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第21話 信頼できる関係

 場所は巨大な木々の枝を伝って作られた空中テラス。

 柵に囲まれた広々とした空間にはテーブルやイスが等間隔に並べられていて、昼時でも夜でも自然のマイナスイオンを感じて癒されること間違いなしだろう。


 そんな場所に癒されることもなく、ただ密かに覚悟を決めて正座するカイ。

 その堂々とした受けの姿勢はハラきりをして介錯を待つ武士のよう。


 そのカイの目の前には柵に肘をつけて下で繰り広げられてる宴会を眺めるエンディがいる。

 そう、先ほどキャバクラの接待のような扱いを受けていたカイをお怒り状態でここへ連れてきたのがエンディなのだ。


 そしてこの空中テラスにはカイとエンディしかいない。

 つまるところ説教()あるのみ。

 いつでも全ての言い分を受け入れる覚悟を決めているカイ。

 そんなカイに気付いたエンディはなんとも不思議そうな顔で尋ねる。


「何してるの?」


「何って......君から説教されそうな雰囲気だったからその覚悟を......」


「説教? あー、さっきこと。忘れてた」


「(まさかの藪蛇!?)」


 カイ、ここにきてまさかのミスを犯す。

 とはいえこれに置いてカイに落ち度はないだろう。

 そんなカイの潔く覚悟を決めている姿にエンディは微笑むと告げる。


「もう立っていいよ。実はいうと、私、もうそこまで怒ってないから。そもそも怒る権利もないと思うし」


「いや、でも......ほら、自分で言うのもなんだけど、好意を持っている相手がそういう不埒じゃいけないでしょ?」


「別に」


「え?」


「そりゃまぁ、自分が知ってて信頼してる相手でもなければ嫉妬したりするけど、この世界では一夫多妻なんてザラだし。

 偉い人ほど第二婦人、第三婦人っているし。

 私のパパは違ったけど、おじいちゃんは十人ぐらいいたかな」


「異世界スケールスゲー」


 リアル一夫多妻の現実にワールドギャップが隠せない。

 しかし、郷に入っては郷に従え。

 これがこの世界の常識であるならば、異世界人は受け入れるのみなのかもしれない。


「まぁ、私もそういう意味では狙ってないわけじゃないからね」


「?」


 エンディのふと呟くような声が聞こえながらも、カイはそれがどういう意味か分からなかった。

 しかし、木々の隙間から差し込む月明かりと星の輝きによってその微笑みが魅力的に見える。


 カイはお言葉に甘えて立ち上がると若干痺れた足を不格好に動かしながら、エンディの横に並んだ。


 下を見て見れば、先ほどいたウィルガム、コングルゥ、ミカエラ、アンジュの姿が見え、シルビアがまるでお姫様のような扱いを受けてふんぞり返ってるのが見えた。


「皆、楽しそうだね」


「そうだな。その楽しい思い出を自分が納得できない形で終わらせないために俺達はここにいるんだ」


 カイはエンディに「タバコ、吸っていいか」と聞いて、「いいよ」と返事をもらったのでその場で柵に肘をかけながら吸い始めた。


「ふぅー」


「キセルとは違うんだね」


「まあな。これはキセルという道具を使わずに据えるようにしたやつだ。

 確か、前にエンディのおじいちゃんが吸ってたって言ってたな」


「うん。よく窓際で街の風景を見ながらキセルを吸ってた。

 服についてたニオイが今のカイさんの吸っているそれとよく似てる。

 そして、同じように断られた」


「ははは、そっか。それは良いおじいちゃんだ。

 こんなものは吸わなくていいんだよ。

 俺にとっては吸わなきゃやってられない負け犬の象徴なんだからな」


 カイはそう言って少しだけ遠い目をする。

 そんなカイの表情をエンディはただじっと眺めた。

 そして少しの沈黙の後、エンディは唐突に尋ねる。


「そういえば、ずっと疑問に思ってたこと聞いていい?」


「どうぞ」


「どうして私があの村で捕まってたのか。

 佳ちゃんの話をした後、私はどうしてたのか。

 それらを聞かなかったのはどうして?」


 エンディはその答えを求めるようにカイに視線を送る。

 しかし、カイは目線を合わせることなくタバコを吸って吐くと答える。


「単純な話さ。君が聞いて欲しそうにしてなかったから」


「でも、私はカイさんがここに来た理由を知ってる。

 どうやって来れたかもなんとなく推察が出来る。

