第三十七話 野外合宿説明会
昼休みが終わり、午後の授業が始まろうとしていた頃。
一組の教室へ入ってきた担任のノア・リンデルは、教卓の前へ立つと生徒たちを見渡した。
「これより野外合宿についての説明を行います。高等部一年生は全員、大広間へ移動してください」
その一言で教室がざわめく。
「もう説明会か」
「班って今日発表されるんだよね」
「誰と一緒になるんだろう……」
期待と不安が入り混じった声が教室のあちこちから聞こえてきた。
ルルシルは静かに席を立ち、周囲の生徒たちとともに教室を後にする。
廊下へ出ると、他のクラスからも一年生たちが続々と大広間へ向かっていた。
「ルルシル!」
聞き慣れた声に振り返る。
隣のクラスから出てきたイザベルが、小走りで駆け寄ってきた。
「一緒に行きましょう」
「ええ」
二人は並んで歩き始めた。
「いよいよ野外合宿ね。班分けが楽しみですわ」
「そうね」
ルルシルは穏やかに微笑む。
野外合宿については先日概要だけ説明を受けていたが、班分けだけは今日まで知らされていない。
四日間を共に過ごす仲間が誰になるのか。
それは一年生全員にとって気になることだった。
二人が大広間へ入ると、すでに多くの一年生が集まっていた。
各クラスごとに整列し、壇上には一組担任のノア・リンデル、二組担任のシオン・ルークス、魔法実技担当のドミニク・ハイン、保健教師のミレイア・ローダンが並んでいる。
やがて全員が揃うと、大広間は静まり返った。
ドミニクが一歩前へ出る。
「それでは、野外合宿について説明する」
低く力強い声が大広間へ響いた。
「今年も例年通り、野外合宿はエーベルハイト辺境伯領の演習地で三泊四日にわたって実施する」
壁に掲げられた地図を指し示す。
「演習地には第一拠点、第二拠点、第三拠点の三つの拠点が設けられている。諸君は五人一班で行動し、それぞれの拠点を経由しながら野営生活と実践訓練を行う」
生徒たちは真剣な表情で耳を傾ける。
「目的は魔法実践訓練、野営生活の習得、魔物への対処法、フィオレイン王国の歴史を学ぶこと。そして何より、仲間との連携を身につけることだ」
ドミニクは一人ひとりの顔を見渡しながら続けた。
「宿泊は全員テント泊。班は男女混合の五人編成だ。ただし就寝時は男女別のテントを使用する」
ほっとしたような笑い声が少しだけ上がる。
「合宿中の評価は班単位で行う。班の成績が、そのまま各自の個人成績となる。誰か一人だけが頑張っても意味はない。仲間と協力することを忘れるな」
大広間の空気が引き締まった。
続いてドミニクは、腰に差した杖を軽く持ち上げる。
「次に装備についてだ。野外合宿で使用する杖は、全員学園支給品とする」
ルルシルは自分の杖へ視線を落とした。
生徒たちは静かに頷く。
「野外合宿で着用する衣類は、全員学園支給の実践服を使用する。保存食や野営に必要な物資、テントなどもすべて学園が用意する」
ドミニクは生徒たちを見渡した。
「公平性を保つため、私物の持ち込みは一人一点まで。生活に必要な物や思い入れのある品など、自分でよく考えて選ぶように」
説明はさらに続く。
夜間の行動について。
野営中の注意事項。
魔物と遭遇した際の対処。
立ち入り禁止区域について。
「演習地には立ち入り禁止区域が存在する」
ドミニクの声が一段低くなる。
「危険な大型魔物が生息しているため、生徒の立ち入りは禁止だ。絶対に近づくな」
真剣な口調に、生徒たちは息を呑んだ。
「もし班とはぐれた場合は、その場を動かず救援を待て。決して一人で行動するな。以上だ」
ドミニクは一歩後ろへ下がる。
代わってノアとシオンが前へ出た。
「それでは、これより班分けを発表します」
ノアが名簿を手に開く。
その瞬間、大広間に緊張が走った。
「一組から発表します」
期待と不安が入り混じる中、生徒たちは固唾を飲んで担任教師の言葉を待った。
期待と不安が入り混じる中、生徒たちは固唾を飲んで担任教師の言葉を待った。
ノアは名簿へ目を落とし、順番に班を読み上げていく。
名前を呼ばれた生徒たちは返事をし、同じ班になった者同士で顔を見合わせたり、小さく挨拶を交わしたりしている。
「よかった、一緒だ」
「四日間よろしくね」
「えぇ……別の班になっちゃった」
喜ぶ声や残念そうな声が、大広間のあちこちから聞こえてきた。
ルルシルは静かに前を見つめたまま、自分の名前が呼ばれるのを待つ。
やがて、ノアが手元の名簿を一枚めくった。
「次の班を発表する」
ざわめいていた大広間が静まり返る。
「ルルシル・ヴァン・ヴェリテ」
「はい」
澄んだ返事が響く。
「カイン・フィオレイン」
「……はい」
どこか気怠そうな返事が返る。
「エミリー」
「はい!」
明るい声が続いた。
「キリカ・マルセレン」
「はい」
「ナイル・ランゲス」
「はい」
全員の返事が終わった瞬間、大広間がざわめき始めた。
「えっ……」
