第60話 闘技場優勝者
闘技場を囲む観客席から黄色い声援が響き渡る中、相対するカイとRの間には僅かに張り詰めた緊張感と静けさが包んでいた。
そんな中で、カイはRへと声をかけていく。
「この地下闘技場じゃ有名なようだな。ここには何の目的で? どうにも戦闘キャラには見えないからな」
「まぁ、確かに僕は割に文官タイプに見られがちですが、こう見ても戦うこと自体は好きなんです。
なので、ここの存在を知って顔を出し始めたのですが......気が付けばここに来ていたという感じですね。
そういう意味では私はあなたと同じと言えるかも」
「俺が戦い目的で来てると思ったらそれは勘違いだ。
俺の目的はあくまでガブトの持つ情報にある。
だからこんな戦いは早くに終わらせたかったんだが......どうにもお前の強さはこれまでの奴らとは違うみたいだ」
「わかりますか? ただそういう意味では私とて同じことが言えますね。
あなたが私と同じ場所に立っているか、この戦いで確認してみましょう」
二人の話に折り合いがついたところで、タイミングよく司会者が戦いの開始を告げる銅鑼を鳴らしていく。
「それじゃ、私から行きますよ!」
「っ!?」
そう親切に声をかけたRはカイの視界ですらとらえきれない速度で移動を開始した。
カイは僅かな魔力の残滓で移動場所を先読みするように視線を左側に向けてみるとすでに振りかぶったRの姿が。
Rの拳がカイの顔面を捉える前にカイは即座に左腕でガードを固めて防いでいく。
しかし、その一撃はカイを軽く吹き飛すほどの威力を誇っていた。
「やりますね」
「「「「「おおおおおお!」」」」」」
たった一撃の攻防に観客は沸き立つ。そんな観客に混じって興奮した様子の司会者は実況した。
「な、なんということでしょう! これまで戦いの開始を告げてたった一撃のやり取りでここまで興奮した試合はあったでしょうか!?
否、ありません! ですが、それをしてみせるのがこの二人!
それはこの二人がどちらとも一撃で試合を終わらせて勝ち上がって来たからこそ!
今の一瞬すらまともなやり取りが見えなかった私ですが今後とも目が離せない展開は確実に起こりそうです!」
「盛り上げるねぇ。あなたもそう思わない?」
「あぁ、思うよ。だから、次も決着という形で熱狂をさせるつもりだ」
「っ!?」
カイはそう告げて移動した。その速度はRに僅かな残像しか追わせず、気が付けばRの懐へと潜り込んでいた。
そしてカイはRの顎下目がけて鋭いアッパーカットを決めていく。
その攻撃を体を逸らしながら後ろに下がることで避けたRであったが、その視界は大きく揺らいでいく。
さらには足取りすらおぼつかない状態でカイの追撃の回し蹴りを両腕でガードしながら防いだ。
「拳圧で顎を狙ってくるとは......ギリギリで避けてあわよくばカウンターを決めようとしたことが裏目に出ましたね」
「だが、こっちとしてはその状態で二撃目が平然と防がれたことに驚きが隠せない。
まともじゃない一撃をお見舞いしたはずなんだが」
カイの言葉にRはニコニコとした顔を崩すようはない。
そして自身の視界が真っ直ぐに戻るとどこか嬉しそうに告げた。
「あぁ、やはりここに来たのは正解でしたね。ほんの味見ついででしたのに」
「俺としたら最後の最後でほんと厄介な相手との組み合わせになったって後悔してるよ」
「もったいない! この戦いを演じられる相手は私とて早々知りません!
ならばこの際、戦いの喜びというのを先輩として教えてあげましょう!」
「いらんおせっかいだ、それは!」
Rが突撃するとカイも同じように突撃した。
そして闘技場の中心では二人の凄まじい攻防が繰り広げられた。
Rが攻撃するとカイがそれを避け、カイが攻撃するとRが防ぎ再び攻撃へと転じていく。
そんな一進一退の繰り返されたやり取りは観客を大いに盛り上げていく。
そんな中、静かにそしてどこか心配そうに見つめる二人の姿もあった。
「私......カイさんがあんなに拳を交えてる所初めて見ました。
旅の道中でエンディさんが稽古つけてもらってる時や私を助けてくれた時に戦った神の眷属にも苦戦していた様子はなかったのに」
「ということは、単純に私や神の眷属よりも明らかに強いということよ。
カイの攻撃をまともに防げるなんてまともな人間じゃない」
「推測が正しければ本当にまともな人間じゃない可能性がありますよ?
ハッキリした証明は出来ませんが、私が見てきたパパの実力と比較すれば――――人間を超えています」
一方で、闘技場の中心で未だ観客を沸かせるような攻防を続けているカイとRは応酬する拳や蹴りの中で会話していた。
「ハハハ! やはりこうしてまともに戦り合えるのはいいですね!
肉体のみの戦いでなければもっと素晴らしい戦いが出来たでしょうに!」
「ふざけんな! 戦い好きの親父なんてサ〇ヤ人だけで十分なんだよ!
血のニオイなんかで喜ぶ娘がいるわけねぇだろ!」
「ですが、だんだんと拳に殺意が乗って来てますよ!
やはり人が人たらしめるのは太古より流れる狩猟民族としての血!
