第62話 ついに出会えた
「こっちだ。ついてこい」
時間は夜、酒場のマスターに指示されながら歩いていくカイ達は半信半疑と言った面持ちであった。
「なんかカジノからといい随分人を伝ってここまで来てる気がするけど、本当にこの人についてって合ってるのかな?」
「確かにそれは思います。単純に罠に嵌めようとしてるんじゃないかって」
「いや、今回で俺の目的に辿り着くはずだ。少なからず俺が顔を見た所からすれば嘘をついてこっちを騙そうとするような素振りはなかった。
少なからず嘘はついていない。さらに若干脅してまで取引したってのに誘い込み罠を張るほど頭の悪い連中じゃないだろう」
「ただキリアさんの言いたいことはわかりますね。後ろにああも殺気立った連中がついてきていればそう思うのも無理はないです」
そう言いながら振り返ってみたシルビアの視線の先にはカイが交渉の際に酒場にいた『再会の空』の構成員全員がまるでいつでも背後を狙えるように一定の距離を保ちながらついてきていたのだ。
背後の殺気が気になって振り返れば鬼の形相で睨まれる。
そんな状態で暗闇が多くを占める路地裏を歩いているとなれば、精神的にあまり強くないキリアには酷な状況であると言えた。
そんなキリアの様子を横目で確認しつつ、カイはマスターの歩く道をついていけば、やがて近くの廃屋に入るとマスターが床にある隠し蓋を開けていく。
「この中に?」
「あぁ、ここがアジト。俺が案内できるのはここまでだ」
「下まで行っちゃくれないのかい? 今の俺達はいわば挟み撃ちされてる状況なんだが」
「情報屋の生きる方法は知っておくべきは何であれ幅広く取り入れることとたまに含まれてるヤバい情報には首を突っ込み過ぎないことだ。
故に、これ以上は遠慮させてもらう。何、心配するようなことは起こらんよ」
「......わかった。その言葉を信じよう」
カイの言葉を聞き入れると「それじゃあな」と一言別れを告げてこの場を去っていた。
そしてその場に残されたのはカイ達と組織の構成員達のみ。
この状況でも襲ってこないのはカイとの実力差を知ってのことなのか、はたまた『再会の空』にとってカイという人物が重要なのか。
どちらにせよ、どの答えが待つかは地下へと続く入り口を下りていけばわかることである。
カイは「さっさと行くか」と告げるとシルビアを下ろして先頭に立ちながら降りていった。
その後ろをシルビア、キリア、エンディと続いていく。
薄暗く、横壁に仄かなオレンジ色の光で照らすたいまつがつけられているだけの階段を下りていく。
足音が少し反響しているのかコツンコツンという音が聞こえ、さらには構成員達も降りてきているのか音が重複しているようでもあった。
カイはちょくちょく背後の様子を警戒しつつ、その先を歩いていくと両開きの扉が設置されており、その扉を開いていくと―――――構成員達と同じような粗暴な男女や仲には冒険者、修道女といった職種の人々が宴会のように騒ぎ合っていた。
しかし、その騒がしい声はカイ達を認識したことによってすぐさま静まり返っていく。
中には机に立てかけていた武器を手に持って、警戒態勢に入る熟練の戦士もいた。
そんな中、一人の渋い顔をしたゴリマッチョの男が歩いてくる。その男は堂々たる立ち姿でカイ達に質問した。
「何者だ? ここに襲撃に来たって感じでもないな様だが」
「わかってくれるかい? それは話しが早くて助かるよ。実はこの組織のリーダーに会いたくってね。聞きたいことがあるんだ」
「生憎だが今は不在だ。別の日にまた尋ねてくるんだな」
「いや、ここで待たせてもらうよ。そうしないと帝国のスパイと思われて、また尋ねる日にはここを空っぽにしてそうだし」
「......今のでお前の大体に人間性が図れた。こちらから仕掛けない限り、戦う気はないということもな。ならば、ここに来たならここでのルールに従ってもらう。
それが出来ないようならお前達の記憶は消させてもらうが」
「わかった。受けて立とう」
―――――数分後
「「ゴクゴクゴク......プハッー!」」
「「「「「うおおおおおお!」」」」」
「これでもう27杯目だぞ!?」
「副団長と同じペースで飲み続けているのに全く潰れる気配がねぇ! 何者なんだ!?」
恐らく想像の通りだろう。副団長【ハイギル=ウェスターク】がカイに挑ませたのは酒の飲み比べである。
木製ジョッキにめい一杯入れられた酒を周囲の観客のコールに合わせて飲んでいくもので、どちらが先に潰れるかを競う酒場定番ゲームである。
その酒比べ無敗の記録を持つハイギルは驚いていた。これまで良くて十数杯とまでしかいなかった相手の中で唯一カイが未だ潰れずに飲み続けており、更にはまだまだ余裕そうな様子であることが。
「随分な酒豪だな。そろそろ二人で酒樽一つ開けようってのに」
「それはこっちのセリフでもあるよ。ま、俺はタダで酒が飲めるってんだからここで酔うにはもったいないと思ってるだけさ。あ、この肉美味いな」
「更にはつまみも食える余裕があると。これは久々に滾って来たぜ!」
ハイギルは火照った体を覚まし、気合を入れるように上半身の服を脱いで鍛え抜いた体を晒すとコールに合わせてゴクゴクと美味そうに酒を飲んでいく。
その行動に合わせるように酒を飲んでいく一方で、シルビア、エンディ、キリアの女性陣はというと......
