凜が玄関に向かう途中。男子生徒がはなしていた噂話にショックを受けた。
「あいつら、いつも同じ家に帰ってるらしいぜ? 俺の友達が見たってよ」
凜はその話を聞き、自然に涙があふれてきた。凜は泣き顔を迎えのものや、誰にも見られないように、誰もいない静かな教室に戻った。
教室の窓側の壁に泣きながら膝を抱えて座り込む一人の女子がいた。
「ずっと好きだった私がばかみたい……」
凜は静かに泣いていた。誰にも見られてなくても、聞かれてなくても、自分の泣いてる声を押し殺した。
そこに一人の男子がやってくる。
凜は驚いて顔を上げた。
そして目が合う。まるで、十年前のあの時みたいに。
そこで彼はつぶやいた。
「その泣き顔…君ってもしかして、十年前の?……」
凜はその言葉に驚きを隠せなかった。それと同時に、笑いそうになった。
その理由は、蓮の思い出す原因に合った。
思い出せたきっかけが、自分の泣き顔にあったからだ。
「もう! 遅いよバカあ!」
そう言った瞬間、凜の目から再び涙が溢れた。
悲しい涙ではない。
ずっと胸の奥にしまっていた想いが、ようやく届いたことへの嬉し涙だった。
蓮はそんな凜を見て、困ったように笑う。
「……ごめん」
「どうして謝るの?」
「だって……九条さんはずっと覚えていてくれたんだろ?」
その言葉に、凜は少し驚いた。
蓮はゆっくりと昔の記憶を話し始める。
暗い森。
泣いていた女の子。
怖がるその子に差し出した手。
そして、自分の手を握って泣きながら笑った女の子。
「まさか、あの時の子が九条さんだったなんて……」
「……私も、まさか蓮が忘れているなんて思わなかった」
凜は少し頬を膨らませる。
「十年間、ずっと覚えていたのに」
「十年……」
その言葉の重さに、蓮は驚く。
自分にとっては幼い頃の一つの思い出。
でも凜にとっては違った。
人生で初めて誰かに救われた、大切な記憶だった。
「どうして……そこまで覚えていたの?」
蓮が聞く。
すると凜は少し恥ずかしそうに目をそらした。
「……だって」
「私にとって、あの日の蓮は……」
少し間を置いて。
「本当に王子様だったから」
蓮は思わず顔を赤くする。
「王子様って……」
「笑わないで」
「笑ってないよ」
「でも顔が笑ってる」
久しぶりに見る凜の少し拗ねた表情。
蓮はそこで初めて気づく。
学校で見る九条凜とは違う。
今、自分の目の前にいるのは――
ただの一人の女の子だった。




