第31話 後悔しない未来
「こ、これがレスティル様の亡骸ですか......」
「私達の決断とはいえおいたわしや......」
「なんかごめんね」
全ての戦いが終わった後、カイ達は世界樹レスティルの残骸へとやって来ていた。
そこにあるのは巨大な切り株といくつも木々を軽々超えるほどの大きさの木片ばかり。
そんな姿を見たキリアやアーガン達を含めた全てのエルフ達は自分達が崇めてきた世界樹が無残な姿になってることに涙を流さずにいられない。
そんな姿を見れば戦ったカイはとても気まずい気分になる。
とはいえ、話がここで終わりなら別にカイがここにいる必要はなかった。
「それで話があると聞いていましたが......それは一体どんな?」
アーガンが代表して世界樹の周りに呼び集めたことを尋ねる。
そのカイの行動を興味本位についてきた獣人や魔族達も眺めていた。
それに対し、カイは事もなしげに答えていく。
「ああ、実は世界樹は殺してないからな。
木の破片でもあればまた復活できるって言ってたから、どうせだったら皆で見ようかなって」
「「「「「???」」」」」
カイの言っていることがわからないといった感じで全員が首を傾げる。
その反応は想定していたのか「だよな」とカイは呟くと足元の影から赤い宝石を持った黒い手を出した。
それに当然のように興味を示すアーガン達。
「それは?」
「世界樹の心臓」
「......はい?」
「まぁまぁ、見てなさいって」
そう言ってカイは二十メートルもの切り株に軽く飛び乗っていくと中心辺りにその赤い宝石――――世界樹の核を置いた。
するとその核は溶けるようにスーッと沈み込んでいき、ゴゴゴゴッと地面を揺らしたかと思うと大きな双葉を生やした。
双葉の大きさだけで五十メートルはありそうなそれを見て、アーガン達――――特にエルフ達――――は腰を抜かす。
「か、カイ殿!? 一体何を......!?」
「何をって世界樹が復活したんだよ。
ほら、エンリュレ様からも言ってやらないと信じないよ?」
『そうですね』
カイが呼びかけると声が返ってきた。
しかもその声は直接脳内に響くような感じで、さらにその声は自然と畏敬の念を感じさせるものであった。
明らかに自分とは格が違う、と。
そして、そのエンリュレと思われる人物からの一言目は謝罪であった。
『私の愛しの子供達よ。申し訳ありません。
この度は私のせいで信仰深いあなた達に苦渋の決断をさせてしまったことを』
「と、とんでもございません!」
すぐに声の主をエンリュレ様だと認識するとアーガン達エルフの民は一斉に全員頭を地面に叩きつける勢いでひれ伏していく。
「エンリュレ様の危機に駆け付けられなかった我らの落ち度です。
エンリュレ様及び世界樹レスティル様を守護するのが我らが森の守り人エルフの役目。
その役目を果たせずエンリュレ様に苦痛をお与えしてしまったことにどうか罰をお与えくださいませ!」
そして誰しもがキレイな土下座で謝罪している。
その姿を見てエンリュレは優しい声色になって返答する。
『顔を上げてください、子供達よ。
私はそこにいる人族によって助けられました。
彼がいなかったら私はもう子供達の顔を見ることが出来なかったでしょう』
そう言うエンリュレの視線をなんとなく感じるカイ。
しかしカイは姿が双葉なのでどこが目なんだろうと思っている感じだ。
『それにもとよりこの森を守護するのは私の役目。やはり落ち度があるのはこの私。
ですが、真面目で敬虔深い子供達はそれでは納得しないでしょう。
ですから、これから仕事を与えます』
「はっ、なんなりと!」
『楽しい姿を見せてください。
私は落ち着きある子供達の営みも好きでしたが、笑顔溢れてる祭事の時はもっと好きです。
ですから、どうか私に笑顔を見せてください。それで子供達の罪を許しましょう』
「はっ、お任せあれ!」
アーガンは元気よく返事すると立ち上がり、全員に「至急宴の準備じゃああああぁぁぁぁ!」と叫んでいく。
するとその掛け声に呼応するようにエルフの民が拳を突き上げ一斉に移動を開始していった。
その際、近くにいた獣人や魔族達は全員準備のためにエルフ達に連れていかれたのであった。
そしてその場に残ったのはカイとシルビアとエンディ。
『カイ様、改めてこの度は誠にありがとうございました。
私が再び子供達と一緒に居られるのはあなた様のおかげです』
「『様』付けはやめてください。
俺はエンリュレ様にそう敬称をつけられるほど殊勝な人間じゃない。
もっと薄汚れたもんだ。それに君の願いを断ったしね」
『だとしても、あなた様達にとって神である私が助けられたにもかかわらず傲慢とはいかないでしょう。
ですから、どうか受け取ってください。
それに私の願いを断ってくれてありがとうございます』
そのエンリュレの声からはとても優しく温かい雰囲気があった。
まるで母が子供を抱くような慈愛に満ちた感じで。
その言葉を聞いていたエンディは全く分かってない様子だが自分のように嬉しそうに尻尾を振っていた。
その一方で、頭の中に残る疑問を消化するようにシルビアはカイに尋ねる。
「パパ、世界樹との戦いで一瞬意識がこの世から消えましたが、その時に何かあったんですか?」
「あーあの時か。実はな――――」
そう言ってカイはその時のことを話し始めた。
******
―――――時は遡り、カイv.s世界樹レスティル
時刻は丁度カイが世界樹レスティルの核を見つけ、その核に接触した時、カイの精神は核へと吸い込まれた。
『なんだここは?』
そう呟きながら見渡す空間は上も下も後ろも真っ白な空間。
