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綻びの鈴が鳴る村で  作者: まなと
鈴隠し編

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9/17

疑心の夜

ただその一心で、なおは森の奥へ駆けた。


枝をかき分け、木々の隙間を縫い、暗闇を手探りで進む。視界は揺れ、呼吸は裂けるように荒い。


それでも止まれない。止まれば終わる。


前へ。


ただ、前へ。


背後の怒号が、次第に遠ざかる。


銃声も、やがて森に吸い込まれた。


それでも走る。


まだ足りない。


まだ、安全ではない。


どれほど走ったのか分からない。


足がもつれ、膝をつき、顔を上げたとき――見慣れた石垣があった。


自宅だった。


玄関灯は消え、窓は黒く沈んでいる。家は眠ったように静まり返っていた。


――帰ってきた。


その瞬間、全身から力が抜けた。


門柱に手をかけたまま、視界がゆっくり傾く。


冷たい地面に叩きつけられる感触。


それが、最後の記憶だった。


⸻


目を覚ますと、部屋は静まり返っていた。


自分の天井。


自分のカーテン。


かすかに差し込む朝の光。


床の上だった。


左脚は、血は止まっているが、ずきりと芯を刺す痛みが残っている。


夢ではない。


赤い警報灯。


迷彩服の男たち。


無機質な銃口の光。


すべて、現実だ。


――あれは、何だったのか。


BES研究所、と書かれた看板。


だが何の研究なのかは分からない。あんな施設が、どうして村の山奥にあるのか。


自分だけが知らなかったのか。


それとも。


村の人間は、最初から知っていたのか。


もし知っていて、黙っているのだとしたら。


胸の奥が、ゆっくり冷えていく。


頼れる人はいない。


両親は数ヶ月前から長期出張で家を空けている。電話をかけても、すぐには戻れない距離だ。


この村で、なおは一人だ。


天井を見上げる。


静かすぎる。


いつも聞こえるはずの、朝の生活音がやけに遠い。


(誰かが、見ているのではないか)


そんな考えが浮かぶ。

カーテンの隙間。


玄関の気配。

風の音すら疑わしい。


浅い呼吸を繰り返す。

とりあえず、明日。

病院へ行こう。


傷の手当ては必要だ。このままでは化膿するかもしれない。


でも、もし病院にも、繋がっている人間がいたら。


なおは、目を閉じる。


心の奥底で不安と疑念が形を持ちはじめる。


そして。

遠くで。


――リン。


鈴の音が、確かに鳴った気がした。

それが現実か、幻か。


確かめる勇気は、まだなかった。

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