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ド田舎無職の俺の近所に異世界の国が引っ越してきた件  作者: 藤原湖南
第7章「『田園調布の魔女』メリア・スプリンガルド」
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7-14


町田の嗚咽がホールに響く。僕には死にゆく「怪物」を人間に戻そうなどという発想はないが、筋の通らないことを嫌う町田らしいやり方だ。

ノアが町田の肩を抱き、何やら言っている。念話は使っていないようだが、町田はそれを理解している様子だった。前に話に聞いていた「魔紋」とやらを見た効果なのだろう。町田が魔法らしきものを使えるようになっているのも、多分そのせいだ。


『ワタヌキ様』


市川に支えられ、アムルがこちらにやって来た。傷は塞がったらしいが、ボロボロの服が戦闘の苛烈さを伝えるようで痛々しい。僕は無言でジャケットを脱ぎ、彼女に被せた。


「それを羽織ってくれ。長袖だが、上物のジャケットだ。夏でも通気性はいい」


『……えっ』


「嫁入り前の女性が無暗矢鱈に肌を人様に見せるもんじゃない。……というか、僕が耐えられない」


顔を赤くして顔をそむける。市川がぷっと噴き出したのが見えた。


「綿貫さんでも、そんな顔するんですね」


「……君よりは恋愛経験豊富なはずだがな」


「すみません。とりあえず、アムルさんは大丈夫だと思います。魔力はかなり消耗してますけど」


俺は苦笑しながらアムルを抱き寄せた。僕に戦える力がないとは言え、随分な無理をさせてしまった。「すまない」と言うと、アムルは『いいえ』とどこか嬉しそうに返した。


『ワタヌキ様があの魔女を連れてきてくださらなければ、私は今頃死んでましたわ。貴方こそ、私の命の恩人ですの』


「……そうか」


僕は少し後ろで忌々し気に立っているメリア・スプリンガルドを見た。彼女はイルシア兵に取り囲まれ拘束されている。先ほどの脱走の件もそうだが、彼女が依然危険人物であることには変わりがない。

それでも、彼女をこの戦闘に巻き込めた理由は2つある。1つ目がアムルの魔法だ。町田にも説明した通り、彼女の魔法はまだ彼女に効いている。高松にやられたことで、アムルと近い場所にいると彼女の意思に近い行動を自然と取るようになるのだ。あの触手での攻撃は、確かにアムルの意思でなされたものだ。


ただ、それだけではメリア・スプリンガルドはここに来ていない。危機を感じた僕は地下牢に急いで下り、そこにいた彼女と取引をしたのだ。


こちらから提示したのは、彼女の望みである「元の世界への帰還」への全面協力とそれまでの身の安全の確保。その代わりに「彼女の身に危険が及ぶような状況の場合、日本政府に協力する」という条件を持ち掛けた。

制限時間は30秒という極めて短い回答期限もつけた。彼女が承諾の答えを出すまでの30秒間が、いかに長かったか。


これははっきり、一種の賭けだった。断られる可能性の方が高いとも思った。だが、勝算がなかったわけでもない。

メリアは、150年間身の安全を第一に考えてきた。これまで、彼女は圧倒的な存在だった。どんな近代兵器も、彼女の前では無意味だったはずだ。

しかし今日、自分の命を脅かしうる存在がこちらにいることを知った。高松に対する敗北は、彼女の自尊心を深く傷つけたはずだ。その折れた心に付け入るには、こちらの出した「身の安全の確保」という条件が効くと見たのだ。


読みは当たった。あの女は、恐らく生まれて初めてか、あるいは長らく目の当たりにしていない格上の存在に恐怖している。高松がこちらについている限りは、ある程度言うことは聞くだろう。



