北の森へ
驚く事に、ヒナは喋った。昨日までピーピー鳴いてたのが嘘の様に感じる。喋れる事を黙っていたんだろうか。
「ごちそーさまー!」
「礼儀正しいのぅ、ヒナは。それに比べ、ビアンカちゃんは礼儀がなっておらん。目上の者は敬うもんじゃぞ? 特に、賢者と言っても良い程の知識の塊であるワシの事をのぉ」
昨日と同様、ドロドロにまで噛み砕いたウサギの肉をヒナへと与え、あたしも残り僅かになってしまったウサギの肉で朝食を済ませた後、タートの小言が始まった。
老いた者は何故にこうも小声が多いのか。本当に謎ね。
「ヒナも見習うべきは、ワシの様な立派な者じゃぞ? 強さを見習うと言うならば確かにビアンカちゃんじゃ。じゃが、生きて行く為には賢さも身に付けねばならん。じゃから、ワシの事は尊敬の念を込めて、お爺ちゃん、と呼ぶんじゃ!」
「おじーちゃん、くさー!」
「な、何じゃとぉ……!? わ、ワシは……臭いのか……? い、いや……これはきっとビアンカちゃんのせいじゃ! ビアンカちゃんが昨日寝る前に言うた事をヒナが覚えて、それを言うてるだけに違いない! ワシは臭くは無いのぅ、ヒナや?」
「おじーちゃん、くさー!」
「グハァッ……ッ!」
自業自得ね、タート。自業自得の意味は分からないけど。
「ねぇ、ヒナ。ヒナは初めから喋れたの? それとも、今朝から?」
タートの小言からの自業自得はさておき、あたしは気になっていた事をヒナに聞いてみた。タートはしばらく放っておけば立ち直るだろう。たぶん。
しかし、天を仰いで涙を流すタートの姿に産卵するカメの姿が脳裏に過ぎるが、その尊い姿に失礼だからタートには水を掛けよう。
「ぷはっ!? 何をするんじゃ!」
「……何となくよ」
「ビアンカちゃんは何となくで水を掛けるのか!? 水を掛けてくれるのは嬉しいがのぅ。
しかし、老カメが心を病んでいるというのに、近頃の若いもんは全くもってなっとらん! ワシの若い頃は――」
ブツブツと自分の世界にタートは旅立って行ったから、あたしは改めてヒナに聞いてみた。
「それで、どうなの、ヒナ?」
「うちがねー喋れるんはー、朝からなんよー!」
方言だろうか? ヒナの言葉の発音がおかしい。
だけど、鳥特有の声なのか、リンと鈴を鳴らした様な声で話すヒナの言葉は耳に心地好い。嗄れたタートの声とは大違いだ。
声はともかく、ヒナが喋れる様になったのは今朝からという事は、ウサギの肉を食べた事が原因だろうか。
もしかしてだけど、聖獣の資格者の肉を食べれば、資格の無い者でもその資格を得られるのではなかろうか。
タートに聞いてみよう。
「ねぇ、タート。聖獣の資格が無い者でも、聖獣の資格者の肉を食べれば資格者になれるの?」
「――そもそもワシは千年近くも生きておるんじゃぞ? 雨が降ろうが雷が降ろうが、ワシは全てを耐え忍んで生きてきたんじゃ。そのワシが何故に臭いと罵られた挙句に水まで掛けられねばならんのじゃ? 正直言うて水は有り難いのじゃが、臭いというのはいただけん。むしろ、ワシの匂いはフローラルな香りの筈じゃ。ビアンカちゃんは――」
タートは自分の世界への旅からまだ戻って来てなかった。それとも、ボケたのだろうか?
「タート! 聞いてるのに答えてよっ!」
「な、何じゃあっ!? 急に大声を出すでない! 心臓が尻から出るかと思ったわい……」
普通、口からだと思う。驚いて心臓が飛び出るのは。……驚いても、心臓は飛び出ないけど。
「だからぁ、あたしの疑問に答えてよ!」
「……何について聞きたいのじゃ?」
ようやく、あたしの疑問に答えてくれそうだ。さっき疑問に思った事を改めてタートに聞いてみた。
「それは無いのぅ」
「だって、ヒナは急に喋ったんだよ? だったら何で急に喋るのよ」
「もう知っておるじゃろ? まだ生まれて間もないが、ヒナも資格者という事じゃ。もしかしたらじゃが、ヒナは資格者として生まれて来たからこそ、この様な珍しい色なのやもしれん」
「しかくしゃって何ー? うち、四角いのー?」
「ヒナは、ヒナよ。それも、とーっても可愛いあたしのヒナだよ!」
「えへへー」
「わ、ワシのヒナでもあるぞ?」
ヒナがタートの物じゃ無いのは確かだけど、あたしの疑問の答えは出た。さすが、タートと褒めておく。心の中で。
そっかぁ、ヒナも聖獣の資格者かぁ。
あたしが聖獣を目指しているんだから、ヒナも聖獣になるって言いそうよね。
という事は、あたし、タート、ヒナが聖獣になる訳だけど、聖獣には何体がなれるんだろう? その辺の事、タートは詳しく言って無かったわよね。知らないのかしら?
