金色の烈風と、託された信頼(ライカ編)
まだ星が残る、午前三時半。
雷鳴と風、そして光と闇を統べる公爵家の令嬢、ライカ・フォン・ライトニングの訓練場には、夜明け前から凄まじい雷鳴が轟いていた。
「――はぁッ!!」
バリバリと空間を割る金色の雷霆が、ライカの周囲を乱舞する。彼女が鋭く一歩を踏み出すと、風の加護を受けたその身体は残像すら残さず、訓練場を光速で駆け抜けた。
「……ひっ、ひぃぃぃっ! 近いです! 雷が近いです、ライカ様ーっ!」
訓練場の端、安全結界のギリギリ奥で、エルが半泣きになりながらノートを抱えて縮こまっていた。三令嬢のお抱え「見習い聖女」であるエルは、今日からローテーションでライカの朝の鍛錬の『記録係』を命じられていたのだ。
「あはは! 大丈夫よエル、ちゃんとあなたに当たらないように制御してるわ!」
ライカは動きを止めず、艶やかな金髪をなびかせて豪快に笑う。
大人びた美貌に、情熱的な瞳。ライカの鍛錬は、見る者を圧倒する「動」の極みだった。超高速の移動(風)の中に、一撃必殺の破壊力(雷)を上乗せし、さらに光と闇の障壁を瞬時に切り替えて展開していく。
「……ふぅ。ナギ、今の最高速度はどうだった?」
ライカがふわりと着地すると、影からナギがストップウォッチを手に現れた。
「昨日よりコンマ〇二秒縮んでおります。神速の領域ですね」
「よし、順調ね。……エル、そんなに震えちゃって、可愛いわね」
ライカは意地悪っぽく笑いながら、エルの頭をぐしゃぐしゃと撫でた。
彼女がここまで圧倒的な「速度と破壊力」を追い求めるのにも、やはり絶対的な理由がある。
(レイカの氷は絶対の停止。メルカの土は絶対の拒絶。……もし、あの二人の理性が何かに焼き切れて暴走した時。誰よりも速くその懐に飛び込んで、この『雷』で術式をマヒさせ、この『風』で暴走のエネルギーを大気圏外へ吹き飛ばせるのは、私しかいないもの)
情熱的で、一見すると直情型に見えるライカだが、その実、誰よりも「二人の戦友」の強さを恐れ、そして愛していた。二人を「止める」役目を果たすため、彼女は毎朝、自身の限界をスピードの彼方へと更新し続けているのだ。
午前六時半。すっかり完璧な公爵令嬢の装いに着替えたライカは、豪華な食堂へと足を踏み入れた。
「おはよう、ライカ。今朝も素晴らしい雷の音がここまで響いていたよ。さすがは我が家の自慢の娘だ」
現・雷鳴公爵が、豪快に笑いながらライカを迎え入れる。
「おはようございます、お父様、お母様。エルの良い悲鳴が聞こえたので、今朝はいつもより調子が良かったですわ」
「あらあら、エルちゃんをあまり虐めてはダメよ、ライカ? でも、あなたたちが仲良く『喧嘩』をしてくれるおかげで、この国が平和なのだから、お母様は安心しているわ」
公爵夫人が、嬉しそうにライカの皿に特製のオムレツを盛り付ける。
公爵家の「ひとりっ子」として、両親から注がれる無条件の信頼と深い愛情。
世界の重荷を背負うライカにとって、この温かい家族の笑顔こそが、限界を超えて走り続けるための最大の原動力だった。
「ええ、お母様。今日もレイカとメルカが、私のスピードについて来られるか試してあげますわ」
公爵邸の門へ向かう道すがら、ナギが馬車の扉を開け、エルがまだ少し足元をフラつかせながら後に続いた。
「ライカ様……毎朝あんな次元の違うお稽古をされているなんて、私、本当に信じられません……」
エルがへたり込むように呟くと、ライカは大人っぽい妖艶な微笑みを浮かべ、エルの顎をくいと持ち上げた。
「エリートの天才たちが、血の滲むような努力をして作っている『偽りの平和』よ。……ねえ、エル。あなたももう、その共犯者なんだから、しっかりついて来なさいね?」
「……はい、もう覚悟は決めております……」
馬車が動き出す。
手元のタブレットには、メルカから送られてきたカイル君の「新・仕様書」が届いていた。
「さあ、今日も行きましょう! レイカとメルカを待たせたら悪いもの。カイル君を立派な『準公爵家の歯車』に仕上げる、最高に情熱的な一日の始まりよ!」
世界の均衡をその双肩に背負う少女は、今日も最高に美しく、烈風のような眩い笑顔で学園へと向かうのだった。