 それなのに私だけ隠してるのは不公平な感じがして......」


「何も不公平じゃないよ。

 人は誰しも隠す秘密があるものさ。

 小さいもの、大きいものと色々な。

 世界規模で見たらルールなんて何もないんだ。

 俺達が勝手に決めてるだけ」


「それじゃあ、カイさんにも色々秘密があるの?」


「そりゃあるさ。最近四十肩で腕が上がりずらく......あ、言っちゃった」


「ふ、ふふふ、あはははは」


 エンディは楽しそうに笑い始める。

 その姿を見てカイは少しだけ志渡院佳と重なって見えた。

 そしてエンディは笑いが収まってくると少しだけ過去を打ち明けだした。


「私ね、生きなきゃいけないと思ってるの。

 それはケイちゃんからもらった大切な体でもあるし、パパからのお願いでもあるし」


「......ふぅー」


「私がケイちゃんの体を貰ってからしばらく楽しい日々が続いた。

 病弱だった私にとっては歩けるだけが新鮮で、まるで言葉を覚えた子供が意味も分からず使いたがるようにいろんなところを走ったり跳んだり」


 エンディは懐かしそうに、そして嬉しそうに話す。


「世界が変わって見えたよ。歩けば目指してた場所に進んで、走れば風を感じて、跳べば背が高くなったように感じた」


 エンディは自分の手を見た。


「さすがに竜化するまでは体が馴染んでなくて、空は自由に飛べてないけど全てがとても色鮮やかだった。

 だけど――――それがある日突然崩壊した」


 その言葉と共に哀愁漂う表情になり、何かを掴むように手を握っていく。


「運命が変わるある日、天に現れた神の眷属と名乗る男が『天恵者を差し出せ』と告げてきたの。

 その意味が私にはわからなかったけど、おじいちゃんやパパは知っていたらしくすぐさま私を隠した。

 どうやら私がその天恵者らしくて、でもそれがどういう意味か教えてもらえずに逃げるよう言われた」


「それは......どうなったんだい?」


「きっと察しが付ている通りだよ。

 その神の使い一人に種族最強と謳われた竜人族の国が崩壊した。

 いたるところで戦火が上がり、竜化した精鋭部隊が子供のようにあしらわれて地に伏せていく」


 その時の状況を思い出しているのかエンディの声は弱々しい。


「そして別の神の眷属が探していくように国の一部を地図から消しながら動くの。

 そんな中、私は戦いに敗れ命からがら助かったパパに逃げるよう言われるままに森へ走った」


「走った先があの村だったというわけか」


「うん。とにかくその場所から逃げるためにお腹がすこうとのどが渇こうと生傷が増えようと走って、走って、走った。

 そうじゃないと生きれないと思ったから。

 そして見つけたのがあの村で、安心した私はそのまま力尽きて気が付けばあの檻の中」


「なるほど、皮肉にもその檻は君を活かす安置となったわけだ」


 カイはその言葉を聞いてなんとなく理解した。

 その村にいた大蛇に化けていた蛇人のことを。


 そこにいたのは恐らく、竜化して逃げるだろうと思われたエンディが空中にいなくて、森に潜伏していたり、村に匿ってもらってるかもしれないと想定された故の配置だったのだと。


 そう考えると今回の似たような事件で起きたのかもしれない。

 しかし、そう考えたとしてもエルフの信仰対象である世界樹を魔物化するのはあまりにもやりすぎだろうとも思われる。


 竜人族が束になっても勝てなかった神の眷属がいるのなら、それが一人でも事足りる。

 わざわざ世界樹を魔物にさせたのは何か意味があるのか、それとも単なる享楽のためか。

 それがどちらかは現時点では情報不足でわからないと言えよう。


 しかし、エンディの言葉が確かなら今回のことに別の目的がある感じがするとカイは感じた。

 「天恵者」と言われる人物とは他に。


 カイは右手に持っていたタバコの先を吸い殻のふたに押し付けて消し、吸い殻ケースの中に入れるとそれをコートの内ポケットにしまった。


 そしてエンディにそっと手を伸ばすと頭を優しく撫でる。


「ありがとうな。教えてくれて」


「いいよ、私が話したくて話しただけだし。

 それに感謝されるようなことはしてない。

 だって、私はカイさんの求めてる情報は何も話してないし」


「それは俺が勝手に集めるからいいのさ。

 それよりも、話してくれたってことは少なくとも俺を信用してくれたからなんだろ?

