第83話 海の魔物
――――ガタンガタン
「だんだんと揺れが大きくなってきたな」
自室にいるカイは大きく揺れ動く船の様子を感じ取って思わず呟いた。
ルフトのカレットマリン周辺の情報を聞いたことと照らし合わせれば近づいて来ている証拠なのだろう。
「......で、君達はどうしてここにいるの?」
カイはため息交じりに尋ねると同じようにして一緒の部屋にいる乙女達はそれぞれ返答していった。
「パパのいるところに娘がいるのは当然です」
「それは私の居場所がカイの近くだから」
「わ、私はエンディさんの付き添いで......」
「カイちゃんいるところに私あり......うぷっ」
「結局、キリア以外言ってること変わらないんだけど」
カイは隣にベッドの上で座る船酔いでグロッキーなソラの背中をさすりながら「大丈夫か?」と声をかけていく。
その一方で、同じような理由で集まった彼女達に苦笑いを浮かべていた。
「シルビアはまぁわかるけど、君達だって自室与えられたはずだと思うんだが」
「どうにも空気が男臭くて嫌だった」
「あ、それは私も思います」
「ここもさして変わらないだろ? 俺も年齢的に海賊達とそう変わりないし」
「好きな人のニオイは別なの!......おぉ、気持ち悪い......」
「何その無敵理論? それにそんな気力絞り出して言うことでもないから」
もうこれ以上乙女達に何を言っても無駄のようだ。
そう感じたカイは早々に諦める――――と、その時、突如として何かにぶつかったように船が強い衝撃に襲われた。
その衝撃にベッドに座っていたカイ、ソラ、エンディはそのまま大きく慣性で前に押し出されていく。
そして、その正面には丁度エンディとキリアが座っていて......。
「「キャア!?」」
カイがそのまま二人に覆いかぶさるようにしていくと同時に可愛らしい二つの声が響いた。
カイは両腕から大きさと柔らかさの違う二つの感触に気付くとすぐさま両腕を伸ばして起き上がる。
そこには顔を赤らめる二人の乙女の姿があった。
耳まで真っ赤にしたエンディとキリアはどこか扇情的な表情をしており、僅かに熱のこもった吐息が聞こえてくる。
結果的に押し倒してしまったような形にカイは思わず息を飲むが、僅かばかりか二人の表情に見惚れてしまった。
そして、エンディはゆっくりと口を動かすと告げる。
「......する?」
「アホか」
「痛っ!」
カイは上体を起き上がらせるとエンディの頭に軽くチョップした。良くない言葉を発した罰であろう。
そんなカイの行動にエンディは恥ずかしそうな顔をしながらも、同時に頬を膨らませて不満そうであった。
ちなみに、もう一人は横を向きながら恥ずかしさに目を回し、小声でマシンガン卑猥ワードを連発していた。
カイは「悪かったな」と言って床でグロッキーのまま動けず、同時に二人の羨ましいハプニングに不満を呟いているソラを看病していく。
そんなカイを見ながらエンディは改めて告げた。
「カイはやはり意気地なしね」
「意気地なしじゃなくて既婚者だから。それにこの世界では一夫多妻は当たり前でも俺の常識にはないから」
「パパは相変わらずそこの考えだけは頑なですね。『据え膳食わぬは男の恥』という言葉ぐらい知ってるでしょう?」
「そんな言葉をどうして知ってるの......あぁ、俺の知識か。
例えそうであっても、俺は違うの! 全く君達は隙あらばそういう流れに持っていこうとするんだから」
「それは未来のことを考えたら必然的にそうなるはず。
それに偶然でもああいうハプニングが起こったなら女としても食わぬは恥だと思う。好きな人ならなおさら」
「さすが竜人族は肉食系なのかな......」
エンディの強い意志を感じさせるようなガッツポーズにキリアは思わず苦笑いを浮かべる。
とはいえ、キリアも先ほどの自分が意外にもその場の空気に乗り気だったことを思い出すと「自分も案外同じ?」と呟き、勝手に顔を熱くして自滅した。
「俺が女たらしだったらその願いは今にも叶うだろうね」
「そんな人だったら好きにはならない。今のカイだからこそ好きになった」
カイの言葉にエンディは真っ直ぐ言い返した。
その真っ直ぐすぎる想いにカイは思わず目を逸らし、キリアはどこか羨ましそうに眺めた。
「それに......私は逃げれば逃げるほど燃えるタイプだから」
「そいつは厄介だ」
「そ。だから、捕まらないようにせいぜい頑張ることね」
エンディの強い意志にカイは諦めるようにため息を吐いた。
「今までここまで強い主張をする子ではなかった」と思いながら、ふといつの間にか人の膝もとで膝枕しているソラを見ながら、「絶対影響受けてるよな」とそっと頭を撫でた。
それから数時間後、皆が寝静まった夜に同じように寝ていたカイは船の真下から強い魔力を感じてパッと目が覚めた。
ガバッと起き上がるとすぐそばにシルビアが待機していて、部屋の扉を開けるとすぐ隣の扉も開き、そこからエンディが現れた。
「エンディも感じたか?」
「うん、下から強い気配がピッタリ同じ速さでついてきてるのを。
まだこちらをどう思ってるかわからないけど、警戒するに越したことはない」
「他の二人は?」
「ソラは相変わらず辛そうだからそのまま。