「ルルシル様とカイン殿下が同じ班?」
「しかもエミリーさんまで?」
「大丈夫なの、あの班……」
周囲の生徒たちは驚きを隠せない様子で顔を見合わせる。
イザベルも思わずルルシルへ視線を向けた。
しかし、ルルシルは周囲のざわめきを気にすることなく、静かに前を向いている。
一方、カインは眉をひそめ、小さく息を吐いた。
エミリーはそんなカインを心配そうに見上げる。
キリカは二人へ一瞬だけ冷ややかな視線を向けると、静かに前へ視線を戻した。
ナイルもまた、複雑そうな表情を浮かべながら静かに立っている。
ノアは周囲のざわめきを気にすることなく、淡々と残りの班を読み上げていった。
やがて一組すべての班が発表されると、ノアは一歩後ろへ下がる。
入れ替わるようにシオンが前へ出て名簿を開いた。
「続いて、二組の班を発表します」
大広間は再び静まり返る。
二組の生徒たちも期待と緊張の入り混じった表情で、シオンの言葉を待っていた。
シオンは一組と同じように、順番に班を読み上げていく。
班が発表されるたびに、小さな歓声や落胆の声が上がり、大広間にはどこか賑やかな空気が流れていた。
やがてアルクスレイブンの班が発表される。
「アルクスレイブン・ゼイン」
「はい」
落ち着いた返事が響く。
「イザベル・ローゼンティア」
「はい」
その後、残る三名の名前も読み上げられ、五人全員が返事をした。
イザベルは思わず安堵したように表情を緩める。
アルクスレイブンは特に表情を変えることなく、静かに前を見据えていた。
シオンはそのまま残りの班も滞りなく読み上げ、すべての班分けを終えた。
これで、高等部一年生全員の班が決定した。
◇◇◇
班分けの発表が終わると、生徒たちはそれぞれ同じ班になった者同士で集まり始めた。
ルルシルも静かに歩き出す。
そこには、カイン、エミリー、キリカ、ナイルの四人がいた。
五人が向かい合うと、一瞬、沈黙が流れる。
その空気を破るように、キリカが口を開いた。
「……みんなとは、あまり話したことがないわよね」
そう言って小さく一礼する。
「キリカ・マルセレンよ。マルセレン商会の娘よ。四日間よろしくお願いね」
マルセレン商会。
王国でも指折りの魔石商として知られ、古くから魔石の採掘、加工、流通を手掛けてきた名門商家である。
王国へ良質な魔石を安定して供給し続けた功績から、商家でありながら名誉貴族の称号を授けられている。
「マルセレン商会の方でしたのね」
ルルシルが穏やかに微笑んだ。
「父から何度かお話を伺ったことがあります。王国の魔石を支える、とても歴史ある商会だと」
キリカは少し驚いたように目を瞬かせる。
「……知ってくださっていたのね」
そう答えた声は、先ほどよりも少しだけ柔らかかった。
続いてナイルが一歩前へ出る。
「ランゲス子爵家の次男、ナイル・ランゲスです。よろしくお願いいたします」
頭を下げ、顔を上げる。
自然とルルシルへ視線が向いた。
学園でその姿を見かけることは何度もあった。
けれど、こうして向かい合い、言葉を交わす距離に立つのは初めてだった。
陽の光を受けて輝く銀色の髪。
吸い込まれそうな淡い紫色の瞳。
透き通るような白い肌。
近くで見るルルシルは、思わず息を呑むほど美しかった。
「……」
ほんの一瞬、見惚れてしまう。
我に返ったナイルは、慌てて視線を逸らした。
そんな様子には気付かず、ルルシルが穏やかに口を開く。
「ランゲス子爵家というと、王都近郊で薬草園を営まれているお家ですね」
ナイルは目を見開いた。
「ご、ご存じだったのですか?」
「ええ。品質の良い薬草を育てていらっしゃると聞いております。ヴェリテ公爵家でも、時折お世話になっています」
思いもよらない言葉に、ナイルは照れたようにはにかんだ。
「ありがとうございます」
ルルシルが自己紹介をしようと口を開く。
「ヴェリテ公爵家の――」
「あら、あなたたち三人は自己紹介なんて必要ないんじゃない?」
キリカが口元に小さく笑みを浮かべた。
「学園で知らない人なんて、ほとんどいないでしょう?」
ルルシルは少し驚いたように瞬きをする。
カインが眉をひそめた。
「……どういう意味だ?」
「そのままの意味よ」
キリカは淡々と答える。
「王太子殿下に、その婚約者のヴェリテ公爵令嬢。それに平民初の特待生。三人とも、良くも悪くも有名人ですもの」
エミリーは困ったように苦笑いを浮かべた。
ルルシルは優しく微笑む。
「それでも、改めてご挨拶させてください」
一礼し、静かに名乗る。
「ルルシル・ヴァン・ヴェリテです。四日間、どうぞよろしくお願いいたします」
「エミリーです! よろしくお願いします!」
明るく頭を下げるエミリーに続き、全員の視線がカインへ向く。
カインは面倒そうに小さく息を吐いた。
「……カイン・フィオレインだ」
短く名乗ると、それ以上は何も言わなかった。
再び、五人の間に何とも言えない静けさが流れた。




