北の森にて
「これが、森かぁ。密林とはまた違う物なのね」
草原を抜け、あたし達は北の森へと足を踏み入れた。密林とは違い、天高く聳える様な巨木が連なる森の光景に好奇心が刺激される。
しかし、どうしてだろう? 森の木々がこれ程大きく、そして高く生長するのは。中には木の実を付ける低い木も生えてはいるが、ほとんどが高い木ばかりだ。森と密林の何が違うというのか、あたしには理解出来ない。
タート博士に聞いてみよう! ……博士って何かしら?
「ねぇ、タート。密林と森の木で生長度合いが違うんだけど、どうして密林の木は低くて、森の木は高いの?」
「珍しく良い所に目を付けたの、ビアンカちゃんや。その疑問の答えは、ズバリ! 木の種類が違うからじゃ!」
「木の種類……?」
「きのしゅるいー!」
種類って事は、あたし達に例えて言うと種族が違うって事かしら。
でも、種族が同じなら、例え別々の場所で暮らしてても同じ種族という事は変わらないわよ?
「木も草も植物というカテゴリーに入るのじゃが……あ、カテゴリーと言うのは大まかに言えば種類の事じゃな。それで、じゃ、植物は種類によって生育出来る環境が違うのでな、その環境に適した植物しかその場では育たんのじゃよ。密林は亜熱帯地域特有の低くて横に生育する植物が大半を占め、森では寒さに強く真っ直ぐ上に生育する植物が生えるのじゃよ」
「…………」
「やはり難しかったかの? まぁ、環境が違えば生える木も種類が違うとだけ覚えておけば良いじゃろ」
「うち、高い木が好きー!」
「ヒナは鳥じゃから高い方が好きなんじゃの。それも種族故じゃな」
聞いたあたしがバカだった。難し過ぎて、途中から半分寝ていた程だったよ。
そんな会話をしつつ、森に少し入った所で休憩タイムだ。森の木々は巨木な為、一本一本の生える間隔が広く、休憩するスペースには事欠かない。その分あたし達の姿が丸見えとなるので、休憩中も辺りには気を配る必要がある。だけど、それは襲って来る奴も同じだと思うので、余程の力の持ち主でも無ければ正面切って襲って来る事も無いだろう。
「ママー、お腹減ったー!」
「ヒナは育ち盛りじゃから、ワシらの様に朝と夜だけじゃ我慢出来る筈も無いのぅ。まぁワシに至っては冬眠という物があるから、一冬飲まず食わずでも過ごせるがのぅ」
「冬眠……? それって何なの、タート?」
お腹が減ったというヒナの為に、その辺に落ちてる木の実を口で拾って噛み砕き、それをヒナの前へと出してからタートへと訊ねる。夏に向けてのこの時期に木の実が落ちてる事は不思議に思うけど、梅や桃などは既に実を付けてるので、きっとこの木の実はそれらの種なんだろう。落ちてて良かった。
それよりも今は冬眠の事だ。どこかで冬眠という言葉は聞いた事がある気がするけど、どう頑張っても思い出せない。そんな時こそのタート博士だ。
「うむ。冬眠とは、ワシやヘビなどの変温動物が持つ機能じゃな。詳しく言うと、食べ物の少ない寒い冬をジッと動かずに眠り、極力消費エネルギー……エネルギーとは生きる上での栄養の事じゃが、それを抑えて過ごす方法じゃ。中には、クマなどの一部の動物も同じ行動を取るみたいじゃがの。じゃがクマなどはワシとは違い、冬に入る前にたくさん食べて皮下脂肪を蓄え、それで無理矢理冬を乗り切る感じじゃ。まぁ、種族毎にそれぞれ冬を越える為の知恵と言うか、本能が備わってるという事じゃよ」
やっぱり難しい説明だったけど、一つだけ分かった事がある。あたしに冬眠は無理だ。
「ふーん。あたしじゃ無理ね。だって、五日で死にそうだったもの」
「とうみんー……」
ヒナはお腹がいっぱいになったのか、ウトウトしている。話が難し過ぎて眠くなったのかもしれないわね。
ヒナは冬眠と言った後、ポヤポヤの毛玉の様になって眠ってしまった。
しかし、赤い毛玉を見てると何だかソワソワして来る。思わず前足で転がしそうになったけど、ヒナだという事を思い出して何とか踏みとどまった。危ない危ない。
「ヒナも寝ちゃったし、少し魔法の訓練でもしてみよっかな」
「さっき言うとったアレか?」
