侵入者
白い天井を見つめながら、なおは唇を噛みしめていた。
律はもういない。
あの明るく笑っていた幼なじみは、もう二度と学校に来ない。
胸の奥が、ぎゅっと締めつけられる。
苦しい。悲しい。嫌だ、嫌だ。
何度そう思っても、現実は変わらない。
――なのに。
なぜだろう。
あの山が、頭から離れなかった。
鈴の音。
闇の中で、確かに聞こえた、あの乾いた音。
それに、遠くに見えた謎の明かり。
あれは幻じゃない。
行かなきゃいけない。理由なんて、分からないのに。
なおはベッドから静かに起き上がった。
点滴の管を外す音が、やけに大きく響いた気がして、思わず息を止める。
廊下は静まり返っている。
――今なら、行ける。
窓を開け、冷たい夜風を受けながら、なおは外へと身を投げ出した。
⸻
山の入り口に立った瞬間、空気が変わった。
昼間なのに、木々の影が濃く、音が吸い込まれていく。
足を踏み入れるたび、落ち葉が不気味に鳴る。
心臓の音がうるさくて、耳を塞ぎたくなる。
――こっちだ。
理由は分からない。
けれど、身体が勝手に進む。
登って、登って、登り続ける。
そのときだった。
ゴォォ……。
山の奥から、低く重い音が響いた。車だ。
それも、普通の軽トラじゃない。
大きくて、重たいエンジン音。
なおは音のする方向へ走り出した。
枝に腕を引っかかれ、足元が何度ももつれる。
それでも止まれない。
そして――
木々が途切れた先で、それは姿を現した。
フェンス。
高いコンクリート塀。
そして、錆びかけた看板。
【BES研究所】
……そんな研究所、聞いたことがない。
なのに、胸がざわつく。
ここだ。
ここに、全部の答えがある。
みおは、研究所へと、一歩を踏み出した。
その瞬間、
警報が、突然、山の静寂を引き裂いた。
ビィィ――――!
耳を裂く高音が四方から重なり、空気が震える。建物の壁面に赤い非常灯が灯り、研究所全体が血の色に染まった。
なおの身体が、凍りつく。
次の瞬間、鉄扉が唸りを上げて開いた。
足音が複数。
迷彩服の男たちが、外へ飛び出してくる。白衣ではない。兵士のような動きだった。
「侵入者だ!」
「捕まえろ!生きて連れ戻せ!」
銃口が、一斉になおへ向いた。
「……っ!」
声にならない悲鳴が喉に詰まる。考えるより先に、身体が動いた。
森へ――走る。
枝が腕を裂く。木の幹に肩を打ちつける。足元の根に何度もつまずく。
肺が焼ける。空気が足りない。心臓が暴れている。
ダン!
銃声。
足元の枯葉が弾けた。
ダン!
次の瞬間、左脚に熱が走る。
「っ……!」
膝が崩れる。撃たれた――かすっただけだと気づくまで、数秒かかった。
血が靴下を濡らしていく。
後ろで怒声が飛ぶ。
「逃げるな!」
「まだ近い!」
振り向けない。
振り向いたら、終わる。
なおは歯を食いしばり、脚を引きずりながら走った。
村の灯りが見える。
遠い。
でも、あそこまで行けば――。




