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第64話 空であり空でないもの

「女神......?」


 カイや一緒にソラの発言した言葉を聞いていたエンディ、キリアも思わず「急に何言ってんだ」という困惑した表情であった。


 意味は分かるのだが、それがどうにも信用に値するか怪しいところだ。

 今もなお実は冗談だったと言われたのならそっちの方が信じてしまう。


 しかし、カイの特別な魔眼からはその発言が嘘であるような感情は何一つ見られずにいるためにカイも困惑が隠せなかったのだ。


 そんなカイの困惑が続いたまま、カイはその発言に対して質問した。


「それは......どういう意味での話だ? 確かにソラがこの組織の一員......いや、むしろリーダーに近いような立場にいることは十分な驚きだった。

 だが、もしそういう意味でのその発言であるのなら、俺は一つ聞かなきゃいけないことがあるんだが......どうだ?」


「カイの質問に簡単に答えるのなら私はこの組織の先頭に立ってある目的のために引っ張っていってると言えるね。

 それから、カイの質問はなんとなくわかるよ。この国に数日前から来ていたのならね」


 ソラは僅かに目を細めてカイを見た。

 ソラからのハッキリした回答は得られずとも、その真意はハッキリとわかるようにカイへと目線が送られていく。


 それに対し、カイの目線が思わず厳しくなった。

 それはカイが考えたことが事実である可能性とただの杞憂である可能性とがほぼ同時に存在していたからだ。


 普通なら必死に探して見つけた相手で、更には自分のことを未だに大切に覚えていてくれる相手であるならば、その人の考えてることは信じてしまいたくなる。


 それが絆というものであり、一緒に作り上げてきた思い出という名の時間でもある。

 しかし、それでも全く関わらなかった時間は多少なりとも存在する。


 人が変わる周囲の環境など、長期的時間をかけることもなく作り出すことが出来るし、その人の変わりたいという意志一つでも容易に変われてしまう。

 故に今、カイが目の前にいるソラに対して思ったことは二つある。


 一つは未だ変わらずに自分のことを憶えていてくれた幼馴染という存在。

 そして二つ目が異世界という地にて変わらざるを得なくなってしまった他人という存在。


 幼馴染という昔ながらの絆があろうとも、突き詰めれば自分以外は全て他人である。

 故に、カイが知らない間にこの世界を生き延びた“他人”「守代空」という存在が、カイの信用を激しく惑わせていたのだ。


 そして先ほどのカイの質問の意図を理解したような言葉。

 その言葉はカイの魔眼からも真実と断定されたために、カイは率直に質問することにした。

 それはある意味一縷の望みを託すように。


「空......まさかとは思うが、この前の爆破事件の黒幕はお前だったりしないよな?」


 途端に静かな空間がこの場を支配していく。

 扉の外から聞こえてくる騒がしい宴の様子も嘘であるかのようにこの場の温度は低かった。


 せっかく再会したはずの幼馴染同士の間に妙な緊張感のある沈黙が流れ、その流れに志渡院佳を通して二人の仲を知るエンディは困惑し、キリアは静かに息を飲んでいる。


 ハイギルとシルビアはそれぞれの立場のもっとも良く知る理解者としてこの場のむやみな口出しを良しとせず、あくまで二人だけにこの場の主導権を渡していくことを考えた。


 カイの質問からまるで数十秒が経ったかのような歪んだ時間間隔の中、ソラは返答していく。


「さすがに違うよ。私は......私達は市民を()()()()()()()()()()()()()()()ことはしないから」


「その言葉は条件次第にはそういうことは辞さないとも聞こえるが?」


「そこの意思だけは変わらないよ。もちろん、変えるつもりもない。

 私達は少なからず大いなる意思を持った生き物だと考えて欲しい」


 カイはその発言に表情を変えることはなかったが内心酷く動揺していた。

 それはカイの知るソラという存在が音を立てて崩れ始めたからだ。


 人は強い意志があれば数日とかからずに変わることは出来る。

 それこそ今まで周囲に抱かれていたイメージをぶっ壊すように。


 ただそこまで衝撃的な変わり方は周りの価値観すら歪めてしまう恐れがある。

 例えば人間関係すら一新してしまうような。


 ソラの場合、それが後者であったためにカイの幼馴染としてのソラが崩れていくのを感じたのだ。

 まるで人殺しを許容する自分を映し鏡で見たようで。


 ソラでありながらソラではない。ソラと全く同じ容姿をした何か別の存在。

 そうカイが今のソラを認識するのはとても自然のことであった。


「ま、もちろん、そんな過激なことを率先してやりたがるとかそんな感じじゃないよ。

 恐らくカイちゃんが知っているであろう爆発事件に関しても、アレは本来の私達のやりたかったことじゃない。こういった組織も当然一枚岩じゃないってことだよ」


「だが、聞いてる限りじゃそこまで大きく本質は外れていない感じにも捉えられる。

 あの爆発事件がお前らの目的とする行動じゃないんだとすれば、お前らが目指しているべき行動というのは一体なんなんだ?」


