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綻びの鈴が鳴る村で  作者: まなと
鈴隠し編

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10/17

白衣の沈黙

翌朝。


みおは痛む脚をかばいながら病院へ向かった。


村で唯一の診療所。 白い外壁はところどころ色褪せ、古びた看板が風に軋んでいる。


藤原医院。


院長――藤原 悠。四十五歳。 冷静で理知的な町医者。


だが昨夜から、なおの胸には消えない違和感が残っていた。


――研究。 ――あの施設。 ――あの声。


入口の引き戸を開ける。


鈴が音を立てた。


受付に人の姿はない。


奥の廊下から、低い声が聞こえてくる。


なおは足を止めた。


「……今年も、始まってしまいました」


息が詰まる。


「ええ。本当に、このままでいいとは思っていません」


間があく。


「ですが、まだできないんです。……ええ、まだ研究中で」


研究。


鼓動が速くなる。


「……国も、動いています」


背筋が冷たくなった。


赤い警報灯。 迷彩服の男たち。 銃声。


――繋がっている。


なおは壁に手をつき、静かに奥へ近づく。


一歩。 二歩。


そのとき。


「どうしました?」


背後から声が落ちた。

振り向くと、看護師が立っている。 口元は笑っている。 だが、目は笑っていなかった。


「診察ですか?」


喉が乾く。


奥の扉が開いた。

白衣姿の男――藤原 悠。


電話を切り、こちらを見る。 状況を一瞬で把握したように、視線が看護師からみおへ移る。


その瞬間。


ほんのわずかに、表情が硬くなった。

だが次の瞬間には、穏やかな医者の顔に戻っている。


「どうしたの?」 


落ち着いた声。

しかし、その目は鋭かった。


――試されている。


言うか。 言わないか。


研究所のことを。


だが、医者が“研究”と言うのは不自然ではない。 医学研究かもしれない。


「国が動く」ことも、医療政策の話かもしれない。

疑いすぎているのは、自分の方か。


もし、関係がなかったら。


いや、もし、関係があったら。


どちらにしても、 ここで口を滑らせるのは危険だ。

なおは視線を落とした。


「……昨日、転んで」


左脚をわずかに引きずる。


「派手に」


藤原はしゃがみ込み、左脚に目を向ける。

指先がそっと触れた。

冷たい。


「これは……ずいぶん深いね」


声は穏やかだ。

だが。


「どこで転んだの?」


問いが、静かに落ちる。

森、と言えばいいのか。 山道、と言えばいいのか。


研究所、と言えば――

言えるはずがない。

なおは曖昧に笑った。


「帰り道で……」


藤原は数秒、なおの顔を見つめる。


探るように。 測るように。


やがて、小さく息をついた。


「処置しよう。中へ」


診察室の扉が閉まる。

その瞬間。

なおははっきりと感じた。


――怪しまれている。


それとも。


無下に怪しんでいるのは、 こちらなのか。


白い診察室の空気は、妙に重い。

消毒液の匂いの奥に。

血でも、薬でもない、

何か別のものが混じっている気がした。

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