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ヴィゼリアの夜の疑惑

昼下がりの談話室。

シオンはのんびりと本を読んでいた……が。

内容が、まったく入ってこない。


理由は簡単だ。ずっと視線を感じているから。


「ねえ、何か用?」

「別に?見てるだけ」


笑顔のまま、ずっとただ見つめてくるベルナルドに、シオンは顔をしかめる。

船に戻ってきてからというもの、何かと近くにいることが多い。

スキンシップを図ってくることもあれば、今のようにただじっと見つめられることもある。

その視線が妙に落ち着かなかった。


「見てるだけで何が楽しいのよ……」

「全然飽きないよ?幸せしか感じない」


ストレート過ぎる言い方に、シオンは顔が赤くなるのを感じ、顔を背ける。

こんな顔見せたら、絶対に調子に乗るとわかっているからだ。

バレていないわけは、ないのだが。


誤魔化すように立ち上がると、持っていた本を棚に戻し、違う本を選び始める。

そして、腕を伸ばそうとしたその時——

急に後ろから抱きしめられた。


「ちょっ……!?」

「ああもう、可愛すぎて無理」

「あんたキャラ変わってない!?離してよ!」


暴れてみるが、しっかり腕に収まってしまい、びくともしない。

そして、恥ずかしがっていても、本気で嫌がってはいないのを、ベルナルドもわかっている。

だからこそ離さない。


そのうち、もう無駄だと悟ったのか、シオンの動きが止まる。


「もう勝手にして……」

「うん、勝手にする」


甘えるように擦り寄られて、くすぐったさに一瞬身じろぐ。

動揺しないよう、小さく息を吐いて落ち着こうとした時、ベルナルドの動きが止まった。

シオンは不思議そうに軽く顔を上げると、ベルナルドを見上げる。


「どうかした?」

「いや、シオンって全体的に細身なんだけどさ。触ってみると意外と柔らか——……」

「この変態!!」


反射的に足を思い切り踏みつけると、さすがのベルナルドも少しふらついた。


「痛いって」

「変なとこ触りながら言わないで!あとやっぱり離しなさい!」

「好きな子に触りたいなんて、男なら当然の欲求なのに」


さらりと言いながら、これ以上機嫌を損ねないように身体を離す。

シオンは呼吸を整えながら、呆れたように言った。


「正当化しようとしないでよ。他の皆だったらそんな事するわけ……」


言いかけて、シオンは思い出したように首を傾げる。


「……でも、あのシュゼルですら性欲があるなら、本当にそういうものなのかしら……」

「いや待って、それどこ情報???」


シオンの口から出た意外過ぎる内容に、ベルナルドは耳を疑った。

彼の知る限り、シュゼルほど「理性の塊」という人間はいないだろう。

どんなに美しい女性に声をかけられても一切表情を変えないし、常に淡々としている。

唯一、ヘリオス絡みだけは感情を露わにするが、それで理性的であるという前提が覆るわけじゃない。


「どこも何も、本人が言ってた」

「いつ!?どんな会話の流れで!?」

「ヴィゼリアで夫婦役してた時、寝室で——……」

「一番やばいシチュエーションなんだけど!?」


いつもの冷静さをどこかに置いてきたように焦るベルナルドに、シオンは平然と続けた。


「別に、何もされてないわよ?ただ、女性に興味がないように見えるって言ったら、"興味も性欲もちゃんとある”って答えられただけで」

「寝室で二人きりの時にそんなこと言われたら、普通危険だってわかってる?」

「シュゼルは普通じゃないでしょ」


間違ってはいないが、何かが違う。

ベルナルドは一度冷静になろうと長く息を吐くと、シオンに向き直った。


「……それで、他には何か言ってた?」

「興味はあるけど、それ以上に大切なことがあるから関心はないって言ってたわね」


だから私に変な気を起こすことはないわよ、と言い切るシオンに、ベルナルドは額を抑える。

相手がシュゼルだったからいいものの、もう少し警戒心をもってほしい。

——彼なら絶対に手を出さないだろうと思って、夫婦役にしたのは自分だけれど。


ベルナルドはヘリオスの正体も、シュゼルの正体も最初からわかっている。

そしてシュゼルの"忠誠の誓い”についても知っていた。

命よりも大切な存在を護ることが彼の全てであり、他のことには本当に関心がない。

しかも本人はそれを当然としていて、何かを我慢しているわけではないというのが恐ろしいところだった。


「うん、まあ、シオンが無事ならいいんだけどさ。……そもそも、何でそんな会話になったわけ……?」

「広いベッドだから離れて寝れば大丈夫そうって言ったら、男に気軽にそんな事言うなって怒られたの」

「怒られて当然だろそれ!ていうかシオンから言ったの!?」

「だってひとつしかベッドがなかったんだもの!あの人絶対に手を出してこないってわかってたから——」

「だからそういう問題じゃないんだよ!!」


もはや素の反応が出てしまっていることに気づき、ベルナルドは再び呼吸を整えた。

この間の「恋人がすること」について聞き回ってた件にしろ、彼女は突拍子もない事を言いすぎだ。

この船の男達が概ね理性的だからいいものの……。

一歩間違えれば、危険過ぎる。


成人前に一人になってしまったから、そういう知識に疎いのはわかっているけれど。


「本当に気をつけて。シオンに手を出す奴がいたら、俺、本当に何するかわからないから」

「……冗談に聞こえないんだけど」


軽口のようで、声のトーンが下がっていることにシオンは気づく。

その言葉に、ベルナルドはまだ僅かに速い呼吸を落ち着けながら、そっと微笑んだ。


「本気だよ。……俺がこんなに我慢してるのに、先に手を出されたら嫌だからね」

「我慢って……」


結構スキンシップ過多に感じていたが、あれで我慢しているのだろうか。

不思議そうに呟くと、ベルナルドは少し意地悪そうに目を細めた。


「聞きたい?俺がしたいこと、全部」

「——今は、やめておく」


恋愛知識に乏しいシオンには、具体的な想像はできない。

それでも、恥ずかしいことを言われる予感はしたのか、僅かに目を逸らして答えた。


だけど、その顔がほんの少し赤く染まっていること、そして「今は」という限定的な言葉に、ベルナルドの表情が緩む。


「そうだね。ちゃんと段階を踏んでから、少しずつ伝えるよ」

「………勝手にして」

「了解」


目を合わせないまま席を立つシオンに、ベルナルドは楽しげに答え、彼女が談話室を出るまでその背を見送った。

シオンは締めた扉に軽く背を預け、思ったよりも鼓動が早くなっていることに気づく。


——背中に残る視線は、なぜか嫌じゃなかった。



この小話は、本編にあるヴィゼリア編(49.演者のいる食卓)のエピソードをきっかけに生まれたものです。

当時の会話を踏まえると、ベルナルドの反応がまた少し違って見えるかもしれません。

興味のある方は、こちらもあわせてどうぞ。

→https://ncode.syosetu.com/n2410ko/61

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