 カイの言葉は酷く真剣であった。

 それは正しく幼馴染に対する親しみのある言葉ではなく、むしろカイが警察官としてしてきた取調官のような行動に近い。


 それほどまでに今のソラにはカイにしか感じない異質な空気を纏っていた。

 そして、ソラから告げられた時折危険な過激な言葉はよりハッキリとした言葉でカイへと伝えられた。


「私達の目的は――――この帝国を変えること。もう少し詳しく言うのなら、この国の大臣を殺すことだよ」


「......!?」


 ついにソラの言葉からハッキリと出た「殺す」という言葉にソラのイメージは“ほぼ”完全に壊れてしまった。


 しかし、それが完全に壊れなかったのは一重に千切れぬほどに強固な幼馴染の絆である。

 故に、本来の真面目で元気で愚直なソラというイメージを壊したくないために、カイはこの世界での環境で変わってしまったということを否定するように更なる質問をぶつけた。


「......そうか。それがお前ら『再会の空(レジスタンス)』の言葉であるということはよくわかった。

 だが、俺の知っている空がそんなことを言うはずがない。

 アイツは率先して誰かの血を見たがるような危険な考え方はしない」


「.......」


「それは俺達のいた環境がここに比べればあまりにもぬるま湯に浸かっていたような環境だったかもしれない。

 しかし、人がそんな簡単に育ってきた環境での精神を変えられずはずがない。きっと何かがあったはずだ」


「それは私が単に順応したというだけでは? 私だってこんな環境に居れば変わるよ。

 半年は短いようで長いの。これが私の新たな答え。これが新たな今の私」


「いや、違う。今のお前は守代空じゃない。

 俺は本物の空と一緒に過ごしてきた、一緒に育ってきた絶対的な思い出(じかん)がある。

 その俺の魂が告げてるんだ。お前は見た目はまごうことなき守代空だが、俺の知ってる守代空じゃないってな」


 その発言はカイにしてみれば初めてかもしれない理屈の通らない理由であった。

 “自分が信じてる人じゃないから見た目が同じでも違う人だ”......明らかに自分本位での身勝手な理由でしかなかった。


 しかし、カイの理由としてはそれで筋道が通っていたのだ。

 それが言葉に出来なかったのは言葉に出来ないほどに圧縮されてもなお残る幼馴染との記憶があるから。


 言葉では言い尽くせないほどの星の数のように存在する小さくも大きくもある思い出の一つ一つが守代空という存在を作り上げ、今の守代空の存在を否定する理由となっている。


 あまりにも脆弱で風が吹けば壊れてしまいそうなボロボロな言葉(ぶき)であった。

 しかし、そんな言葉ぶきを持ってなお得体の知れない存在と戦う姿は、守るべき思い出を背負って戦う姿には確かな勇気がある。


 それを自分の信じる未知のために告げる姿は傲慢で不遜でされどどこまでも真っ直ぐであった。

 そしてその理屈無き理由を纏い、感情という名の魔法を宿した言葉(ぶき)はしっかりと守代空という存在に突き刺さっていく。


「そっか......私は守代空じゃない、か。確かに私は守代空でありながら、同時に守代空ではないね」


 その言葉にエンディとキリアは動揺する。

 またハイギルも初耳であるかのようにソラへと視線を向けていた。

 そんな視線に囲まれながらもソラは嬉しそうにカイへと質問していく。


「それじゃあ、()()()()は誰だと思いますか?」


「守代空という心優しき女の子に憑りついた彷徨う浮遊霊ってところか?」


「う~ん、ニュアンス的には間違ってないですね。憑りついた別の存在ってのは合ってます」


「んじゃ、誰か教えてくれないか? 相手が相手次第なら俺は素早く対処したいからな」


「そうですね。君が未だに武器をこちらに向けていないのは少なからずここまでこの子を傷つけずにいたという一定の信頼故の行動だろうでしょうからね」


 そう言うとソラは急にリラックスするように一息吐いた。

 その瞬間に、カイ達は感じた。毛が逆立つような鳥肌を。


 ソラ自身は何もしていない。ただリラックスしただけだ。

 しかし、先ほどまではその存在感を明らかに抑えていたとでも言うように今は神々しい存在感を放っている。


「......え?」


 その瞬間、カイは不可思議な感覚に囚われ、ふと自分の眼から勝手に涙が溢れだしていることに気付いた。


 拭っても拭っても溢れ出る涙は胸の内側からの感動による暖かさに寄るものらしく、もはや自分で制御できるものではなくなっていた。


 その現象はカイだけではなく、シルビア以外の全員が等しく涙を流していた。

 しかし、ただ一人ハイギルだけはこの感覚を知っている様子で「やはりそうなんですね」と呟いていた。


 別に泣くような場面でもないのに猛烈な感動の波が押し寄せて涙が溢れる。

 そんな状態のまま僅かに回した思考回路でカイはソラへと質問した。


「お前は.......誰なんだ?」


「私はこの大地、及び世界を作り出した創造神ルナリス。

 今はわけあって一番波長が合うソラちゃんの体に居候させてもらっています」

読んでくださりありがとうございます(*'▽')

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