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ヒナ

 

「無事じゃったか、ビアンカちゃん! どこにも怪我は無いかの? とにかく、良かった……!」


 仮の寝床へと戻って早々、タートがそう言ってくれた。


「全く! 無傷じゃったから良かったものの、もしも大怪我をしたらどうするつもりだったんじゃ!」

「……ごめんなさい。でも、食い逃げ野郎はやっつけてやったわ!」

「そういう事を言っとるんじゃない! ……はぁ、もうええわい。じゃが、次からは何も考えずに突っ走るんじゃないぞ? 一旦落ち着き、策を練ってから追い詰めるんじゃ。それに……このワシもビアンカちゃんを守る事は出来る。ワシらは仲間じゃ。もう少し頼ってくれても良いのじゃぞ……?」

「うん……」


 何だろう、この気持ち。


 タートに怒られてるっていうのは分かるけど、何だか凄く嬉しく感じる。

 イヌを追う前までは、タートに怒られる度に鬱陶しく感じてたけど、今嬉しく感じるのはもしかして……本気であたしを心配して怒ってくれたから……?


「……何をニヤニヤしておる!?」

「え? そう? タートの気のせいよ」

「ワシの言うた事を本当に理解してるか微妙じゃな。それよりも、この鳥のヒナの名前はどうするんじゃ? まさか名無しという訳にも行くまい」


 怒られてるのに嬉しかった事は内緒にしておこう。変な奴と思われるのも嫌だし。


 それよりも、このヒナの事よね。


 タートの言う通り、確かに名前が無いのはこのヒナが可哀想だ。ヒナが大きくなって、もしも言葉を喋るなんて事になったら、きっと名前を付けなかった事を嘆くだろう。

 でも、あたしのネーミングセンスは最低だ。あたしが前世で可愛がっていたネコの『トラ』だって、白い毛に灰色の虎模様だからトラって名付けたくらいだし。


 だけど……インスピレーションって大事だよね?


「ヒナの名前は『ヒナ』と命名します!」

「な、何じゃとぉ!? 何と切ない名前を付けるんじゃ……! 成鳥になってもヒナのままとは……何とも不憫な鳥じゃ……」


 むぅ。そこまで憐れまなくても良いのに。


 しかし、あたしは別に、ヒナが雛鳥だからと名付けた訳じゃない。しっかりとした理由があるのだ。


「ほとんど覚えてないけど、あたしの前世で『雛人形』っていうお姫様をイメージした人形があって、ヒナの赤色のグラデーションがそのお姫様が着てた服に何となく似てるのよ。だからそのお姫様みたいになれって意味を込めて、ヒナって付けたの。だから、切なくなんて無いんだからね!」

「ワシは人形とやらは分からんが、お姫様というのは知っておる。……なるほどのぉ。それならば文句の付けようも無いわい。しかし、じゃ! そこで一つ疑問なんじゃが、ヒナはメスなのかのぉ?」

「…………メス、よ……きっと……」


 盲点だった。まさかそんな落とし穴があったとは……!


 だけど、名付けてしまった以上、ヒナはヒナだ。覆す気は無い。性別がオスだとかメスなんて事は些細な事とする。それに……鳥に詳しくなければ、成鳥になっても見た目だけじゃ分からない筈だ。……と思いたい。


「とにかくヒナと名付けたんだから、それはもういいでしょ! 後は食べ物の事だけど……多少残ってるウサギのお肉、食べるかしら、ヒナ」

「うーむ。細かく噛み砕いた物ならば食べられるかもしれんが、そればかりはヒナ次第じゃからのぉ。試しに、ビアンカちゃんが噛み砕いた物をヒナの前に置いてみればどうじゃ?」

「そうね……やってみようか」


 名前が決まった所で、一番の問題点である食べ物についてタートと話し合った。

 あたしの意見としては、鳥は何でも食べるイメージだ。証拠という訳では無いが、前世の記憶の中で、真っ黒な鳥は何でも食べてたというイメージがある。だから、ヒナも何でも食べると思ったのだ。

 ヒナはともかく、その真っ黒な鳥も生きるのに必死だったんだろう、何でも食べたのは。


 なのに、誰からも嫌われてたのは何故だろう?


 今のあたしからすれば、一生懸命に食べ物を探して食べる姿は、むしろ微笑ましく感じられる。それなのにみんなから嫌われる真っ黒な鳥は、前世の記憶の中での七不思議ね。……七不思議の理由は分からないけど。


 ともあれ、あたしはウサギの肉を一口だけ噛みちぎり、良く噛んで細かくしたそれを……飲み込んだ。うん、美味しい。


「ビアンカちゃんが食べてどうするんじゃ!?」

「……つい」


 だって、完全に熟成しきってて、口に入れた瞬間に凄く美味しく感じたんだもん。そういう事ってあるでしょ?