「うん。あたしの意思で口以外から魔法を放てる様になれば、資格者を相手にした時に絶対に有利になると思う。だから、訓練あるのみよ!」
何となくだけど、口から魔法を放つ時は、その口の中に魔力を集中してるから口から放つんだと思う。だったら、魔力を集中させる場所を口以外に意識すれば、その場所から魔法が放てる筈だ。
それに、炎の力を初めて使った時は尻尾の先に宿った炎を放っていた。つまり、あたしの認識力を広げれば、任意の場所から魔法を放つ事が可能だという事だ。
という訳で、先ずは炎から……は止めて、ここは風の魔法から始めるとしよう。森が燃えてしまったら大変だ。
あたしは、胸にある自分の聖石へと意識を集中させ、そこから魔力を発生させる。訓練である為、発生させる魔力は少量だ。
次に、口では無く、口から少しだけ離れた鼻先へと意識を集中させる。何となくだけど、鼻先に見えない空気の塊みたいな物が出来た様に感じた。
「……何をやっとるんじゃ、ビアンカちゃん? 変な顔をしてからに……。もしや、その顔が訓練になるのかのぅ?」
「あ……! クシュンッ!」
タートが変な事を言うから、せっかく出来た空気の塊が散ってしまった。
しかも鼻先で試してたものだから、散る際の風圧が鼻の中へと入り、それが刺激となってクシャミが出た。
……と言うか、変な顔って何よ!? あたしが真剣に訓練してるっていうのにタートったら!
おしおきが必要ね!
だけど、水を掛けたんじゃおしおきにはならない。だったらどうする?
あたしと同じ思いをさせてやろう……!
あたしはタートの鼻先をジッと見つめ、そこへ空気の塊を発生させた。
「な、何じゃ!? ぶわっ!? はっ……はっ……ハックショーッン!」
「変な顔って言った罰よ!」
「今、何をしたんじゃ、ビアンカちゃん! ワシの鼻先に変な塊を感じたんじゃが、それが突然破裂しての? そしたらクシャミが出たんじゃ! まさか訓練とはイタズラをする為の虚言ではなかろうな……?」
そう言われてみれば、確かにタートの言う通りだ。
タートにおしおきしてやろうって思って、それでタートの鼻先に意識を集中したら出来た。という事は、やはりあたしの考えは正解だった様だ。
魔法は、あたしの任意の場所を意識してイメージすればそこから放てる!
タートには悪いけど、もう少し実験台になってもらおう。
まだ鼻がムズムズするのか、タートは鼻を地面へと擦り付けている。そのタートの上1mの空間に意識を集中させ、魔力を送る。すると、あたしの送った魔力はその場所で周りから水分を集め、程なくして直径30cm程の水球を形作った。
魔法が成功した事にあたしは満足したけど、まだタートに水球を落としていない。
「タート。上を注意した方が良いわよ?」
「ハックション! まだムズムズするわい……上……? どわぁ〜ッ!」
タートがあたしの言葉を聞き、上を向いた瞬間に水球を落とす。あたしの思惑通り、タートに当たった瞬間に水球は弾け、タートの全身を濡らした。大成功だ。
「ふぅ……。生き返るのぉ〜♪ じゃが、ヒナも濡れてしもうたぞ?」
「冷たいー、ブルブルー!」
「ご、ごめん、ヒナ! 『ファイアウィンド!』」
あたしは濡れて震えているヒナの上5mの辺りから威力を落とした魔法を放ち、その温風でヒナをすかさず乾かす。よほど気持ちが良いのか、ヒナは目を細めて羽をパタパタしている。
まただ。また、あたしは二つの属性を合わせた魔法を使用した。
この力はあたしだけの物なのか、それとも聖獣の資格者ならば誰でも使えるのか。タートに聞いてみようと思う。
……濡れた甲羅が乾燥して辛そうにしてるけど、その事を聞くまではおあずけだ。
「ねぇ、タート。何だかあたしって……二つの属性を合わせた魔法が使えるみたいなんだけど、それって聖獣の資格者なら誰でも使えるの?」
「それは真かっ!?」
その事を聞いた途端、タートは目を大きく見開き、顎が外れる程口を大きく開けて驚いた。やはり、それ程に珍しい事なのだろうか、二つの属性を合わせるというのは。
あたしはその後、タートから驚くべき事を聞かされた。
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