殺人事件編-1
その夜、橋本ちゃんからメールの返事が届いた。
あの智香のアンチの少女小説ファンだ。メールの返事が来るとは思わなかったので驚く。
内容は、橋本ちゃんは「本の打ち切りを絶対許さない会」通称UZのオフ会があり、参加しましょうという誘いだった。そこで智香の裏垢など詳しい話を教えてくれるという。
オフ会の場所は、UZの会長でもある漫画家の犬村猫子先生の豪邸と書いてある。住所を見て驚く。近所だった。三階建ての大きな庭付きの家で、近所の連中はどんな人が住んでいるのか噂をしていた。他に猫子先生のアシスタントと、ライトノベルファンが参加するらしい。オタク同士の気楽な飲み会だから緊張しないで来てね!とある。
正直、このオフ会で目立った収穫は無いだろうが、夫と智香の自称・純愛不倫に手を焼いて、ストレスが溜まっていた。会に出れば少しはストレス発散出来るかもしれない。文花もそこそこ漫画やラノベも読むし、派手でチャラい連中よりヲタクの方がなじむ。
すぐに橋本ちゃんにメールを送り、参加する事に決定した。橋本ちゃんのSNSアカウントを見ると、UZはヲタク同士で盛り上がっているだけで規模は小さいようだが、文花は行くのが楽しみになった。
その日は夕方から猫子先生の家で集まった。確かにレンガ調のデザインの大きな家で、なんと家政婦にで迎えられた。家政婦は、文花の顔と悪評は知っているようで白い目で見てきたが、よくある事なのでスルーする。
通されたリビングにはすでに参加メンバーが集まっていた。
予想通り濃い面子だった。
「こんにちは! 俺、犬村猫子だよ。よろしく」
猫子先生は、その名前の通り猫耳のカチューシャをつけている。見た目は細身の三十代の男だが、とてもシュールなルックスだ。文花はここにくる直前に猫子先生の作品をチェックしてみたが、ホラーティスのオカルトミステリーが多いかった。いくつか映像化もされコアなファンがいる人気漫画家のようだった。
「川瀬文花です」
「えぇ! あの田辺先生のところの文花さん?」
猫子先生の耳にも悪評が届いているのか、驚いていた。しかし揶揄うような様子はなく、後で作本のネタにしたいから話をよく聞かせてほしいという。目はキラキラとしていて少し少年っぽい印象も受けた。
「あの文花さんですか…」
「あのってそんな私有名?」
猫子にそばにいる井村という男が、紅茶を啜りながら呟いていた。井村は猫子のアシスタントだという。こちらは地味な白シャツにジーンズという格好だが、痩せていて頑固そうな、いかにも職人風な雰囲気がする。
「いや、有名ですって。特にコンビニの一件は。愛人調査の為にコンビニに潜入してたんでしょ。俺もよくあのコンビニ通ってたんですよ。まだ七絵ちゃんも勤めてるらしいよ」
「あら、あの子まだ勤めてたの」
そんなどうでも良い情報を井村から聞と、残りのメンバーとも自己紹介を交わす。七絵は夫の愛人相手に一人だ。彼女の素性を調べる為にコンビニで働いている事があった。
「文花さん、はじめまして。私は橋本ちゃんです!」
橋本ちゃんもなかなか個性が強そうな女子だった。小柄で可愛い感じの二十代前半ぐらいの女子だったが、毛をピンク色に染め、赤い淵の眼鏡をしている。サブカル女子である事はすぐにわかる。メールの印象では大人しそうだったので、文花の予想は裏切られる。
「はじめましってっす。俺はハンドルネーム・ラッキーっていうものっす」
最後にこの中では一番地味な男と挨拶をした。地味といっても体格の良いマッチョだった。だらしない体型の夫を見慣れているせいで、引き締まったモリモリの筋肉を見ていると夫と同じ人間の雄なのか疑問に思うほどだった。
ラッキーさんは見た目に反してライトノベル愛読者であり、なんと『愛人探偵』のファンだともいうではないか。文花は嬉しくなり、ラッキーさんの隣に座った。
「まあ、何はともあれこうして集まったんだから、呑んで食べましょう!」
猫子先生が宣言して、パラパラと拍手がなる。家政婦がビールやワイン、ピザやチキン、ポテチチップスやクッキー、チーズなどを持ってきてオフ会が始まった。
「本の打ち切りを絶対許さない会」と言っても何か活動するほどの事はやっていないらしい。ただ飲呑んでだらだら過ごすだけのようだった。
「ねぇ、猫子先生。打ち切りを防ぐのにはどーしたらいいの? 私、好きな少女小説があるんだけどさ、売り上げがヤバいみたい」
橋本ちゃんはお酒を飲みながら、猫子先生に愚痴っていた。
「私も知りたいですよ。全く『愛人探偵』が打ち切られたせいで私もとっても迷惑してるんです!」
「俺もっす! あの粘着質の奥さんの続き読みたいっす!」
三人にこうして詰め寄られ、猫子先生はタジタジだ。
井村は冷静にチーズをぽそぽそと食べて、興奮する文花達を見ていた。
「発売三日が初動の勝負だよ。それを逃すとラノベと漫画は悲惨だ」
「『愛人探偵』発売日から三週間ぐらいたっちゃいましたよ、ねえ?ラッキーさん」
「うっす!」
ラッキーさんはコクコクと頷いていた。
「一般文芸は口コミや話題性、書店員の推しでまだチャンスはある。まあ、君たち頑張りたまえ」
猫子先生は腕を組み頷いた。
「そんな話題があれば良いんだけどねぇ。浅山ミイの事件の事もだーれも話題にしてないし」
「え? あの事件、マジで田辺先生と文花さんが関わってたんですか?」
他のみんなが驚く。
「良い事知った! 拡散してあげる!」
しかも橋本ちゃんは親切にもこの話題をSNSで拡散してくれ、ついでに智香の裏アカまで教えてくれた。文花は橋本ちゃんの好意が嬉しくて、彼女と抱きあって泣いて喜んだ。お酒も入っていたので、すっかり打ち解け、何年も友達のような気分になってしまった。
「しかし、そんな事があったのか…」
文花が『愛人探偵』が出来上がった経緯を全部話すと、井村はふむふむと興味深く頷く。
「また事件起きたら話題になって売れるんじゃないですか?」
井村は物騒な事まで言っていた。