「四体じゃ。聖獣になれるのは、四種族の四体と定められておる。それとは別に、【神獣】や【霊獣】と呼ばれる存在になる場合もあるそうじゃが。……何にせよ、神獣や霊獣といった存在は伝説中の伝説じゃ。恐らく、聖獣になれなかった者達の無念がその様な伝説を作ったのじゃな」
疑問に思ったのでタートに聞いてみたら、その様な答えが帰って来た。さすが、タートね。伊達にくさ……賢者を名乗ってないという事か。
「しんじゅー?」
「ん? ヒナや、神獣が気になるかの? じゃが安心せい。ビアンカちゃんと一緒に居れば、自ずとヒナも聖獣になれる筈じゃ」
「うちも、ママと同じせいじゅーになるー!」
「そうね。タートもヒナもあたしも、みんなで聖獣になろ〜!」
ヒナが喋れる事から始まった話は、聖獣にみんなでなろうという事で終わった。
でも、先ずは草原の北と、その先にある北の森の探索をしなきゃ。
イヌに食い荒らされてしまったウサギは、もうほとんど残っていない。たぶん、今夜食べたら終わりだ。
この草原には小動物などの獲物がたくさん棲息しているけど、ここで死ぬまで暮らす訳じゃないし、聖獣を目指すと決めたからには次なる聖獣の資格者を探さなくてはならない。
北の森の様子を見て、徐々に移動して行こう。資格者を探しながら。
急がば回れ。何事も焦らずにじっくりと腰を据え、一歩ずつ進む事が大事だと、死んだタートが言っていた。
「……ワシは死んどらんぞ?」
……あ、まだ死んでなかった。
「何の事? あたし、何も言ってないわよ?」
「口に出して言うておったぞ!?」
心の声のつもりだったのに、どうやら声に出して言ってたみたい。そんな事ってあるよね?
「おじーちゃん、しんだー?」
「生きとるわいっ!」
冗談を言いつつ、あたし達は北の森を目指して出発した。ほのぼのとしたヒナの言葉に癒されながら。
あたしの頭の上にヒナが乗り、足元をタートが忙しなく走る。あたしは普通に歩いているだけだから問題無いけど、タートは若干辛そうだ。そろそろタートに水を掛けた方が良いかしら?
「『ウォーター!』」
「プハッ! ナイスなタイミングじゃ、ビアンカちゃん! じゃが、もっとこう……口以外の場所から水は出せんのか? ……マーキングは無しでじゃ」
タートは先手を打って来た。良く分かったと思う、マーキングと言おうとした事が。伊達に賢者を名乗ってないわね。
「……鋭いわね、タート。でも、確かにタートの言う通りよね。魔法にしても、口を開けて放つんじゃ避けろって言ってるもんだよね。北の森に着いたら休憩がてら、少し練習してみるわ」
「うぉーたー! うち、出せないやー」
ヒナが可愛い♡
……じゃなくて、本当にタートは良い事に気付かせてくれる。
『炎の爪』はともかく、『ウォータースピアー』や『ショックトルネード』、それとイヌ相手に放った『ショックファイア』の魔法は、口を大きく開けて放っていた。
もしもそれらを口以外から放てれば敵の意表を突く事が出来るし、炎の爪で直接攻撃をしつつウォータースピアーを別の方向から放てば、確実に攻撃が当たる。戦略的に見ても、これはかなり有効な手ではなかろうか。
それに、タートの『甲羅シールド』を併用すれば、相手からはこちらが見えなくなり、ショックトルネードとウォータースピアーを連続で放てば更に戦略の幅が広がる。強敵揃いの聖獣の資格者にも通じるだろう。
北の森が近付く中、あたしは魔法の可能性について思案していた。
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