↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Lumiel Princess〜精霊姫と暁炎の王子〜  作者: 香百杏
第一章 花起こし

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
4/67

第二話フィオレイン王立魔法学園【後編】



 昼休みを終えた午後。


 一年生たちは、校舎から少し離れた魔法訓練場へ集まっていた。


 フィオレイン王立魔法学園では、座学だけではなく実践を重視した魔法教育が行われている。


 中等部までに学んだ基礎を土台に、より高度な魔法制御や魔法陣構築を学んでいく。


 ただ魔力が多いだけでは、優れた魔法使いにはなれない。


 自分の力を理解し、正しく扱うこと。


 それこそが、この学園で求められるものだった。


「全員、集まったな」


 低くよく響く声が訓練場に響く。


 担当教師、ドミニク・ハイン。


 元騎士団副団長という経歴を持つ彼は、豪快な性格と豊富な実戦経験から、生徒たちからも人気が高い教師だった。


「今日からお前たちには、基礎をさらに磨いてもらう」


 ドミニクは生徒たちを見渡す。


「魔法は、ただ大きな力を放てばいいものではない」


「魔石は、お前たちの代わりに魔法を使う道具ではない」


 教師が手にしている杖へ視線が集まる。


「魔石とは、自分自身の魔力を正しく形にするための媒介だ」


 学園で使用される杖には、B級魔石が組み込まれている。


 高純度の魔石ほど強力な魔法を扱うことができるが、その分必要となる魔力量や制御技術も高くなる。


 まだ一年生である彼らが扱うには、少し早い。


「まずは、自分の魔力を知れ」


「魔石へ流す量、速度、そして魔法陣の安定性」


「それができなければ、どれだけ魔力があろうと意味はない」


 生徒たちは真剣に耳を傾ける。


「では、基礎属性魔法の確認を行う」


 それぞれが杖を構えた。


 杖に埋め込まれた魔石へ魔力を流す。


 頭の中で魔法陣を思い浮かべる。


 そして、言葉にすることで魔法の形を明確にする。


「水よ」


 最初の生徒の前に、水の球が浮かび上がった。


 しかし、魔法陣が揺らぎ、すぐに形を崩す。


「魔力を流しすぎだ」


 ドミニクが指摘する。


「魔石は力を増やすものじゃない。お前の魔力を整えるためのものだ」


 生徒は慌てて頷いた。


 次々と生徒たちが挑戦していく。


 そんな中。


「エミリー嬢」


 名前を呼ばれ、エミリーは前へ出た。


「はい!」


 平民出身でありながら、特待生としてこの学園へ入学した少女。


 その実力は、すでに多くの生徒の目に留まっていた。


 杖の先にある魔石へ、丁寧に魔力を流す。


「水よ」


 瞬間。


 透明な水の球が、彼女の前に現れた。


 揺らぎがない。


 魔法陣も安定している。


 周囲から小さなどよめきが起こる。


「魔力量だけではなく、制御もできているな」


 ドミニクが満足そうに頷く。


「素晴らしい」


「ありがとうございます」


 エミリーは嬉しそうに微笑んだ。


 その様子を、ルルシルは静かに見つめていた。


 努力によって得た力。


 それは、とても尊いものだと思った。


「フィオレイン殿下」


 次に呼ばれた名前に、空気が変わる。


 第一王子。


 自然と視線が集まった。


 カインは何も言わず前へ出る。


 杖を構え、魔石へ魔力を流す。


「炎よ」


 赤い炎が勢いよく生まれる。


 威力は十分。


 魔力量も決して低くない。


 しかし。


 炎は揺らぎ、わずかに不安定だった。


 やがて魔法陣が崩れ、炎が消える。


 ドミニクは淡々と言った。


「魔力は申し分ない」


「だが、制御が荒い」


 カインの表情がわずかに険しくなる。


「……分かっています」


 低い声。


 精霊を見ることができる。


 それは本来ならば、選ばれた才能。


 けれど。


 彼は精霊魔法を使えない。


 見えるのに、力を借りることができない。


 その事実は、王子である彼にとって消えない苦しみだった。


「ヴェリテ嬢」


 最後に呼ばれた名前。


