第76話 伝え遅れた言葉
「ルナリス様が体に宿ってからは近くの街でとにかく最低限の生活が出来るぐらいのお金を作ることをしたの。
幸い、この世界の神がいることだし、色々なことを教えてもらいながら冒険者として活動していた」
「そうだったのか」
「その一方で、他の散り散りになった仲間の情報を集めていたら、盗人を捕まえたっていうちょっとした縁でハイギルさんに出会った。
そこらかはルナリス様に任せっぱなし。その時は意識を切り替えたらもうそこで記憶が止まってたから気が付いたら団体が出来てたってわけ」
「それが『再会の空』ってわけね.......随分な名前だったらかすぐにもしやと思ったよ」
「だとすれば、ルナリス様の予測通りだったわけだ」
相変わらずべったりと腕に絡みついて離れようとしないソラに諦めたように為すがままのカイはふとカーテンの隙間から見える夜空を見た。
その目は他の地にいるであろう仲間を思ってかどこか遠い目をしていた。
するとここで、カイはふと思い出したことを尋ねる。
「そういえば、翼とは話したのか?」
「うん、少しだけね。『無事で良かった』って嬉しそうに言ってくれた。
けどすぐに『功労者ともっと話してこい』とも言われたけど」
「なるほどね。それで今日はこんなセッティングなわけだ」
「......まぁ、恐らくそれだけじゃないけど」
ソラはボソッとそう呟くとおもむろにカイから離れ、ベッドに座るカイの前に立つ。
そして、高まる心臓の鼓動を押さえるように重ねた両手を胸の中心に押し当てた。
「戒ちゃん、改めて助けに来てくれてありがとう。
正直、この世界で会えるなんて絶対ないと思ってたから、ルナリス様の願いを叶えるために頑張ってたけど、戒ちゃんがいなかったらきっと私は無事じゃなかったと思う」
「どういたしまして。ただあまりに時間がかかってしまった。
こんなに歳取ったせいで、腰は痛いは、変な所で躓くはするし。それに......一度は諦めた」
カイはソラに合わせる顔がないように伏せていく。膝上に乗った手は強く握られていて、まるで自責の念に駆られているようであった。
そんなカイの顔を上げさせるようにソラが両手でそっと触れると目線を合わせるように持ち上げた。
「そんなことないよ。私は来てくれただけでも嬉しい。もとの世界とこの国との時間の流れが違うせいでまるで別人のように姿が変わってしまったとしても、私の目から映る戒ちゃんは今も高校時代の戒ちゃんだよ」
「そ......そうか......そいつは嬉しいな......」
カイは恐らく初めて感情的に漏らした言葉かもしれない。
これまでは友であったツバサに会った時でさえ、どこか距離を置いていたような話し方になってしまっていた。
それはカイがもとの世界で大人になって精神がすっかり成熟したり、家族を作り父親という立場を知っているからの態度であったかもしれない。
しかしこの時、カイは初めて自分で自覚するほどに過去の自分へと戻れたような気がした。
「おはよう」の一言から退屈な授業を過ごし、休み時間には友としゃべって、昼には一緒に弁当を食べ、午後の授業は時には寝て、放課後になれば少ししゃべって「じゃあな」の一言で当たり前に来ると信じていたいつもの日常の明日を疑う余地もなく信じていた。
だが運命は違った。唐突に崩れた日常はカイの人生を大きく狂わせるには十分すぎた。
そこにはもうカイの知っている当たり前はなく、「おはよう」の一言から何も生じない。
もう諦めたと思っていた。もとの日常がもう戻ってくることはない。
しかし、もし声が聴けるなら聞きたい。そう微かな願いだけがこびりついた状態で。
だが、カイにとってある意味日常の象徴であった“幼馴染”のソラと出会えたことで、多少のゴタゴタはあったもののゆっくりと会話出来ている今は高校時代の放課後の帰り道に二人で帰った時のような気持ちを彷彿させている。
大人の維持としてなのか泣くことはしなかったが、確かにカイの目頭は熱くなった。
するとその時、ソラはカイの首に腕を回して抱きついていく。
「そ、空......?」
「戒ちゃん......」
カイがソラの不意の行動に驚いているとソラはやや甘く感じる声で名前を呼んだ。
その抱きしめはまるで心音を重ね合わせるかのようにギュッと密着している。
そして、ソラはカイの肩に手を置いて近い距離感で顔を合わせると慈愛のような笑みで告げた。
「私ね......戒ちゃんと会えなくなってからずっと後悔していたの。
ここに来る前は時間がたっぷりあると思ってたから。でもなかった......いや、なくされた。
その時、本当に後悔したの。でも、また会えることを信じてこの熱だけは絶対に絶やさないでいたの」
そして、ソラは一拍置いて覚悟を決めるとカイに告げる。
「戒ちゃん、ずっと前から好きです。小学校も中学の時も高校の時なんてなおさら、そして今はその時よりもずっとずっと好きでたまらない」
「空......」
「ごめんね、少し重いと思ったでしょ? でも、これが私の今の素直な気持ちでずっと言おうとしながらも、恥ずかしくて隠していた気持ち」
「そうか、ありがとう。俺は嬉しいよ。
ただ悪いな、こんなにもおっさんになっちまったし、既婚者にもなっちまったんだ。
だから、空の気持ちは受け取っても応えてやることが出来ない」
「知ってるよ。そんな戒ちゃんが好きだったんだから――――でもね」
ソラは変わらぬ愛おしそうな目をしながら言葉を続けていく。
「ルナリス様が教えてくれたんだ――――この世界は一夫多妻もありだから愛さえあればOKって」
「.......ん?」
一瞬、カイの思考が停止した。恐らくソラからそんな言葉を聞くと思っていなかったのだろう。
そして、急速に回り出した思考には「おや?」「流れ変わった?」などとコメントが過ぎ去っていく。
カイはソラの両手首を握ると少し焦った様子で尋ねる。
「空、今のは言い間違いだよな? 俺が妙な幻聴を丁度このタイミングだけ聞いちゃっただけだよな? 頼む、そうだと言ってくれ」
「もう、戒ちゃんったら......そんなにもう一度私の愛の告白が聞きたいの?」
「いやいやいや、そうじゃなくてだな。応えられないって言ったよな? それでどうしてそうなる!?」
「確かに、戒ちゃんは今の私にはそうなのかもしれない。でも、これからは違うと思うんだ!」
「いや、そんなに強気に言われても。俺、既婚者だって。“普通”は一夫一妻なの!」
カイが戸惑った様子でそう言うがソラは「わかってないな~」とでも言うように人差し指を左右に振った。
「戒ちゃん、ここはどこ? もとの世界じゃないよ? 異世界だよ?
