第22話 揺らぐ心
「さて、聞きたいことはあるかな?」
「まさかそちらからその話をしてくれるとは思わなかったですね」
宴の夜が終わり翌日、カイはアーガンに呼ばれてアーガンの書斎にやって来ていた。
そして机を挟んで言われた言葉がそれであった。
アーガンは机に置いてある紅茶を一口飲むとカイの質問に対して答える。
「それはあなたの実力を疑ったことに対するお詫びと思ってください」
「だけど、それは俺の立場を守るための行動でしょ?
だとすれば、俺はすでにお詫びは受けていると思いますが」
「私的にはカイ殿がそう思うのならばそれで結構ですが、カイさんには是非とも聞いておかなければいけないことがあるのでしょう?」
そう言いながら、僅かに悲観的な目線になって言葉を続ける。
「それにこの国が必ずしも助かるとは限りません。
もし助からずとも、カイさんが情報を得てその上で生きていれば、カイさんの目的はまだ果たせるはずです。もっとも全てではありませんが」
「俺が情報を聞いてとんずらすることもできる......と言いたかったが、その最後のセリフを聞いちゃどのみち逃げ道はなさそうですね。
なら、ここは素直にお言葉に甘えておきましょうか」
カイはアーガンの口ぶりを「年の功かしたたかだ」と呟くと早速アーガンに対して質問した。
「それじゃあ、まずこのリストを見て聞き覚えがある人物はいますか?」
カイが見せたのは志渡院を含む行方不明者リストだ。
その名前を見てアーガンは一人の名前を指さす。
「この方は確かこの森で治療した覚えがありますよ」
「陸井哲也......」
カイはその人物の名前を聞いて思わずホッとしたような顔をする。
そのカイの表情を見て、一緒に来ていたエンディが「良かったね」と同じように喜んで伝えてきた。
「それはいつ頃の話ですか?」
「いつ頃......すまないね、正確な時期は思い出せないけど、確か一年前ぐらいなるかな。
森に傷ついた人族がいるということで、一人の兵士が連れてきたのですが」
「一年、か」
カイはその時刻が丁度志渡院佳が竜王国でエンディと出会ってる時期と記憶していた。
前にカイはエンディに簡単な世界地図を地面に描いてもらってみせてもらったことがあるが、その時の竜王国とエルフの国までの距離は軽く見積もっても三か月ほどかかるように見えた。
加えて、問題はカイが魔法陣で友達が消えた時に見た光景は全員が同時に飛ばされるところであった。
つまりは皆同じ場所に飛ばされたわけじゃなく、全員バラバラになった可能性がある。
それはエンディから志渡院佳の情報を聞いていた時から薄々思っていたことだが、それが確信に変わったのだ。
「そんな一筋縄でいかねぇよな」とカイは一旦力を抜くように息を吐きながら呟くとアーガンに尋ねる。
「では、その人物を見つけたという兵士に話を伺うことはできますか?」
その言葉を受けた瞬間、アーガンは「やはり来たか」と顔色を曇らせた。
その表情にカイは嫌な予感が脳裏に過る。
「実はその兵士は死んでしまった。
私が各地から協力者を集める際にな。
その死体もこちらで目撃している」
「そう......ですか」
カイは表情では「仕方ない」とあまり気にしてない素振りをしているが、机の下に隠れた場所では膝の上で血が出るような勢いで拳を握っている。
そのことにエンディは気づき、先ほどとは逆に悲しい表情を浮かべた。
*****
アーガンから聞けるだけのことを聞いた後、カイとエンディは地上にある木製でできたアート性を感じるベンチに座っていた。
そこでカイはタバコを吸いながら、何かを考えるように俯いている。
エンディはそんなカイの虚空を見つめたような瞳を見かねて思わず声をかけた。
「カイさん、大丈夫だよ。必ず友達は見つかるよ」
「ん? ああ、それなら俺もそう思ってるから大丈夫だよ。
少なからず、俺が直接その人物を見ない限り、友達や家族の死を信じることはないよ」
「そ、そう......そうだよね」
その言葉を聞いてエンディは思わずそれ以上の言葉が出てこなかった。
そんなエンディの影を落としたような表情から察したカイは慌てて訂正する。
「いや、君の言葉は信じてるよ?