「すご~い! これがエルフ族伝統の装飾なの!?」
「はい、そうですよ。まぁ、これは基本的に既婚者の女性しかしないんですが、人族の間では案外普通のことだと聞きましたので」
そう言ってキリアがいたのは一人の女性騎士の爪にキラキラ光る緑色の装飾を施すことであった。
それは俗に言うネイルアートというもので、幻想的な植物の絵が細かく施された美しさにそれを見ていた周囲の女性が感嘆の声を出している。
「あんたって随分と食べるのね。それが竜人族の胃袋ってやつ?」
「竜人族は基礎代謝が良いから食べておくことは大事なの。
それに竜の名残があるから腹いっぱい食べたら1か月は飲まず食わずでいられるってのもあるかな」
「そ、それでまだお腹いっぱいじゃないんですか......」
女性戦士と修道女の目の前でテーブルいっぱいに広げられた料理を片っ端からバクバクと食べていくエンディの両端には自身の座高を超えるほどに積み上げられた皿があった。
しかし、それでも足りないのか定期的に「おかわり」と頼むので料理班は半泣きで「これ以上は食料尽きちゃうよ」と嘆いていた。
「かわいい~! ねぇ、年齢いくつ?」
「正確には覚えてませんが、おおよそ400歳ぐらいです」
「もうそんなにツンツンして嘘つかなくても~。あ、次撫でるの私の番だから!」
「嘘ついてないんですが。それと勝手に撫でる順番で争わないでください」
女性陣最後の一人であるシルビアは絶賛母性に溢れたお姉さま系女性達に存分の甘やかされていた。
代わる代わる抱っこされては頭を撫でられ、どんな反応をしようとも無限のような包容力で包み込まれていくために現在シルビアは人形状態である。
そんなシルビアは時折カイへとテレパスを送ってヘルプを送るが、カイは久々のバカ騒ぎと酒に当てられて全然気づいていない様子である。
故に、シルビアは恨みがましい視線をカイに送るばかり。
そんなカイは手元につまみが無くなったことに気付くとハイギルに一言断って隣のテーブルからつまみを取りに行こうと立ち上がったその時――――バタンッと勢いよく扉が開かれた。
「たっだいま~~~~! お、皆今日も派手にやってるねぇ! ん? それにしても一部見ない顔が......っ!?」
そう声を張り上げて現れたのは二人ほど男女のボディガードらしき人物をそばに置いたエンディ、キリアと変わらないぐらいの少女であった。
その少女は溌剌とした笑顔で周囲を見渡していくとやがて一人の人物に気付いて衝撃を受けたような顔へと変わった。
その人物はカイであり、またカイも同じようにその少女を見た瞬間これまでの酔いが一気に醒めるように目を見開く。
そして嬉しさに声を震わせるように呟いた。
「そ、そうか......やっぱりそうだったんだな。やっと......やっと会えた空――――」
「戒ちゃああああぁぁぁぁん!」
「ぐふっ!」
カイが言葉を言いきる前に探し人の一人である「守代空」はカイに向かってダッシュするとダイビングヘッドならぬダイビングハグをかましていった。
その突然の衝撃にカイは吹き飛ばされていき、さらにはソラを知る周囲の連中(特に男達)は口をカッポーンと開けたままその光景を眺めていく。
「戒ちゃんだ! このニオイ! 昔っから変わってない! 少しタバコ臭いけど、紛れもない戒ちゃんのニオイだ!」
「ニオイ、ニオイってお前は犬か! って待て、空......俺のことわかるのか?」
カイはその事実確認を真っ先に求めた。それはある意味当然の反応かもしれない。
なぜならカイはこの世界とは違うもとの世界ですでに多くの時間を過ごしてきたのだ。
歳を取るということは老けることであり、さらには面影すら薄れさせていくということでもある。
高校時代を最後に別れたソラにとっては高校生のカイの顔までしか記憶にないはずなのである。
友達が老けたらこんな顔になるであろう赤の他人の大人なんてたくさんいるであろう中で、ソラはまるで断言するように何回も名前を呼んでいるのだ。
そんなカイの質問に対し、ソラはさもあらんといった様子で答えていく。
「当然わかるよ。永久不滅の幼馴染だもん。 だから私のカイはたとえどんなに歳を取ったとしても見つけ出せる自信があるよ」
「そ、そうなのか......」
カイはそのあまりにも真っ直ぐな瞳に思わず顔を逸らしてしまいそうになる。しかし、その両眼の奥にまるで魔眼のような五芒星を見つけ、それが気になって見入ってしまった。
それがいけなかったのかカイの体の上に寝そべるように乗っかっているソラは恥ずかしそうに顔を背けていき、その反応に気付いてカイも思わず初心な中学生のような反応をしてしまう。
しかし、そんな二人だけの空間を許すまじと女性陣はやって来た。
「カイ、何してるの?」「カイさん、何してるんですか?」「パパ、何をしてるんですか?」
「......そんな女の敵みたいな顔はしないでくれ」
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