夜風が運ぶ歌声
静かな夜の、小さなひとときのお話です
——目が、覚めてしまった。
窓の外を見れば、月が高く昇り、星が瞬いている。
まだ真夜中だ。
(何で目が覚めちゃったのかしら……)
寝直そうと目を閉じるが、妙に冴えてしまい睡魔が訪れない。
仕方なく、一度気分転換してから寝直そうと、シオンは船室を出た。
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甲板に出る直前、微かな歌声が風に乗って耳に届く。
落ち着いた澄んだ声と、穏やかな音色。
思わずその場に立ち止まり、歌声に耳を傾けていた。
歌が終わった頃、シオンは我に返り、甲板に出た。
そして静かに足を進め、歌っていたその人に近づく。
一つに束ねた長い髪が夜風に揺れ、後ろ姿だけでもどこか神秘的な雰囲気を感じた。
「……起きていたのか?」
シオンの気配に気づき、声をかけられるより先にシュゼルは振り返る。
「目が覚めちゃったのよ。そしたら、綺麗な歌声が聞こえてきたから」
「………」
「素敵な音色ね。聞いたことない歌だったけど」
表情を変えないまま、シュゼルはわずかに目をそらす。
そして小さく息を吐いた後、空を見上げながら言った。
「これは、私が最も敬愛する女性がよく歌われていた曲だ」
「……へぇ?」
「ヘリオスは昔、これを聴くとすぐ眠ってしまっていた」
ヘリオスの名前が出た瞬間、シュゼルの表情が少しだけ和らいだ。
その瞳に少しだけドキッとしたが、気のせいということにして質問を続ける。
「ヘリオスも知ってる人なの?」
「知っているも何も、彼の母君だ。とても聡明で温かく、慈愛に満ちていて、芯の強いお方だった」
淡々と語っているが、その声にはどこか優しさが滲んでいる。
敬愛していると言うだけあって、彼にとっても特別な人だったのだろう。
シオンは黙ってその言葉を聞いていた。
「随分と素敵な人だったのね」
「ああ。ヘリオスの素直さや優しさは、彼女の存在が大きいだろう」
「母親……」
生まれて間もない頃に捨てられたらしいシオンは、「母親」という存在を知らない。
それでも、カルマーレ族のみんなが家族のように優しくしてくれて、寂しいと思ったことはなかった。
自分を捨てたような人に今更会いたいとは思わないけれど、血の繋がった家族というものに少しだけ想いを馳せてしまう。
その時、不意に視線を感じ顔を上げると、シュゼルがこちらを見つめていた。
無言で見つめられ、言葉がうまく出ないでいると、シュゼルが何かに気付いたかのように口を開く。
「……雰囲気は、君に似ていたかもしれない」
「!?」
「容姿はあまり似ていないが……」
予想外の言葉に、シオンが固まる。
恐らくシュゼルに他意はない。
……しかし。
まるで称えるように、その人となりを語った後に、"雰囲気が似ている”などと言われれば動揺するのは当然だ。
「……私はそんな立派な人間じゃないわよ」
「そうだろうか?君は船員を常に大切にしている。決断力も備えている。十分に——……」
「うん、わかった。ありがとう。それくらいにして」
真顔で淡々と出てくる言葉に耐えきれず、シオンは言葉を遮る。
多分、彼は褒めているつもりはないのだろう。
ただ"事実”として口にしている。
それが逆に相手の心に刺さりやすいなど、言っている本人は気付いていなかった。
「……そろそろ寝るわね。見張り頑張って」
「ああ。ゆっくり休んでくれ」
シオンは頷くと、踵を返して船室に向かう。
そして自室に戻ると、一度大きく息を吐いた。
「……あの顔で、しかも真顔で言うからタチ悪いのよ……」
例え恋愛感情がないとしても、心臓に悪すぎる。
あんな綺麗な顔で真剣な眼差しを向けられれば、勘違いする女性だって絶対にいるだろう。
ため息交じりにベッドに潜り込みながら、ふと思う。
(そういえば、さっきのって"ヘリオスの”母親の話よね?歌も、評価も……。……あの人の母親は、どうだったのかしら)
気にしても仕方がないし、気にする意味もない。
それでも、なぜか浮かんできてしまった。
(まあ、いいか……関係ないわ)
そう自己完結すると同時に、睡魔が襲ってくる。
シオンは今度こそ目を閉じると、深い眠りに落ちていった。