まるでラノベで転生する主人公が神と相対する時のような。
しかし、一つ違う点があるとすれば、カイの正面にいる黄緑色の髪をした少女の後ろから猛烈に黒い闇のようなものが迫ってきているということだった。
『君は?』
カイがそう尋ねるとその少女は深々と頭を下げて返答する。
『私はエルフを守護する森神エンリュレというものです。
この度はお願いがあってあなたをお呼びしました』
『顔を上げてください。神様であるならば、むしろ頭を下げなければいけないのはこちらの方ですよ』
『いいえ、これで構いません。それに時間もありませんので手短に話します』
そう言ってカイに伝えた内容は自分がどのようにしてトレントとして魔物化されたのかというものだった。
その要点だけ抑えて言うのであれば、世界樹を魔物化させたのは神影隊という人物であり、今回の襲撃は世界樹にエルフの国を襲わせている間にこの国にいる「天恵者」を回収するというものであった。
エルフの国が滅亡するのは次いでという感じで、「天恵者」を回収する目的以外にあるとすれば森神エンリュレを支配下に置くというもの。
『神影隊って確か厄神フォルティナの直属部隊みたいなものでしたよね?』
『はい。彼女の目的は世界各地にいる『天恵者』と呼ばれる神の祝福を受けし者の回収と私達五大天使及び他の天使を支配下に置くことです』
『何のためにそんなことを?』
『それは恐らく創造神ルナリス様がこの世界を支配していると思っているからでしょう。
もとより厄神フォルティナ様は負の感情が暴走した故の結果とも言えます
そしてその暴走はあなたの目的にも直結します』
『......敵総大将にもかかわらず敬称呼びなんですね』
『創造神ルナリス様と厄神フォルティナ様はもよもと二人で一人の存在ですから』
エンリュレは時折後ろから迫る闇を気にしながら焦らないように話していた。
しかし、カイから見えるその顔“色”からは恐怖、不安、それから諦めの色が表れている。
カイはそのエンリュレの様子を見て出来るだけ刺激を与えないように優しい声で質問する。
『大体状況は飲み込めました。それで、エンリュレ様は私に何を望んでいますか?』
そう聞くとエンリュレは「まずはこれを」と言いながら、カイに向けて両手を向けた。
その瞬間、カイの足元に魔法陣が浮かび上がり、優しい光が包み込んでいく。
その光の効果のせいか自然と体に力が沸き上がっていき、どこかエンリュレと似たような気配を感じた。
するとエンリュレがそれについて説明する。
『あなたに渡したのは私の祝福の一つで人であるなら最大の効力を発揮する『聖樹の威光』と言う魔眼です。
フォルティナ様が欲しがっているもので、それをあなたに授けます』
『いいんですか? 見ず知らずの人間ましてやエルフでもないのに』
『生半可な相手じゃ授けることもできません。
ですが、どうやらあなたには素質がある様ですから。
それをどう使うかあなた次第です』
そう言うとエンリュレは大きく息を吐く。
そして確認するように後ろを見た。
エンリュレの後ろから迫る闇は増々大きくなっていて、この空間の大部分を侵食しているようだった。
『(時間がない)』
その光すら飲み込む黒の世界を見てエンリュレはそう思うとカイの目を真っ直ぐ見て告げた。
『それからもう一つお願いがあります』
エンリュレの胸元で強く握りしめた両手は小刻みで震えている。
いや、両手だけではなく全身が震えている。
そしてその震えが声に表れるようにして告げた。
『私は今は何もできませんが、もう一度世界樹の破片に触れてしまえば、元の大きさとはいかずとも再びトレントの魔物として復活してしまいます。
そうなれば、子供達を殺してしまいます。その前に!」
エンリュレは叫ぶようにカイに頼む。
その眼には涙が溢れ、頬を伝って零れていく。
『私を殺してください! 私は大切な子供達を傷つけたくない!』
その顔からは恐怖、不安、諦め、そして後悔の色が浮かび上がっていた。
その瞬間、カイは最初に失踪事件を体験した高校生の頃を思い出した。
あの時は無知で無能でただ喚くことした出来なかった時のことを。
奪われたのだ。唐突に、理不尽に。
そして今目の前で再び奪われそうになっている。
大切な存在を傷つける真似をしてしまって泣く少女がいる。
カイはその少女が教室で消えた幼馴染の守代空と重なった。
このまま奪われていいのか、殺してしまってもいいのか。
今と過去で違うことがあるとすれば、今は救い出せる力がある。
カイは問うた。自分自身を。自分は何者であるかを。
自分の平和から日常を奪った世界から大切なものを奪い返す、そのためにバケモノになることを誓った―――――略奪者だ、と。
その前に神や神影隊、眷属、使いが相手となるならば、その立ちふさがる壁は全て敵として排除するだけ。
もう自分と同じように悲しむ人を作らないように。
すぐ近くに、手に届く範囲に助けを求めるなら必ず助ける。
『そうか、それが願いなら俺は聞いてやらない』
*****
「――――なるほど。そういう流れの言葉だったんですね」
「カイさん、カッコいい」
カイの言葉にシルビアはどこか誇らしげに笑っていて、エンディは凜とした雰囲気の中にも慈愛の籠った笑みを浮かべていた。
その様子にカイはなんだかむず痒い気持ちになり、「この話はもうおしまい」と手を叩いた。
そのことにシルビアとエンディは文句を言うが、カイにとってこの選択はただ後悔しないための選択をしただけなのだ。
それが――――神を敵に回そうとも。
読んでくださりありがとうございます(*'▽')




