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霊魂歌姫(魂の歌姫/サイバー・シンガー)  作者: 林 若川(はやし わかがわ/Rhine Jackson)
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第13話 システム・リクイデーション

星暦六二零三年、晩秋。

誠を戦慄させたのは、視界に点滅した青い公文書のウィンドウだった。

ウィンドウの表題には『債権清償順位変更通知』と記されていた。

先月『歌唱権侵害訴訟』が結審して以来、国響の巨大な法務機械は、彼らに対する音なき絞殺を開始していた。あの法廷で、誠たちは『クラウド審美秩序の攪乱』を理由に社会信用スコアの格下げを宣告されたのだ。武江京において、信用の失墜は単なる数字の減少ではない。それは物理空間の収縮(デフレ)を意味する。

プログレスバーが右へと緩慢に推移していく。誠はそれを、『資産免責手続き』の最終署名へのカウントダウンだと思い込み、コートすら羽織らず、裸足のままガレージを飛び出した。通信ビーコンが最も安定する路地口で、生體認証を完了させるために。

しかし、路地に出てわずか五メートル。足元の煤けたタイルから、突如として刺すような赤光が放たれた。

【警告:貴殿は国響メディアの私有淨化區(クリーンゾーン)に不法侵入しました。不法侵入者には物理的排除を執行します。】

誠が慌てて振り返った瞬間、凍りついた透明な鉛の塊に激突したような衝撃が走った。目に見えぬ電磁シールドが、彼と『家』との間に死生を分かつ境界線を引いていた。遠くから律、緋、絵、そして楽が息を切らして駆け寄ってくる。

律はその赤い境界線を見つめ、顔面を蒼白にした。「罠だ……奴らは信用スコア再計算のタイムラグを利用して、お前を物理的保護圏の外へ誘い出したんだ。システムマップ上では、お前はもうこの土地の『不法外来者』だ」

その時、影の中から一人の執行官が姿を現した。銀灰色のスーツを完璧に着こなし、胸元には国響メディアのインシグニアが鈍く光っている。彼は境界線の内側で足を止め、壁の向こうの誠に対し、ゆっくりと、深く一礼した。それはマナー手帳からそのまま切り取られたような、完璧な四十五度の傾きだった。

「誠様、夜分に失礼いたします」執行官の声は水のように穏やかだった。眼鏡の奥の瞳には、何の感情の揺らぎもない。「『下京区〇四号研究所』の資産権清算手続きについて、法に基づき、これより執行を開始いたします」

執行官が光学アタッシュケースを振ると、赤く光る契約書が空中にウイルスのように増殖した。

「誠様、国響法務部のインテリジェント監査システムによるリアルタイム追跡の結果、貴殿の祖父が星暦六一二二年に締結された『アナログ設備融資借入合意書』が、わずか五分前、自動的に再起動されました」執行官の語気は物理法則を読み上げるかのように平坦だった。

「この合意書には『信用連動型処罰複利』アルゴリズムが付帯しております。つまり、三分前に貴殿の個人評点が閾値を割り込んだ瞬間、八十年前の債務は指数関数的な清算プロセスをトリガーしたのです」

「それは、貴殿に残された最後の一滴の信用残高を、精密に喰らい尽くしました。現在、この土地および地上の建造物は、正式に国響メディアの資産名簿へと組み込まれました。なお、合意書附則第七十四条にご留意ください。『主資産の違約(デフォルト)清算時、デジタル資産登録のなされていない内部の物理物件は、すべて残存価値担保として自動的に債権者へ移転する』」

執行官は優雅に公文書を収めた。「つまり、このガレージにあるネジ一本、古い写真一枚に至るまで、法理上は既に国響メディアの所有物です」

誠が咆哮しながらシールドを叩いたが、執行官はただ淡々と、古いガレージへと向き直った。

「さらに、法務システムと環境安全局の統合モニタリングによれば、当建築物内には非標準的な『サブカルチャー的アナログ周波数』が大量に残留しています。システムはこれを伝染性の高い『一級電磁公害源』と断定しました。武江京のクラウド審美システムへの汚染を防ぐため、『隔離式物理消去』を執行いたします」

「これは暴力ではありません、誠様。これは必要な『データ検疫』なのです。お下がりください。砕け散る歴史で、御召し物を汚されませんよう」

重型清掃ロボットが動き出した。

巨大な機械腕がガレージの梁を正確に掴み、鋼鉄が引き裂かれる悲鳴が上がった。誠は数分前までそこにいたはずの書斎が圧壊し、まだ熱い湯気を立てていたコーヒーカップが、無惨にも土埃の中に転がった。誠の喉から、砂を噛んだような乾いた慟哭が漏れた。仮想スクリーンの光幕に指を立てて掻きむしり、その指先からは、じわりと鮮血が滲んでいた。

ロボットたちは粗暴に破壊するのではなく、精密に『肢解』していった。希少な真空管が機械の圧力で砕けて晶瑩な破片と化し、楽のアナログピアノは鋸歯によって、まるで肋骨のように整然と並んだ鍵盤を剥き出しにされた。

「奴らが消去したいのは建物じゃない、記憶だ」律の拳は白くなるほど握りしめられていた。「遺品一つでも持ち出させれば、この『清算』は不完全になる」

太陽が昇る頃、かつてのガレージは姿を消し、代わりに整地された灰白色の冷たい空地が広がっていた。この土地は物理的に、その原初たる『ゼロ』の状態へと回帰したのだ。執行官は再び優雅に一礼した。その眼差しには、微かな憐憫さえ含まれているかのようだった。

「これからの社会信用体系において、貴殿がより良いパフォーマンスを発揮されることをお祈りしております。失礼いたしました」

彼は浮遊車(ホバーカー)に乗り込み、朝霧の中へと消えていった。

廃墟の前で、五つの人影が長く伸びていた。誠は境界線の外側に跪いたまま、まだ熱を帯びた砕石の中に両手を突き入れた。馴染み深い温度は、もうどこにもなかった。胸が激しく上下し、喉の奥で、檻に囚われた獣のような嗚咽が鳴り響く。

その喪失の深淵、広大な虚無に呑み込まれそうになったその瞬間、誠の背中に、重く、荒い息遣いを伴った『質量』が不意にのしかかった。

律が最初に寄り添い、狂おしいほどの力で誠の肩を抱きすくめた。次いで楽が、古い角質の浮いた傷だらけの手を、誠の血に染まった手背の上に重ねた。絵は誠の反対側にぴったりと身を寄せ、その涙は誠のジャケットの背中を直接濡らした。そして最後に緋が、全員のさらに外側から両腕を回し、まるで温かい壁のように、誠と仲間たちをその胸の中に死死と閉じ込めた。

四人の人間が、背後から、一切の隙間なく誠を抱きしめていた。

「終わったんだな」

楽の声は、弦の切れた楽器のように空洞だった。全員が、声を失ったように激しく泣き崩れた。

これが武江京だ。システムが貴殿を『消去』と決めた時、そこには弔いの墓碑銘すら許されない。


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