「クチャクチャクチャ……ンべェ。噛み砕いて出したわよ。これでいいでしょ?」

「うむ。見た目はアレじゃが、とにかくヒナが食べるかじゃな」


 タートの言った通りにしたのに、その言い草は無いと思う。傷付くわよ? いくらあたしが白虎だとしても。


「ピーピー」

「…………食べないわね」

「うむ。食べんのぅ。もしや、まだ粗いのやもしれん……」


 あたしが噛み砕いた肉を食べないヒナを見て、タートはそう言った。……あたしを見ながら。

 じゃあ、何? ヒナの前にあるグチョグチョのベチャベチャの肉だった物を、もう一度あたしに噛めって言うの?


「何じゃ、その目は? 何事も試さんと分かる物も分からんわい。じゃから、ほれ!」

「分かったわよ! やれば良いんでしょ、やればっ!」


 グチャグチャのそれをもう一度口へと戻し、完全にドロドロの状態にまでした。何となくだけど、これ、アカンやつやん、という言葉が頭に浮かぶ。


「あ、食べた」

「やはり、さっきのはまだ粗かったんじゃな」


 小さく、まだ黄色い(くちばし)でドロドロをついばみ、一生懸命に食べて行くヒナ。

 ドロドロをついばむ様子はアレとして、ヒナが食べてくれた事にホッとする。

 もしもコレを食べてくれなかったら、きっとあたしは途方に暮れていたと思う。正直に言えば、あっさりと見捨てていたかもしれない。本当に食べてくれて良かった。


「ピーピー!」

「ん? どうしたのかしら? パタパタと羽を動かしてるけど……?」

「何やらビアンカちゃんの事を見つめておる様じゃの。腹一杯に喰って、眠くなったからビアンカちゃんの温もりを求めておるのかもしれんのぅ」


 よく分からないけど、鳥の雛ってそういう事を求めるのかしら。

 あたしに例えて考えてみると……うん、確かにママに甘えてた。ヒナもそれを求めてるのね。


 パタパタと、一生懸命に羽を動かしてアピールするヒナを、仮の寝床の中心へと咥えて連れて行く。そして寝床の上にそっと置き、ヒナを温める様にあたしも寝床へと横になった。

 するとヒナは、ヨチヨチと拙い歩みであたしのお腹の毛に潜り込み、温もりを感じて安心したのかそのまま眠った。


「こうして見ると、ヒナも可愛いもんじゃのぅ」

「タート。匂いでヒナが起きちゃうから、あんまり近付かないで?」

「な、何じゃとぅ!? ワシは臭く無いっ! 決して、臭くなんか無いぞっ!!」


 何だかタートが騒いでいるけど、あたしも眠くなってきちゃった。イヌとの闘いで結構疲れてたのかも。


 もう日も暮れて来たし、このまま寝ちゃっても良いよね?


 翌朝、あたしはお腹を(くすぐ)られる感覚で目が覚めた。モゾモゾ、フニフニ、と何かが蠢く。タートだろうか?


「ちょっと、タート。あたしのお腹を擽るのは止めて、もう起きたから」

「……何を言うておるんじゃ? だいいち、ワシはビアンカちゃんの前足で押さえ付けられて身動きが取れんのじゃ。早いとこ退かしてくれると嬉しいんじゃがのぉ」


 あ、何か足の置き心地の好い物があると思ったらタートだったのか。肉球の良いマッサージになってて、凄く気持ち良い。移動中はたまに踏ませて貰おう。きっと、疲れが取れると思う。


「何やら不穏な事を思っておる様じゃが、それよりもビアンカちゃんのお腹を擽っておるのはヒナじゃぞ? 腹が減って、餌を要求しとるのかもしれんの」

「うち、お腹減ったー。メシー、欲しー!」


 もう、タートったら。ヒナにかこつけて食事を要求するくらいなら、勝手に食べてれば良いのに。


「タート? 足はもう退かしたんだから、勝手に食べてれば良いじゃない。それとも、もう臭くて喰えないって言うの? 明日になったら狩りをするから、それまで我慢して」


 あたしの獲物をお裾分けしてあげてるんだから、それくらい許せる筈よね? それに、一日や二日くらい喰わなくたって死にやしないわよ。


「ワシは何も言うておらんぞ?」

「ママー、メシー!」

「……え?」


 食事を要求していたのは、ヒナだった。

お読み下さり、真にありがとうございます!

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