それにこっちの世界の“普通”はもはや一夫多妻が普通なんだよ。
それに戒ちゃん、ハーレム系の作品好きだったじゃん」
グイグイくるソラにカイはやがて押し倒されてベッドに寝転がったカイの上でソラが寝転がる。
そんな状態にカイの成熟した精神に「売春」や「援助交際」などの不穏な単語が流れ始め、カイはとにかく空を引き離そうとするが、妙に気圧されて言葉は弱々しかった。
「いや、それはフィクションだったから良かったというか......とにかく、ダメなものはダメ――――」
――――バタンッ
「話は聞かせてもらった」
カイが言いかけたその時、不意に扉が勢いよく開いた。
その音に導かれて二人が顔を向けてみれば、そこには堂々として立つエンディの姿と恥ずかしそうに覗いているキリアの姿があった。
「エンディ、どうしてここに!?」
「たまたまカイの部屋を通りかかったら願ってもない声が聞こえてきたから」
「......キリア、本当の所は?」
「こうなる可能性が高いだろうとある程度見越してここにやって、良さげな声が聞こえてきたからエンディさんが突撃しました」
その発言にカイは思わず頭を抱える。こうなることは予想できたはずなのにソラとの過去話や急な告白でその意識がぶっ飛んでしまっていた。
そんな甘い自分の心にカイは悔やむ。しかし、そうする以上にやらなければいけないことはこの場からの離脱であろう。なぜなら、エンディは一夫多妻推進の人物なのだから。
「エンディ、落ち着け。ソラは今、昔のことを思い出して舞い上がってしまってるだけだ。少し経てば羞恥心に悶えるはずだから」
「だそうだけど?」
「私は至って健全で、それでいて超本気です!
そして、その気持ちだったらきっと佳ちゃんの気持ちも併せ持つエンディちゃんならわかってくれるはず!」
「超わかる」
「わからないでくれーーーーー!」
カイの心からの叫びであった。しかし、そう言って止まる二人ではない。
いざとなれば、ル〇ンダイブすらしてくるかもしれないほどには目が本気だ。
だが、この場にいるのはその二人だけではない。
静観して見続けているもう一人がいる。その人物――――キリアにカイは声をかけていく。
「キリア、君からも何か言って――――」
「ま、ままま、まさかここで3ピ―――が始まっちゃうですか!? ここでバキューンの〇〇〇が×××して、△△△がピ―――――になって、あわわわわわわ......最後まで見させてもらっていいですか?」
「そういえば、君もそっち側だったね」
思い出すは出会った頃のキリアの淫語のマシンガントーク。
ここ最近は普通の一面しか見ていなかったからカイはすっかり忘れていた。
そして、理解する現状況。1対3で圧倒的に不利。
このままでは不貞を働いてしまうことにもなりかねない。
妙なピンクに色づいた空間。その室温を上げるように高まった心音に急かされるように熱い吐息を繰り返しているうら若き三人の乙女達。
カイも男だ。加えて、ソラは少なからず想いを馳せていた人物でもある。
故に、カイはすぐに理解する――――ここままでは理性がやばい、と。
「はぁ......できれば使いたくなかったけど――――離れて」
「え、えぇ!? 体が勝手に!?」
カイはソラに<聖樹の威光>を使って強制的に体をどかせた。
ソラの体には神のルナリスがいるから効くかどうか怪しかったがどうやら効くみたいだ。
そして、カイはベッドから立ち上がるとさらにそのまま動けなくさせているエンディとキリアの間を抜けていく。
「それじゃ」
カイはそう言ってそそくさと逃げていく。その後に「意気地なしー!」と二人の乙女の声が響いたという。
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