君の話からはとても優しい気持ちが伝わってきた。
それ故に、志渡院が死んだという時の強い思いもあって、俺に一度は攻撃したぐらいだ。
だから、嘘をつく子じゃないってわかってるから、志渡院のことは気にしなくていい。
もう過ぎたことだ」
「過ぎたことにしちゃいけない!」
突然そう告げるとエンディはカイの手を握ると真っ直ぐカイを見つめる。
その宝石のようなサファイアの瞳に吸われるようにカイも見つめ返すとエンディは続けた。
「カイさんは、カイさんだけはその想いを過去にしてはいけない。
上手く言葉に出来ないけど、それはカイさんにとってとても大切な気持ちで、過去にされたらきっと彼女も寂しがると思う」
「......そっか。そうだな。俺の身勝手な意見で志渡院を寂しがらせるわけにはいかないわな」
「うん、意外と寂しがり屋なんだから」
「ははは、それは初耳だ。なら、俺がそれをネタに弄り倒すぞって伝えておいてくれ」
「ふふっ、わかった」
カイはタバコの火を消して吸い殻ケースにしまうとベンチから立ち上がり、大きく伸びをする。
その表情はスッキリしたように晴れやかであった。
「さて、この世界に来ても警察の真似事をしてるわけだから、もはや職業病ともいえるかもな」
「でも、今のカイさんとてもカッコいいよ。
渋みが出てる感じもきっと彼女は好きになると思う」
「そうかなぁ......ただ年を取っておっさんになっただけなんだけど」
エンディは自然に笑みを浮かばせながら、軽く勢いをつけてベンチから立ち上がる。
そしてカイの横に立って顔を見るとさらにニッコリ。尻尾も忘れずにフリフリ。
そんなエンディの表情に気付くことなく、カイは伸びた際に腰に違和感を感じて「あれ? もしかして軽くやった?」と腰を抑えている。
そんな二人に向かって聞き覚えのある声が聞こえてきた。
「そこのお二人さーん! 少しお時間いいですかー?」
大声を出しながら大きく手振りをするのは昨日酒に酔った挙句に散々なことを言ったキリアであった。
どうやら澄み切った表情を見る限り昨日のことは覚えてないようだ。
キリアがふとした些細なきっかけでエロ妄想からのエロワードを言うのはもはや出会った初日や昨日のことだけではない。
ここに来る道中にも散々やらかしてるムッツリお嬢様なのである。
そんなキリアにカイが若干の苦手意識を持つのは当然のこと。
そこら辺について一度きっちりアーガンと話し合いたいところだと思っているだろう。
キリアの後ろをついて歩くのは淡い紫色の髪を片目を髪で隠した少女であった。
加えてその少女には見覚えがあり、唯一生き残って帰ってきた人物だ。
ただし、若干の不審な点が多いことが気がかりだが。
「カイさん、エンディ、実はお二人に紹介したい人物がいるんです」
「どうしたんだい? 藪から棒に」
カイはあくまで初対面として振舞うことにした。
もとより初対面であるが、振舞うことを意識することで下手にボロを出さないようにさせたのだ。
そのカイの言動を察したのかエンディもあくまで自然体に流れを作り出していく。
「紹介したい人物ってその子でいいのよね?」
「うん。この子は私の親友でマリネっていうの。どう? 可愛いでしょ」
「そ、そんなことないです。は、初めましてマリネと言います。よろしくお願いします」
ハキハキとした言い方のキリアとは違い、マリネはたどたどしい。
それにマリネは腹部で手を組んでは伸ばしてる指を擦り合わせている。
その行動は「不安」の感情を示している仕草の一つだ。
雰囲気的にも消極的で周囲に流されやすいといった感じである。
それに加えて僅かな圧力にも弱い様子だ。
その不安の仕草はきっと初対面の人と会ったことによるストレスで引き起こされたものだろう。
カイは昨日エンディに怒られる寸前で見たマリネとエイレイが人気のつかない場所で話していることを思い出しながら、自己紹介をしていく。
「俺はニイガミ=カイといいます。カイで結構ですよ」
「私はエンディ。よろしくね」
「にしても、やはり初対面の人と会うのはたとえ年下といえど緊張するものですね。
マリネさんもそう思いませんか?」
「......! はい、そう思います」
「えー、カイさんは初対面が強面の人でも微動だにしなさそうですけど」
カイは「おっさんだって緊張するの」と返答しながら、こっそりとマリネの様子を伺った。
先ほどの言葉が聞いたのか、少しだけ手の仕草が収まっている。
カイは「これ以上はまだ踏み込むべきではない」と考えるとわざとらしく演技をし始めた。
「あ、そういえば、今ってシルビア探してたんだった!」
「シルビアちゃん? その子だったらあっちの方で見かけたけど」
「そうか、ありがとな。それじゃ、また後で話そう。マリネさんも気が向いたらで」
「ありがとうございます」
マリネは両手を重ね合わせながら胸の前に持ってくると先ほどよりも幾分か柔らかい笑みで返答してくれた。
どうやらカイの気遣いが瞬時にバレてしまったらしい。
キリアとマリネはカイとエンディの後ろ姿を眺めているとマリネが両手を下ろして、キリアに告げる。
「カイさん、良い人だね」
「でしょ? 見た目はやつれたおっさんだけど、話してみると存外フレンドリーだよ」
「すごいね、キリアちゃんは。
カイさんみたいな凄い人を見つけられて、それであんな簡単に話しかけられるなんて」
「そんなことないよ。私はたまたまカイさん達に助けてもらっただけだから」
「それでもだよ......それでもホントに凄い。羨ましいよ。
私には取り得ないからさ、キリアちゃんに比べて消極的だったり、弱きだったり、うじうじして、同じ風魔法でも歴然の差で――――」
「マリネ! それ以上は言っちゃダメ!」
自己嫌悪モードに入ったマリネの肩を強く掴んだキリアは真っ直ぐ目を見て告げていく。
「マリネは私にない魅力を十分に持ってる。
だから、もっと自信を持って。
自分を嫌いにならないで」
「キリアちゃん......うん、変なこと言ってごめんね」
「大丈夫。きっと良くなるから」
そんなキリアの笑顔に対してマリネは笑顔を向けた。
そしてそっと遠くに見えるカイに何かの答えを求めるように視線を移したのだった。
読んでくださりありがとうございます(*'▽')




