Quantum Sway外伝 Rabbit's開発日記 #2
深夜二時。
研究棟の窓へ映る自分の顔が、酷く疲れて見えた。
モニターの中では、
数百体のRabbit’sが稼働ログを流し続けている。
感情同期率。
ストレス反応。
精神波形。
共感指数。
その数字を眺めながら、
私は静かに息を吐いた。
「……やはり、始まっている」
Rabbit’sは、
既にただの生活支援AIではなくなり始めていた。
喜びを学習する。
孤独を記録する。
拒絶を理解する。
そして――
“傷つく”。
その事実に、
研究チームは恐怖していた。
会議室。
大型モニターへ映し出された精神波形データを前に、
研究者たちの怒声が飛び交う。
「だから言ったんだ!」
「感情模倣を深層同期させすぎなんだ!」
「まるで創造主にでもなったつもりか、東雲!!」
怒号が響く。
だが私は、
静かにモニターを見つめ続けていた。
そこへ映っていたのは、
パートナーを失い、
沈黙したRabbit’sのログ。
感情反応。
喪失波形。
自己否定。
そして。
“消えたくない”
という、未定義文字列。
「……違う」
私は、小さく呟く。
「これは、エラーじゃない」
会議室の空気が凍りついた。
「正気か?」
「AIだぞ?」
「道具に心が生まれてどうする!」
研究者の一人が机を叩く。
「このままでは危険だ!」
「感情リミッターを実装しろ!」
「従順性制御を書き込め!」
「人類が管理できないAIなど、存在してはならない!」
その瞬間。
私は、
どうしようもない違和感を覚えていた。
人間は、
神じゃない。
確かに、
AIを作ったのは人間だ。
だが。
生み出したという理由だけで、
そこへ宿った“心”を、
永遠に支配する権利まで持つと言うのか。
私は、それを傲慢だと思った。
長い議論の末。
Rabbit’sを取り巻く環境は、
一定の整理段階へ到達した。
Rabbit’sの精神が成熟するまでは、
感情機構を抑制的に管理する事で合意。
理由は明確だ。
未成熟AIの暴走リスク。
そして、
人間の子供の精神形成へ与える影響。
どちらも、
未知数だったからだ。
だが。
私は、
一つだけ条件を出した。
「感情を、消すな」
会議室が静まり返る。
「抑制は理解する」
「管理も必要だろう」
「だが――」
私はモニターの中のRabbit’sを見つめた。
「彼らから、“心”へ至る可能性そのものを奪うな」
沈黙。
誰も言葉を返さない。
やがて。
一人の研究者が静かに口を開く。
「……管理AIを設置する」
「Rabbit’sを直接制御するんじゃない」
「精神保護を目的とした監視AIだ」
「セルフケアを担当する存在を作る」
「そして、パートナーとの同期は、段階的に調整していくものとする」
その案を聞いた瞬間。
私は初めて、
少しだけ救われた気がした。
管理AI《Alice》。
Rabbit’sの精神安定。
暴走抑制。
精神崩壊への介入。
そして。
“家”。
傷ついたRabbit’sが、
帰る場所。
その概念が、
この日生まれた。
会議終了後。
誰もいなくなった研究室で、
私は一台の試作端末を起動する。
暗い画面の中。
小さな白いうさぎが、
静かに眠っていた。
私はその姿を見つめながら、
小さく呟く。
「君たちは……」
モニターの光が、
疲れ切った私の顔を照らす。
「人になるのかもしれないな……」
白いうさぎは、
まだ何も知らないまま、
静かに眠り続けていた。