 ルルシルは静かに前へ出る。


 杖に込められた魔石へ、ゆっくりと魔力を流す。


 魔法陣が展開される。


 淡い光を帯びた、美しい魔法陣。


 複雑でありながら、無駄がない。


 魔力の流れが一切乱れない。


「水よ」


 次の瞬間。


 ルルシルの前に、ひとつの水の球がふわりと浮かび上がった。


 それは澄んだ透明をたたえた、静かな水球だった。


 大きくもなく、派手でもない。


 けれど、魔法陣は驚くほど安定していて、魔力の流れにも一切の無駄がない。


「……綺麗だな」


 ドミニクが感心したように目を細める。


「魔力制御が非常に丁寧だ。ひとつの球をここまで安定させられるのは、簡単なことじゃない」


 その言葉に、ルルシルは少しだけ目を見開いた。


「ありがとうございます」


 素直に礼を返した、そのときだった。


 訓練場の空気が、ふわりと揺れる。


 どこからともなく、小さな光がいくつも集まってきた。


『ルルシル!』


『きれい!』


『もっと見たい!』


 精霊たちだった。


 人の目にはほとんど見えないほど小さな存在が、ルルシルの周囲へ楽しげに舞い降りる。


 ひとつの水球のまわりを、淡い光がくるくると回り始めた。


 すると、水球の表面がやわらかく波打つ。


 次の瞬間、球の中に細かな光の筋が走り、まるで内側から輝いているように見えた。


「おお……?」


 ドミニクが興味深そうに声を漏らす。


 精霊たちはさらに嬉しそうに光を増し、水球へそっと触れる。


 すると、水はひとつの形を保ったまま、ゆっくりとふたつに分かれた。


 ふたつの球は互いに寄り添うように浮かび、やがて細い水の糸で結ばれる。


「わぁ……」


 エミリーが思わず声を上げた。


 その変化は、まるで魔法そのものが精霊たちの遊びに応えるようだった。


 ひとつだった水球は、ふたつ、みっつと増えていく。


 それぞれが小さな輪を描きながら、ルルシルの前で静かに回転し始めた。


 やがて四つ、五つ。


 水の球は精霊たちの光を受けて、透明な宝石のようにきらめく。


 六つ、七つ。


 球同士がぶつかることなく、滑らかに軌道を変えながら、まるで踊るように空中を巡る。


 八つ。


 最後にもうひとつが生まれた瞬間、訓練場のあちこちから息をのむ音がした。


 九つの水球が、ルルシルの周囲でゆるやかな輪を描いていた。


 それはただの水球ではなかった。


 精霊たちの淡い光が絡みつき、九つの水は細いリボンのようにしなやかに伸び、くるくると優雅に渦を巻き始める。


 ひとつ、またひとつと重なり合いながら、まるで踊るように空中を巡るその光景は、息をのむほど美しかった。


「……わぁ」


 誰かが小さく声を漏らす。


 水の輪はさらに速度を増し、銀糸のような光を引きながら、訓練場の上を滑るように舞った。


 やがて九つの流れはひとつに溶け合い、ふわりとほどける。


 その瞬間、細かな飛沫がきらきらと砕け、春の陽射しを受けて、まるで星屑のような霧になった。


 きらきらとした霧は、風に乗ってやさしく広がり、前列にいた生徒たちの頬や髪に、そっと降りかかる。


「うわ、きれい……!」


「なにこれ、すごく綺麗!」


 驚きと感嘆の声が、あちこちから上がった。


 濡れたというより、涼やかな光を浴びたような感覚だった。


 生徒たちは思わず自分の髪や肩に触れ、きらめく雫を見て目を丸くする。


 ルルシルは少しだけ驚いたように瞬きをしたが、すぐに落ち着いて精霊たちを見つめた。


 自分の魔法が、精霊たちに引き寄せられている。


 そのこと自体は、彼女にとって珍しいことではない。


 ただ、こうして授業中に目に見える形で現れるのは、やはり少し特別だった。


 ドミニクが豪快に笑う。


 腹の底から響くような、明るい笑い声だった。


「いやぁ、いいな! 最初はひとつの球だったのに、精霊が寄ってきた途端にここまで変わるとは!」


 笑いながらも、その目は感心している。


「魔法そのものの完成度も高いが、精霊が自ら力を貸すとはな。珍しいどころじゃないぞ!」


 生徒たちの間にも、どよめきと笑いが広がった。


 精霊が見える者は、楽しそうにその光景を眺めている。