キリアは恐らく今じゃ役に立てなさそうだから待機してもらってる」
「役に立てなさそう? まぁいい、そういうことならわかった。とりあえず、甲板に向かおう」
カイ、エンディ、シルビアは移動を開始する。
そして、甲板に向かうとそこは暴風が吹き荒れていた。
海はこれでもかというぐらい大シケで本来なら船が転覆してもおかしくないレベルであった。
「なるほどね、風が強すぎてかえって風の制御が難しいってことか」
「うん。自然の荒れ狂う風を制御するには魔力が大量に必要だし、それだけで精一杯になる可能性があるから。
にしても、海の荒れ具合に対して船の揺れは結構静かなのは驚き」
「それはこの船底に海での安定性を増すような魔法陣が仕組まれていて、波力エネルギーを魔力エネルギーに返る魔道具もとい魔法装置を用いているからみたいですよ」
「伊達に海で海賊やってないってわけか。さすがに海での船は自身の命に等しいから随分上手くやりくりしてるみたいだ」
「それにしても今この状況......不自然だと思いませんか?」
「あぁ、わかってる。風は暴れ狂い、海は荒れ狂ってるくせに全く雨が降っていない。空がどんよりとした雲に覆われてるにも限らずな」
カイの言う通り、環境そのものは台風が直撃したような状況にも関わらず、そこに意図的に雨だけが取り除かれたように降っていなかった。
「これに何か意味があるの?」
「わからない。だが、これだけ怪しさ満点ってことは恐らく――――下の奴も関わってる可能性は高そうだ」
その直後、船体が大きく揺れた。それは海で揺れるのとは違い、物理的に掴んで揺らされたような不自然な揺れであった。
そして、その揺れと同時に船体の両脇からそれぞれ三本ずつの巨大なゲソ足が伸びてくる。
その手は甲板の端を掴むと再び力か任せに揺らしていった。
その行く度の揺れにさすがに目覚めた海賊達やルフトは「なんだ!?」と言って甲板に出てくると強い風に煽られながらすぐそばに立つカイ達に気が付いて声をかけた。
「カイ殿! これは何が起こっているかわかるか!?」
「見りゃわかるよ。なんたって、あっちから存在を主張してきてるんだからな」
カイ達は突如として暗闇に覆われていくかのように船体の前に現れた巨大なヌメヌメした体がその存在感を主張した。そして、船体を掴む足とは別にさらに海から二本の足を見せるそいつの名は――――
「実物は初めて見るな。こいつがクラーケンか」
クラーケン......カイがいたもとの世界でも航海する船を十本もある足で絡めとり、海中に引きずり込む神話的存在の生物で、それにもっとも近しい生き物とすればダイオウイカが挙げられる。
クラーケンもモデル自体がダイオウイカにしたものという話もあるがそれはさておき、今カイ達が目にしているのはあくまで伝説上としてでしか語られなかった海の最強生物クラーケンが目の前にいるのだ。
ダイオウイカのサイズが最大で12メートルほどに対し、目の前にいるイカは足の長さを含めない胴体部分で優に20メートルを超えている。
それはもはやクラーケンと呼称しても申し分ないだろう。
そして、そのクラーケンは船に甲板を掴んだ六本の足と恐らく船底を掴む二本の足とで掴まり並走しながら、海に引き吊り込もうと甲板にミシミシと圧力をかけている。
「な、なんだ、あのバケモノは!?」
「デカすぎる」
「俺達、ここで死ぬのか......?」
クラーケンの存在感に気圧され、海賊達の心が小さくなっていく。
確かめる必要も無い大きさという圧倒的な実力差によって海賊達の心が折れていってる。
また、魚人族のルフトでさえ、クラーケンは初めて目にしたのか引け腰で言葉に出来ていない様子であった。
だがその時、一発の銃声が鳴り響くとともにクラーケンの甲板を掴んでいた一つの足が消し飛んだ。
その音と衝撃に意識が吸われた彼らはそれを行った人物へと目を向けていく。その人物は睨むような目つきで告げた。
「いつまでそこで怖気づいてるつもりだ? まさか死を受け入れたわけじゃないだろうな?
お前達は一体どういう存在だ! 海を縄張りとする海賊だろうが!
海賊なら縄張りに入って来た敵とどうするか? 行ってみろ、船長の息子!」
指を向けられたその青年は驚いた様子で恐る恐る答えた。
「た、戦う......」
「わかってんじゃねぇか」
カイはその答えにニヤッと笑った。
その時、カイを背後から狙うようにクラーケンの足が伸びてきて、それを見ていた海賊達はとルフト思わず叫びそうになるが、当然気づいているカイはそれを迎撃して再び彼らに告げた。
「ここを航海する以上、ここは俺達の縄張りだ。
そして、その縄張りを侵害してきた敵が同じ海賊じゃなくて、このクソでけぇイカってだけの話だ」
そのカイの堂々とした雰囲気に彼らの恐怖が収まり、同時にこの船を侵害された怒りが込み上がってくる。
その感情を見てわかったカイは不敵に笑うと背後のクラーケン本体に銃口を向けて告げた。
「さぁ、狩りの時間だ。今日はイカ焼きパーティーだ!」
「「「「「おおおおお!」」」」」
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