即ち戦いなんです! 今に感じさせてあげますよ――――潰酷」
「がっ!」
Rはカイの振るっていた両手を大きく広げさせるとそのまま懐に潜り、掌底をくっつけた両手でカイの腹部に鋭く押し当てた。
その瞬間、カイの体は大きくくの字に曲がっていき、腹部は水面に波紋が浮かぶように僅かに揺らめいて全身に広がっていく。
腹部に一点集中という感じではなく、全身に広がるような衝撃波はカイのその攻撃に対する受け身すらレジストさせた。
その隙に間髪入れずにRは突撃していく。
そしてすぐさまカイの眼前に迫ると重たく殺意を乗せた拳をストレートに振るった。
「そう急くなよ――――なっ!」
しかし、その拳は届かなかった。なぜならカイが左腕を伸ばしてRの顔面を鷲掴みにしていたからだ。
そしてそのまま、右腕を大きく伸ばしたままR目がけて横薙ぎのラリアットをかましていく。
「かはっ!」
その右腕はRの首筋の横から入り、そのままRの体を180度反転させて頭部を地面に叩きつけさせた。
頭と首したがほぼ90度で曲がっているRに対し、カイはすぐさま振り上げた右足でRを蹴り飛ばしていく。
しかし、その攻撃はRはガードして直撃を避けると吹き飛ぼされた勢いのまま空中で反転して、後ろへと滑りながら着地した。
「普通ならあのまま硬直して強力な二撃目が当たる予定でしたがそれが外れるとは......あなた人間じゃないですね?」
「そりゃこっちのセリフだよ。後頭部から打ち付けられて首が結構な角度で曲がるなら未だしも、君の場合は首が横に曲がったんだぞ?
正直勢いでかなりやっちまったと思ったがそれを受けて平然としてる時点でおかしい」
「ハハハ、となれば私達は同じステージに立っているということですよ。本当に今が拳でしかやり合えないのがもったいない」
「もう結構強くなったと思ってたのにな。案外まだまだってことか。まだ伸びしろあるかな?」
「あると思いますよ? その秘めたる可能性はとても危険と思うほどには」
「こんなおっさんにも伸びしろがあるんじゃ案外捨てたもんじゃないかもね」
Rは体勢を立て直すとカイに提案した。
「正直、このまま続けていたいと思うんですが、なんとも僕の予定としてもこれ以上は続けられないんですよね。
そういう意味では恐らくあなたも同じであると思われます。
そこで一つ提案なんですが今ある最大の一撃で決着というのはどうですか?」
「なんとも武人同士が好みそうな提案をしてきたな。
とはいえ、確かにこれ以上時間をかけるのはこっちとしても好ましくないのは確かだ」
「でしょう? 観客の皆さん的にはこの戦いの続きをまだ見ていたいとお思いでしょうがそれはあくまであちらの勝手な都合。
戦う私達が決着をつけようと決めたのならば、そこで決着をつけるのが一番の華だと思うんです」
「随分と言い訳がましく言っているが、俺的にはただ単純に俺の全力を体感してみたいってのが顔に出てるぜ?」
そう言うカイの目に映るRの顔には「期待」や「喜び」、「楽しみ」など正の感情で溢れている。
その感情はカイとの戦いが始まる前、戦いの最中と一貫して変わることなく、それを途中途中で確認していたカイはRのことをもはや青年とは思っておらず、哀れな戦闘狂と思っていた。
故に、Rからのこの提案には多少の驚きがあったものの、カイとしても好都合なのでそれ以上の突っ込みはしないことにした。
そんなカイの言葉に対し、Rは「バレました?」とどこか照れくさそうに頭をかくと次には構えた。
「では、何を合図にしましょうか。その辺に落ちている壁の破片とかでいいですか?」
「随分と律儀だな。なんでもいいよ。君に合わせる」
「ならば、これを投げるので落ちたタイミングで開始としましょう。いや~、ワクワクしますねぇ」
「気持ち悪い顔してるぞ」
「おっと失礼」
どこか蕩けたような表情をカイに指摘されたRは慌てて表情をいつものニコニコに戻していく。
そして「行きますよ」と言って破片を投げた。
それと同時に左手を伸ばし、右腕を顔辺りに掲げるようにしてRは構えた。
それに対し、カイはボクサーのようなファイティングポーズを取ると軽くステップを刻んでいく。
―――――トンッ
破片が地面に落ちたと同時に両者は一斉に動き出した。
「煉頸」
「魔灯楼」
Rの引っ掻くように爪を立てた右手とカイの揺らめくような残像が見える右拳が交わった。
その一瞬のやり取りは瞬く間に会場全体を緊張の空気で静かにさせ、誰もが決着の行方を見守っていく。
二人の決着は――――カイの拳が先にRへと届く形で着いた。
Rの攻撃はカイの頬を掠めて終わり、カイの攻撃はしっかりとRに入っていて、そのままRは膝を崩して倒れていく。
「勝負ありいいいいぃぃぃぃ! 勝者カイ=ニイガミイイイイィィィィ!」
「「「「「うおおおおおお!」」」」」
大興奮の司会者、色めき立つ観客達、響き渡る無数の歓声。
そんな中で包まれたカイは静かに勝利の余韻に浸りながら、拳が交わった直後のRが告げた言葉を呟く。
「次は負けない、か......」
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