第42話 懇願
「どうしてその言葉を......いや、君も知っているのか?」
ルイスから突然告げられた「神影隊」という言葉にカイは声を僅かに動揺させながらも、依然として銃を突きつけたままルイスに尋ねた。
そのカイの反応に嘘を見破れるルイスは思わず困惑する。
なぜなら、それが白々しい演技ではなかったからだ。
「......はい、知っています。それが神話の伝承に出てくるものではなく、実在するということも」
ルイスはカイの瞳を真っ直ぐ捉えながら言い切った。
その表情に宿る真実をもう一度確かめるように。
逆にルイスのその言葉と表情を“見”て真偽のほどがわかるとカイは銃を下げ、背後にあるドアの入り口につけられた階段へと腰かけた。
「どうやら俺達は互いに腹を割って本当の情報交換をすべきだと思う。そう思わないか?」
「ええ、そうですね。ですが......」
「わかってる。君の仲間の拘束を解こう。君も安心して話せないだろうしね」
ルイスはカイが部下を開放するのを目撃するとそのまま軽く腕を横に振るって仲間をその場から散開させた。
それから、ルイスはスカートを折りたたみながらその場に座ると口火を切る。
「まず互いの状況把握が大切だと思いますので、カイさんはその武器のことも含め教えてくれませんか?」
「あぁ、そうだな。シルビア、もう戻って良いぞ」
カイがそう告げるとシルビアはカイの手をするりと抜けて地面にピタッと着地した。
そんなシルビアに手を向けながらカイは説明していく。
「ま、こんな風に普段は人型なわけだが、本来のシルビアはシルベルクという魔剣なんだよ」
「魔剣にしては刃もなく随分とコンパクトでしたが」
「それはシルビアの能力で形状を変化させていたんだ。
その武器は銃といって、簡単に言えばこの世界にはない」
「この世界にはない? それじゃどうしてその武器を――――っ!?」
ルイスは細めをカッと開いて口元を手で押さえた。
その反応にカイは「どうやら気づいたようだね」と呟くと二人は同時に告げた。
「カイさんは勇者様の仲間に武器を貰ったのですか!?」「俺がこの世界の人間じゃないということを」
「「え?」」
言葉がすれ違う二人。
その言葉に、特にカイの発言に対してシルビアはじとーっとした目をしながら「何バラしてんですか」と視線で伝えている。
その互いの予想外の言葉に二人は困惑が隠せない様子であった。
「あ、あれー? 俺が思っていた言葉と違う......君の言葉はどういう意味?」
「どうも何もカイさんは勇者様の仲間にお世話になってその時にその銃とやらの武器を教えてもらったのかと......だから、カイさんがこの世界ではないとなると......意外に腑に落ちる点がありますね」
「ということは、俺はバラさなくてもいい情報をわざわざしたわけか」
「パパはちょっとカッコつけようとして予想外のザマを見せるので気を付けた方が良いです」
「......ごめんなさい」
幼女に怒られる三十五歳のおっさん。
しかし、盛大なやらかしをやったのは事実なのでカイに返す言葉など一つもない。
それから結局、カイはキリアにも告げていないこれまでの自分のことを始めてこの世界の人物に伝えた。
それはカイの目的であり、カイが旅をして見て来たものであり、カイがエルフの国アルフォルトで行ってきたことまで。
それはもう言葉通り腹を割って全てを白状した。
カイにとってとても不本意な形であったが。
その話をデフォルトである細目に戻ったルイスはじっと耳を傾けながら聞いていた。
その表情はどこか悲しそうでもあった。
「――――ってわけだ。ま、こんな感じで旅をしている」
「わかっていますよ。カイさんも被害者だったのですね。
それなのに私とくればお嬢様のためとはいえ見境なく――――」
「まぁまぁ、そこまで落ち込まなくても」
「そうです。パパが怪しい薄汚れたおっさんなのが悪いのです」
「今度からしっかり洗濯しようかな......」
娘にそこまで辛辣に言われるとさすがのカイでもダメージが大きいのか若干泣きそうである。
もしかしたら唯一カイに勝てる相手は現状シルビアかもしれない。
カイは軽く頬を叩いて気を取り直すと今度はルイスの本当の目的について尋ねた。
「それじゃあ、今度は君の番だ。どうしてこのようなことをしたのか話してくれないか?」
「はい。これは私ではなくお嬢様の話ですが――――」
そう言ってルイスは過去を話し始めた。
それは今から八年前、まだエンリが当時八歳の時の出来事であった。
エンリは二人の妻を持つ聖王国の国王の第二婦人として生まれ、第一婦人との間に生まれた長女を見習って聖女としての務めを果たしていた。
それまでは至極幸せな生活が続いていて、第一婦人との間に生まれた次女(生まれた順番からしては三女にあたる)のためにも聖女としての務めを頑張ろうと気張っていた。
そんなある日、エンリは周りに一人の神官と数人の修道女と一緒に城の近くにある教会で女神像に対して祈りを捧げていた。
聖女にとって祈りとは神と意識を通ずるための唯一の行為であり、それが出来ることが聖女としての大事な役目とされていた。
