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『一つ、頼まれてはくれないか』
俺は目の前にいる男に告げた。もはや顔も何も分からないほどぼんやりとしているが、俺はこいつが俺たちと戦った男であることを直感していた。
そして、俺の意識を取り戻したのも恐らくこの男だ。あのまま死なせてくれればよかったものをと思ったが、「人間として死なせてやりたかった」との言葉に思うところはあった。
俺は、長年化け物扱いされていた。隊長——ムルディオス・べルディアと出会うまでは。
*
俺の生まれはメジア南部「暗黒山脈」の近くの集落であった、らしい。暗黒山脈を越えた先に何があるかは、誰も知らない。別の大陸があるとも、魑魅魍魎が跋扈しているとも言われている。
暗黒山脈の魔素は濃く、人間は立ち入れない地域だった。その麓に住まうのは、オーガやゴブリン、イークといった未開の種族ばかりだ。狩猟生活が中心だが、獲物が取れなくなると少し離れた人間の集落を襲っては凌辱し略奪し何とか食い扶持を繋ぐ。そういう種族だ。
俺はオーガの父と人間の女の間に生まれた。普通、凌辱された女がそのまま子供を産むことはない。性処理の道具として使われ、最終的には殺されるのが普通だからだ。
だが、何を考えたのか父は母と番になり、母は俺を生んだ。どういう理由かは分からない。その真意を知る前に、両親は群れに粛清されたからだ。
本来なら「忌み子」として俺も殺されるはずだった。だが、まだ幼かった俺は生き延びた。激しい暴力を浴びてなお、俺は生還したのだった。
生まれ持った魔法の才が、俺を助けたのだ。
どんなに傷を受けようと、即座に回復し再生する。それは俺が無意識に使っていた魔法だった。母がどういう立場の人間かは知らないが、多分母からの遺伝なのだろう。
そして、俺が回復する様を見た群れの連中は、俺を「悪魔の子」と呼び恐れるようになった。死んでも死なない「不死のべギル」。それが俺の異名となった。
集落を追放されても、行く場所などなかった。何せまだ3歳かそこらのことだ。本能のままゴブリンやオークの集落を訪れ、食糧を奪い、時には殲滅させた。そうやって数年を生き延びてきた。
家族も友も、俺にはいなかった。このまま「怪物」として生きていくのだろうとぼんやりと思っていた。
転機は8歳の時に訪れた。調査に訪れたモリファス帝国の人間が、俺を捕縛したのだ。
その男はあまりに圧倒的だった。その魔法の才は俺の比ではなく、なすすべなく捕らえられた。このまま殺されるのかと思ったが、その男は穏やかな笑みを浮かべてこう告げたのだった。
『面白いな君は。調査対象としては実に興味深い』
その男こそ、「大魔卿」——ギルファス・アルフィードだった。
*
アルフィード卿に「保護」された俺は、軍人となるべく徹底した教育を受けさせられた。昼も夜もなく、俺は座学と訓練に明け暮れさせられた。
同時に、俺はアルフィード卿の様々な「検査」を受けさせられた。生物としての俺の特性を知るためであるらしい。そこで人間扱いされたことはなかった。いわば「兵器となり得る怪物」を、奴は育てていたに過ぎない。
モリファスの領土拡大のために、俺は何度も駆り出された。矢を受けても槍を受けても、決して倒れることのない不死の巨人。俺は敵からも味方からも恐れられる「怪物」として名を轟かせるに至っていた。
怪物扱いのままでいい、と俺は無意識のうちに思っていた。どうせ俺を人間として見てくれるような人物など現れない。それは絶望にも似た諦観だった。
転機は、3年前に訪れた。帝国特殊任務部隊「ペルジュード」の結成と、その隊長であるムルディオス・べルディアとの出会いだ。
「怪物」だった俺を、隊長は最初から人間として遇してくれた。無茶な命令はせず、酒を酌み交わし、常に俺の身を案じてくれた。
隊長は別に俺を特別扱いしていたわけではない。隊員全員に分け隔てなく気を配っていた。そうであっても、俺にはそれがたまらなく嬉しかったのだ。
そして、それは隊長以外の隊員も同じだった。皆、何かしらの理由で群れから孤立していた連中ばかりだった。魔族との混血であるエオラ、小人族のヴェスタ。国内政治に敗れた貴族一族のラヴァリ、そしてその婚約者のプレシア。全員、モリファスの中枢にいる人間からは疎まれる立場だった。
隊長自身も「転生者」であり、元のムルディオス・べルディアとは大分違った人格となっているらしい。その圧倒的な「才」でアルフィード卿の信頼を勝ち取ったとされているが、俺には真相はよく分からない。
とにかく、「ペルジュード」は俺にとって初めてと言っていいほどの居場所だった。家族であった、とも言っていい。だから、俺はその居場所を守るためなら何でもやった。自分の身を犠牲にしてでも、だ。
俺にとってモリファスなどどうでもいい。ただ、「ペルジュード」のために……隊長のために何かをしたかった。それが、俺がこの世界に来た唯一にして最大の理由だった。
*
そして今、俺の命は尽きようとしている。隊長はモリファスを救うことを心より願っていた。いや、厳密にはそこにいる家族を救おうとしていた。
それは功名心とか権力欲とか、そういうものによるものじゃない。あのアルフィード卿のように、何か底知れぬ意図を以てやろうとしていたわけでもない。純粋に、隊長はそれだけのために動いていた。
俺はその想いに報いたかった。だが……全ては失敗に終わった。
ならばせめて、この願いだけはこの世界の人間に伝えよう。俺が、「人間」として生きていたことの証として。
『隊長を……生きてモリファスまで連れて行ってやってくれ』
男はしばらく黙った後『分かった』とメジア語で告げた。俺はふっと笑う。
隊長があの戦闘で何をやったかは知っている。「魂を燃やす」という禁じ手を使った。もう寿命もそうはないだろう。
だからこそ、あの人の最期は愛する人の側であってほしかった。そして、その願いは叶えられるべきだ。あの人もまた、俺と同じなのだ。あの人もまた、人間であることにずっと飢えていた。
意識が遠のいていく。俺は多分、ほとんどの人にとって「怪物」のままだったのだろう。だが、最期の最期に「人間」に戻れた。
それは残酷なことなのかもしれない。だが、不思議と怒りはなかった。むしろ、何故か俺は俺を殺したこの男に感謝すらしていた。それが可笑しくて、笑いがこぼれた。
『……ありがとう』
それが俺、ベギル・ウルスラの最期の言葉になった。