 それに対する感謝のお礼さ」


「そっか。なら、受け取っておく。

 でも、これだけは言っておくよ。

 私はカイさんに助けられたあの日からもうずっと信用してたから」


「それは嬉しいな。でも、あんまりおっさんを信用しすぎない方がいいぞ?

 おっさんってのは正義感に厚く渋いってのは少数派だから」


「わかった。カイさん以外の知らないおっさんにはついていかないよ、私はカイさん一筋だから。

 もう案外カイさんも心配性なんだから」


「いや、そういうことじゃなくてね?」


 恥ずかしながら薄紅色に頬を染め、尻尾をフリフリと動かしていくエンディ。

 その反応に多大なる誤解を受けているような気がしなくもないカイ。


「聞いて、エンディ。俺が言いたいのは俺はそんな正義感に厚くな――――」


「聞きましたよー! 聞いちゃいましたよー! お二人の愛のささやきを!」


 空中テラスに続く扉をバンと開けたのは片手にボトルを持った顔を赤らめたキリアであった。

 キリアはテンションが高くなっているのかとにかく声が大きい。

 そして、寄っているのか千鳥足である。


「いや~、お二人がラブラブそうでなによりです! 見てるこっちまで熱くなってきて!」


「ら、ラブラブ......」


「ちょっとキリアさん? 一回お口閉じてもらえます? それから熱いのは酒を飲んでるからでは?」


「え? お口にピ――――入れてもらえますかって?......え、本気ですか!?」


 キリアは自ら下ネタを口にするとまるでカイが言ったように聞き返した。

 それに対し、カイは慌てて反論する。


「とんでもない聞き間違いしてるんじゃないよ。

 それから、それで急に冷めるやめて。

 俺がセクハラしたみたいになるじゃん!」


「でも、今言って......ない!

 あわわわ、私ったらなんてことを!

 ピ―――をバキューンしてズガガガしてもらうなんて!」


「それ明らかに新たに言った内容だよね? っていうか、さすがに女の子がそれははしたない」


「え、したい......? それはまだ無理ですぅーーーーー!」


「え、変な誤解生んだままここから去らないでーーーーー!」


 カイの言葉は虚しくキリア、爆弾を投げるだけ投げてその場から逃走。


 カイは頬を引きつらせながらエンディの方を振り向こうとするとふと宴会が行われる場所から少し離れた木の裏でエイレイとマリネが何やら話してる所を目撃した。


 何とも怪しげな密談ともいえる光景で、それに対してエンディに尋ねる。


「なぁ、エンディ。あれって――――」


「何かなカイさん?」


 しかし、エンディの反応はカイが求めるものではなかった。


「っ!?」


 カイは肩に岩石が乗ったようなずしりとした重さと冷ややかな声色をすぐ横で感じる。

 その感覚にブワっと冷や汗が出るが、すぐさま冷静になると「覚悟」を決めた。


「エンディ、俺に言い分の余地は――――」


「ごめんなさい。与えられないわ。

 それにカイさんが別の誰かと愛を囁こうと怒りはしないけど、嫉妬はするのよ?」


「いや、それはすでに怒って――――」


「何?」


「なんでもないです」


 エンディ、キリアにラブラブと言われたのかしばらくトリップしていたようで、耳を傾けた時にはキリアが恥ずかしさで爆弾を投げまくってる時だったらしい。


 そのことにカイは気づきながらものどまで出かかった言葉を飲み込んだ。

 これは言った所で一通り怒られる流れだからだ。

 悲しくも予習済みである。


「始めてくれ......」


 そして、カイは結局エンディから先ほどのことや普段のだらしなさに至るまで説教を受けるのであった。

読んでくださりありがとうございます(*'▽')

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