そんな折、エンリは神と通ずることが出来たのだ。脳内に直接に流れる声。
その声はエンリに対してこう告げた。
『目を開けて全てを捉えなさい』
そう言われたエンリは目を開ける。
そこには後光を纏った女神の姿があった。
正しく天の女人といえる均整の取れた容姿は八歳のエンリすら魅了した。
しかし、そこに僅かな問題があるとすれば、その女神の姿を捉えたのはエンリだけではなかったということ。
その周りにいる神官や修道女もその女神を涙しながら見ていたのだ。
だがそれは本来異常事態で、聖女でしか意識を通じることましてやその姿を目にすることができないはずであったからだ。
けれども、当時八歳のエンリにはそれは難しいことで、ただ女神と通じることが出来たことに純粋に喜ぶだけであった。
そんなエンリにそっと手を伸ばし、頬に触れた女神は告げる。
『あなた達の愛を確かめさせて』
その直後、エンリの周りにいた神官や修道女が突然発火した。
全身を包み込むような炎に襲われ、誰もがもだえ苦しみ転がりまわっている。
その突然の状況にエンリは目の端でその光景を捉えながらも、理解が全く及んでいなかった。
身に余るような恐怖を抱きながらも、優しく包み込まれるような両手からエンリは顔が離せない。
そして最後に女神が告げたのはエンリにとって自身が裏切りになる一言であった。
『この私――――フォルティナにおいて命ずる。
私の配下となって愛の行く末を見届けさせなさい』
その直後にエンリは意識を失った。
そして教会全体が燃えてる状態で当時十四歳であったルイスがその教会に辿り着いた時には、エンリの美しい白髪と瞳が灰色に染められていたという。
「それからです。お嬢様が街を歩くたびに『灰かぶりの聖女』と呼ばれ始めるようになったのは。
お嬢様があくまでああいう強気の態度なのは今にも押しつぶされそうな周囲の目や言葉に対抗するため」
ルイスはスカートの裾を強く握ると眉間に力を入れた。
「それ以来お嬢様は自分を欺くように笑わなくなりました。
ですが、お嬢様はそうなりたくてなったわけではありません。
私はただよく笑っていた昔のお嬢様に戻って欲しくて、その一心でこれまで厄神フォルティナについての情報を集めてきました。ですが――――」
ルイスがギリッと歯を食いしばった。
その先の言葉はカイもシルビアも言われずとも理解する。
「......なるほど、確か神話だとフォルティナは神影隊といういわば兵を持っていたと聞くが、俺にそう聞いたのはそういうことなのか」
「はい......ですが、本当のところは神影隊すら見たことはありません。
ただハッタリをかましてその反応から様子を見ようと思っていたのですが......」
「神影隊の存在は知らない。
だが、その神影隊に遣える僕みたいなのはあったことがある。
その神影隊というのがいるのは確かなのだろう」
「とはいえ、あくまで戦おうとは思わないことですね。
相手はパパのような存在が異常的な連中なので。
加えて言えば、神影隊は本来厄神を監視するための兵であったみたいですよ」
「その連中が今やフォルティナの手先となって暴れまわってるわけか。
本物の女神様は一体どこへ行ってしまったのやら」
カイは思わずため息を吐いた。
この世界が想像以上に生に対して厳しい世界だと理解したからだ。
今やこの世界で祈りを捧げられている人族の神は災厄をバラまく神とは笑えない話である。
ルイスは姿勢を正すとただ真っ直ぐにカイに向かって土下座し、懇願した。
「カイさん――――いえ、カイ様! どうか私のお嬢様を救ってください!
私如きが神の手先に敵わないことは重々理解しています!
だからこそ、希望であると感じたカイ様にお願いしたいのです!
お嬢様のためであればこの身をカイ様に捧げようと一片の悔いすら持たない所存です!」
「おいおい、やめてくれ。俺みたいな年齢が年下の女の子に土下座させてるとか外聞が悪くてしょうがない」
「最低ですね、パパ」
「ほら見ろ。外聞第一号はすぐこう言うんだから」
カイは一度立ち上がってルイスに目線を合わせるように膝をつけるとそっとルイスの肩に触れた。
その行動にルイスは涙を流した顔をカイに合わせる。
「安心してくれ。君の敵は俺の敵でもある。
俺の助けが君のお嬢様を助けになるよう尽力するよ」
「ありがとうございます!」
そう告げるとカイはおもむろに立ち上がってコートから取り出したタバコを吸って一服していく。
そしてふと背後を振り向くと壁にくっついてるトカゲに向かって告げた。
「泣いてる女の子を盗み見るのは趣味が悪いぜ」
その瞬間、トカゲの影から出現した黒い手によってトカゲは握り潰された。
******
同時刻、カイサルにあるとある地下施設。
「っぶねぇ! もう少しで心臓握り潰されるところだった」
「だから生体リンクはほどほどにって言ったのに」
暗がりで椅子に座った粗雑そうな男とハンサムな男は言葉を交わしていく。
「だが見つけたぜ。世界樹とラクレンをぶっ殺した奴」
そう言って粗雑そうな男は不敵に笑った。
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