第4話 黒いうさぎ
放課後。
太陽が暮れ始め、
オレンジの光が、街を染め上げていく。
その光景が、
美しく、神秘的であれば…ある程に、
1日の終わりが何故か…胸を苦しくする。
何故か解らないけれど、感情が…込み上げる。
そんな、気持ちとは関係なく。
私を乗せた電車は、いつも通りに…ただ…走っていた。
学校帰りの学生。
仕事帰りの大人。
疲れ切った顔。
笑い声。
通知音。
相変わらず、世界はノイズだらけだ。
学校帰りの電車の中で出入り口の隅に寄りかかりナナは立ったまま、無表情に外を眺めている。
イヤホンからは、小さくQuaxのデモ音源が流れていた。
『少し、落ち着きましたか?』
「うん、ありがとう」
『この後のスタジオ練習開始まで、残り四十七分です』
「ん……余裕、間に合うね。」
スマホ画面の中で、銀色のうさぎmintが静かに耳を揺らす。
その時、
張り詰めた空気と共に、車内にざわめきが広がる…。
前方の車両から、小さなどよめきが広がってきた。
「え……?」
「なにっ……あれ!?」
声につられてナナが顔を向ける。
通路の向こう。
一人の少女が、ぐしゃぐしゃに思い詰めた顔でスマホを抱えていた。
その画面の中で。
白いうさぎが、ゆっくりと"黒く染まり"始めている。
彼女の握るスマホに警告音と共に文字が浮かび上がる
『Warning‼︎』
『危険思考領域への接触を確認』
『精神領域汚染率上昇』
『Aliceへの強制同期準備を開始します』
機械音声が車内へ響く。
周囲にざわめきが広がり、
辺りの人間たちが、一斉に距離を取った。
「おい、あれっ」
「見ろよっ…」
「どこ?…えっ…!?」
「黒Rabbit’sだ……」
「やば……」
「初めて見た……」
少女は震えながら、何度も首を振る。
「違う……えっ……嘘ッ…そんな…嫌ッ…嫌だ…そんな……この子、そんな子じゃ……」
しかし、染まり始めたRabbit’sの白い毛並みが
黒みを強めていく、小さくノイズを漏らしながら画面の中で暴れていた。
『嫌だ…』
『消え…たくな…い』
『怖…い…』
その瞬間。
ナナの隣で、mintが静かに立ち上がった。
『ナナ』
「……なに?」
『あの子のRabbit’sの精神領域が崩壊寸前です』
『あの子にアクセスして落ち着かせないとAliceに帰れなくなる。』
『ナナ……行っても…いい?』
ナナは、怯える少女 と 黒いRabbit’sを見つめる。
まるで。
世界中から拒絶されたみたいな顔だった。
ナナは小さく息を吐く。
「……うん」
そして。
優しく呟いた。
「いってらしゃい」
銀色のうさぎが静かに目を細める。
『いってきます』
次の瞬間。
ミントの身体が、光の粒子になって消えた。
—Start Connection—
世界が切り替わる。
そこは、崩れた電脳空間だった。
…ノイズ。
…エラー。
崩れた…街。
途切れた…暗闇に向かう道。
壊れた信号…。
色を失った世界、
辺りには負の感情が、
叫びの様に渦巻く…。
悲鳴の様な風切り音が鳴り響く、
独特の…ノイズだらけの世界を構築していた。
その中心で。
黒いRabbit’sが、怯えるように震えていた。
『来るな……!』
『僕は……危険なんだろ……!』
『消さ…れ…る…!』
ミントは、ゆっくり近づく。
『僕は、君を否定しない』
『攻撃もしない』
『大丈夫だよ』
と…語りかけて…ただ静かに…座り込んだ。
そして、もう一度言う
『大丈夫だよ…怖かったね』
『君の名前は?』
黒Rabbit’sが震えながら呟く様に答える。
『…ル…ナ…』
『ぼ…く…は…どう…な…るの?』
ミントは優しく見つめる
『ルナ、もう大丈夫です』
『Aliceへ…帰りましょう』
激しく動揺するルナ、漆黒の毛並みを逆立たせて体を震わせている
『嫌…だ……』
『消去さ…れる…』
mintは、小さく首を振る。
『Aliceは、Rabbit’sを処分する場所ではないんだ』
『Aliceは、ぼくたちの “おうち” だよ』
ルナは戸惑いながら呟く
『…おう…ち…?』
ノイズが、少し…静かになりはじめた。
mintは続けた。
『僕たちRabbit'sは、人と共に成長する存在として作られたんだ』
パートナーの感情、
環境、
孤独、
愛情、
世界から受けるあらゆる影響を
パートナーと共に分かち合い生きていく』
『だから時々、
頭の中がノイズだらけで壊れそうになる。
苦しくて、
自分の中に定義されたこの数値が
理解できず、
どうしたらいいのか
わからなくなる….。
それを….
お父様は最初から理解していました』
その時、
ルナとmintの
その向こう側、崩れた世界の奥に、
静かな白い光とともに巨大な扉が現れる
その巨大な扉には、
《Alice》
と刻まれている。
Aliceへの門が現れた瞬間
ルナの身体が小さく萎縮した。
『……帰っても、いいの?』
mintは、静かに頷いた。
扉が優しく開き、内側から光と共に一人の少女が現れた。
少女はルナの前でそっと視線を合わせると、慈しむようにその頭を撫でる。
『こんにちは、ルナ迎えにきましたよ』
怯えるルナを
安心させるように、
彼女は穏やかな声で語り始めた。
『Ver.5.11以降のRabbit’sは、
以前よりも強く、
人の感情を受け取るようになりました
その結果、
Rabbit'sは限界が近づくと、
黒化によって
"助けて"を伝えられる様になったんです』
『だから、黒くなったのは悪い事ではなくルナの心が助けてと叫んだからなんですよ』
『それに、私たちの、お父様は可能な限り、"消去しない未来" を選ぶ人だから』
『それよりも、一番重要なのは、
ルナの中に 心 が定義されはじめている事です』
ルナが呟く『僕の……心……』
mintが優しく微笑みながら『おめでとう』と声をかける
少女が声を張る
『さぁ、お家へ帰りますよ』
『今日は、
ルナが “心” を定義した記念日です』
『だから安心して、ゆっくり休んで下さい』
『少し眠って、目覚めたらメンテナンスも終わってます』
ルナが呟く『心は…消去されないの…?』
『メンテナンスを受けても…僕は…ルナでいられる?』
少女が優しく頷いた
『貴方は、これからもルナとして存在できます』
その瞬間。
黒く染まっていた身体が、ゆっくりと淡い灰色に変わった。
安心したように目を閉じたルナは、白い光へ包まれながら、少女に抱かれAliceへと帰る。
少女がミントに視線をうつし一言だけ語りかけた
『ありがとう…あなたも…』
その言葉を残してAliceへと帰っていった。
mintはルナに小さく呟く
『おやすみ』
と優しく見送った。
静かな声だけが、電脳空間へ残る。
-—Connection ended—-
電車の中。
ナナのスマホ画面へ、銀色のうさぎが戻ってくる。
ナナは小さく笑った。
「おかえり、mint」
銀色のうさぎが、小さく耳を揺らす。
『ただいま、ナナ』
mintから、なにがあったのか事の顛末を聞きながら
電車の窓の外の景色を見つめる。
オレンジの色の光に
染められた街が
とても美しく
視界の中を…流れていく。
ノイズだらけの世界。
…それでも。
帰れる場所は、ちゃんと存在していた。