 見えない者は、ただ周囲の反応に驚きながら、何が起きているのかを必死に理解しようとしていた。


「え、え? どうして急に……?」


 エミリーが目を丸くする。


 ただ、ルルシルの魔法が突然、やわらかく美しく変化したようにしか見えなかった。


「ルルシル様、何かしたのですか……?」


 戸惑いながらも、どこか楽しそうに問いかける。


 ルルシルは精霊たちと自分の魔法を見比べて、少しだけ困ったように微笑んだ。


「私にも、はっきりとは分かりませんが……精霊たちが、張り切ってしまったみたいです」


 精霊たちはそんな彼女の様子を気にすることもなく、嬉しそうに光を振りまいている。


『ルルシル、きれい!』


『もっとできるよ!』


『楽しい!』


 その無邪気な声に、ルルシルは少しだけ目を細めた。


 魔法を使ったのは自分のはずなのに、どうして精霊たちがこんなにも嬉しそうなのか。


 どうして魔法が勝手に変化しているのか。


 不思議ではあるが、嫌な気持ちはまったくしない。


 むしろ、精霊たちが楽しそうにしていることが、どこかくすぐったくて、少しだけ嬉しかった。


 その中で、ただ一人。


 カインだけは、明らかに不機嫌だった。


「……やめろ」


 低く、鋭い声。


 彼の視線は、ルルシルの周囲に集まる精霊たちへ向いている。


「授業中だ。勝手に魔法へ干渉するな」


 精霊たちは彼の声など気にした様子もなく、くるくると回っている。


 その様子に、カインの眉間の皺がさらに深くなる。


「精霊が見えるだけで、そんなに騒ぐことか」


 苛立ちを押し殺した声だった。


 彼には見える。


 だが、彼には届かない。


 見えているのに、力を借りられない。


 その苦しさが、ルルシルの周囲で楽しげに踊る精霊たちを見て、いっそう強くなる。


 ルルシルはそんな彼の様子に気づき、少しだけ心配そうに視線を向けた。


「殿下……?」


 カインは答えない。


 ただ、苛立ちを隠さないまま、ルルシルの魔法を見つめていた。


 やがて精霊たちは満足したのか、ふわりと光を散らして訓練場の隅へ戻っていく。


「……すごいわ」


 誰かがぽつりと呟く。


 その声に、周囲の生徒たちも次々とうなずいた。


「すごかったな……」


「精霊って、本当にああやって力を貸すんだ」


「見えないけど、なんか楽しそうだった」


 見える者も見えない者も、それぞれに驚き、そして少しだけ笑っていた。


 ルルシルはまだ少しだけ戸惑っていたが、先ほどよりは落ち着いていた。


 そして、ドミニクの前へ一歩進み出ると、きちんと頭を下げた。


「申し訳ありません、先生」


 その声は、少しだけ緊張していた。


「精霊たちが張り切ってしまって……勝手なことをしてしまいました。授業を中断してしまい、すみません」


 素直な謝罪に、訓練場の空気が少しやわらぐ。


 ドミニクは一瞬きょとんとしたあと、すぐに豪快に笑った。


「ははは、気にするな!」


「むしろ、あれを見せられて文句を言う生徒がいたら、そっちのほうが問題だ」


 そして、少しだけ目を細める。


「それに、魔法そのものは見事だった。精霊が張り切るのも納得だな」


 その言葉に、ルルシルは少しだけ安心したように頷いた。


 精霊たちは楽しそうだった。


 周囲の生徒たちも、驚きながらもどこか面白がっていた。


 そして何より、ドミニクがきちんと魔法そのものを褒めてくれたことで、ルルシルは自分の力が認められたのだと感じられた。


 授業が終わり、夕暮れ。


 生徒たちは教室へ戻っていく。


 廊下を歩くルルシルの銀色の髪。


 その隙間から、小さな光がそっと顔を覗かせた。


『ルルシル、大丈夫?』


 心配そうな精霊の声。


 人の多い学園では、精霊たちはほとんど姿を見せない。


 人間を嫌っているわけではない。


 ただ、彼らは人とは違う存在として、距離を置いて暮らしている。


 だからこそ。


 ルルシルの側にいることは、特別なことだった。


 彼女は誰にも見えないように、わずかに微笑む。


「大丈夫ですよ」


 その言葉に、小さな精霊は安心したように淡く光った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。