……問題は、滝川一尉らの死だ。こちらの方が、何倍も厄介になる。



僕は「魔力供給は、少し待ってくれ」とアムルに告げてスマホを取り出す。かける相手は大河内議員だ。

数コールして「もしもし」と大河内議員が小声で出た。会議中か何かなのだろうか。


「今取り込み中だ、後にできないか」


「……緊急案件です。端的に言います。ペルジュードがイルシアに侵入し……滝川一尉ら4人が殉職しました」


「何だって!!?」


スマホの向こうがざわついたのが分かった。少しして大河内議員が「ちょっと待ってくれ、話せる場所に移動する」と告げた。


静かな場所に移ったのか、大河内議員の声のボリュームが上がった。


「本当なのか!?」


「本当です。一応ですが、ペルジュードのうち猪狩一輝と思われる人物を確保しました。もう1名は死亡したはずです」


「……それ以外に被害者は」


「一応はそれだけです。ただ、王城がかなり破壊されました」


「ペルジュードの他の人間が残ってるとか、そういうことはないのか」


僕はしばらく考えハッとなった。確か、以前に少しだけ聞いたことがある。……ノアの同級生の女も、ここにいたはずだ。


「……1人、残ってます。まだこの近くにいるかもしれないっ」


「全力で探せっ!!既にかなりマズいが、これ以上があるとなると相当シャレにならないっ!!明日の会談も破談しかねないぞっ!?」


普段冷静な大河内議員が珍しく取り乱している。僕も正直パニックだ。この事態は、心底恐れていた事態なのだ。

僕は確保されている猪狩を見た。会話の内容が少し聞こえたのか「無駄だ」と日本語で言った。


「何だと」


「無駄だ、と言った。彼女はもう日本にはいないはずだ。べギルの死を感知したはずだから」


「……は??」


「……これ以上は言わない。だが、日本にとって、そしてイルシアにとって本当の脅威は私たちではない。そこを見誤らないことだ」


「……何を言っているっ!?」


猪狩は口を閉ざし、首を横に振った。この男、何を隠している。


「異世界に戻ったというのか。そして、援軍を求めに??」


『それはないと思いますわ』


アムルが割って入った。


『この世界から元の世界に戻るのは相当な負担が要るはず。そして、こちらの世界に来るにしても膨大な魔力を必要としますわ。

モリファスの最高戦力は実質的に彼らであることを鑑みると、大規模な援軍など送ってもそもそもあまり意味がない』


「とすればどこに消えた?」


口にして、おぞましい想像が脳裏をよぎった。……まさか。



「……他国に協力者がいるとでも言うのか??」



その呟きを聞いた大河内議員が「何っ!?」と叫んだ。


「どこまで確からしいんだ、それはっ」


僕は猪狩を見た。奴は目をつぶったまま反応していない。だが、恐らくはそうだ。もし違うなら、もう少し分かりやすい反応をする。


問題は、協力者がどの国かだ。アメリカなら然程問題にはならない。トリシュ・マクドナルド大統領は狂人だが、しかし日本の同盟国であるのには変わりがない。政治的に厄介なことにはなるだろうが、日本を攻めるとかそういうことはしないはずだ。

だが、中国やロシアだとしたら??その時点で話は収拾がつかなくなる。連中は異世界への道を求め、このイルシアに積極的に干渉してくるはずだ。


しかし、どうして異世界の存在を他国が知っている?メリア・スプリンガルドのような異世界からの来訪者が他にもいて、それを匿っているとでもいうのか。


僕は大きく深呼吸した。何かあったと察したらしき町田たちも、僕のそばにやって来ている。


「……分かりません。ただ、猪狩はこれ以上情報を漏らさない気がします。自分の仲間を売ることになりますから」


その時、ノアが僕に何か首飾りのようなものを差し出した。


『これ、べルディアが付けていたものよ。調べれば何か分かるかもしれない』


「しかし調べればって、この世界じゃ魔術とか分かるわけが……」


『私がやりますわ』とアムルが手を挙げた。


『多分、分かるまでは時間がかかると思いますが……恐らく、『転移の護符』に近いものかもしれません。彼はそれを使って逃げようとしてましたから』


『なるほどね。でも転移先とか分かる?この世界の地理なんて、あたしでも分からないし』


「僕が協力しよう」と進み出た。


「やれることはやろう。この国の安全保障という観点からも重要なミッションになる」


僕は首飾りを貰い受けた。見た目は普通だが……一体、これに何が秘められているのだろう。


僕は電話へと戻る。


「すみません、今の会話、聞こえてましたか」


「ノア君たちの言葉はさっぱりだ。だが、何か手掛かりがあるわけだな」


「ええ。僕の方で調べておきます。アムルの力も借りて、なるべく早く」


「頼んだ。とりあえず、差し当たっては犠牲者が出たことをどう処理するかだ。これは俺が引き受ける。また決まったことがあったら連絡を入れる」


大河内議員の言葉で電話は切れた。こちらの世界の人間に死者が出たのはあまりに重い。逃げたペルジュードの女の件含めて、状況は極めて難しくなった。



異世界はロマンあふれる場所ではなく、平穏を乱す脅威なのだと知られた時……世論はどう反応するのだろうか。



僕はスマホの連絡先を検索し、「篠塚まゆみ」の名をタップする。頼りになるのは、世論操作のプロ――PR会社「MSコンサルティング」の社長である彼女しかいない。



第7章 完



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