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ド田舎無職の俺の近所に異世界の国が引っ越してきた件  作者: 藤原湖南
第1章「衆議院議員 綿貫恭平」
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1-1


「お疲れ様でしたっ!!」


僕は走り去るプレジデントに、大声で、深々と一礼した。ただ飯を食って酒を飲んだだけというのに、酷く疲れている。

頭を上げると、ポンと肩を叩かれた。浅尾派の一員で次の大臣ポストが近いとされる、大河内尊議員だ。


「君こそお疲れ。一年生にしてはまずまずだったな。声が少々大きすぎる以外は」


「はは……経団連会長の接待がこれほど神経をすり減らすものとは思いませんでしたよ。機嫌を損ねるわけにもいかず、かといってつまらない奴だと思われないよう立ち回るのは……」


「いや、流石は綿貫家のプリンスだ。YouTubeでブイブイ言わせているから先方も警戒していたが、なかなか気に入られてよかったじゃないか」


「僕なんて大したことはないですよ。大河内さんこそ、見事なアテンドぶりでした」


「俺は慣れてるだけさ。『オヤジ』に随分鍛えられたからな」


大河内議員は当選4回の中堅だ。神奈川西部に地盤を持つ2世議員で、若手からの信望はそれなりに厚い。僕も世話になっている。

スマホをちらりと見た。会食中は見ることができなかったから、随分と履歴がたまっている。そのほとんどが後援会やら若手勉強会からの連絡だ。着信履歴もある。川越の商工会議所の会頭と……町田智弘?


「どうした、何か珍しいものを見たような顔をして」


「いや、昔馴染みからの着信があったもので」


「金貸しや出資はやめとけよ。マスコミがすぐに嗅ぎ付ける。今の政治家はクリーンじゃないといけないからな。必要以上に」


大河内議員は苦笑する。この前の選挙で、民自党は随分議席を減らした。だからこそ、スキャンダルを警戒しているのだろう。


もちろん、政治家たるものクリーンなだけではやっていけない。父親を見てそれは学んでいた。政策論で強くても、選挙に勝てない政治家は少なくない。結局、いかに地元に金と富を落とせるかなのだ。

ただ、今はそれがやりにくい時代になった。下手に動けば、マスコミだけじゃなくSNSでも噂は一気に拡散される。この前の選挙の大敗も、ある女性議員がぽろっと小口の企業献金を漏らしたことから始まっていた。


代わりになるものは、セルフプロデュースだ。いかに「キャラを立たせるか」。高い知名度は諸刃の剣だが、上手く使えばこの上ない武器になる。

だからこそ、僕はYouTubeに積極的に出るようにしていた。炎上しないように、かつ目立つように立ち回るのは相当に難しい。PR会社の力を借りてもなお大変だ。

ただ、幸いなことに当選から3年間は上手く行っている。おかげで、一年生ながらも財界要人の接待などの重要な役割を与えられるようになり始めていた。


僕はスマホをしまい「心得てますよ」と笑った。大河内議員は少し険しい表情になる。


「まあ……君の場合は目立ち過ぎて変に恨みを買わないようにすることの方が重要かもな。実際、悪しき先例はあるし」


「城島雄大、ですか」


「そういうことだな。まあ、アレと違って君の主張は全うだが。左派連中には毛嫌いする人間もいるし、気を付けた方がいい」


2013年に暗殺された、進民党の奴か。あんな過激なパフォーマンスをするつもりは毛頭ないが、この景気悪化のご時世は警戒した方がいいのかもしれない。


料亭の前に黒塗りのレクサスが来た。これは僕のではなく、大河内議員のものだ。


「帰られるんですか」


「ああ。これがうるさくてね」


苦笑しながら右手の小指だけをピンと立てる。大河内議員は独身だが、女遊びは激しいと評判だ。マスコミに警戒するのは彼の方ではないかと思ったが、「自由恋愛だしちゃんと全員平等に愛しているから問題はない」のだそうだ。

レクサスに乗り込み去っていく大河内議員を見送ると、赤坂の料亭「浅葱」には僕だけが残った。時間は21時半。どこかのバーで飲み直すには丁度いい時間だが、不思議とそういう気分にはなれなかった。


第一秘書の郷原が運転するレクサスがやってきた。僕はその後部座席に乗り込む。


「どちらまで行かれますか」


「……とりあえず川越の自宅に向かってくれないか」


「かしこまりました」


郷原は何も言わずに車を首都高へと走らせる。親父の頃から仕えている老秘書だが、それだけに立ち回りは実にこなれたものだ。僕の頭が上がらない人物の一人でもある。


スマホを再度手に取る。町田か……井菱商事の同期だった奴だな。同期の中では一番マトモな奴だった記憶がある。社内政治に興味を示さず、自分の理想を追い求めるような男だった。

ああいうタイプは出世はできないと思っていた。ただ、妙に話は合った。だから、親父の後を継いで会社を辞める時も、同期ではまずあいつに話したぐらいだった。

僕が会社を辞めてすぐに、あいつは過労で死にかけたと聞いた。見舞いにも行ったが、まるで別人のように心身は弱り、衰えていた。愕然としたのを、よく覚えている。


その時、僕の知っている町田智弘は「終わった」のだと察した。それ以来、奴とは連絡を取ってない。


そんな奴が、今更僕に連絡?どうにも妙だ。

風の噂で、奴は2年前に父親が住む秩父の実家に戻り、引きこもっていると聞いた。大河内議員の言う通り、金の無心だろうか。はたまた、成功の見込みのない起業で出資を頼みにきたか。


僕は首を捻った。僕が知る町田は、どちらもしそうにない人間だ。心がぶっ壊れて人格が破綻したのかもしれないが、少なくとも過労死寸前になる前の奴はそんなことはしない。

留守電にメッセージが残っていたので聞いてみることにする。聞き始めて、僕の疑問はさらに膨らんだ。


「綿貫か。忙しいところすまない。町田智弘だ。覚えてもらっていたら光栄だ。

少し、君に頼みたいことがある。極めて重要な案件だ。

君の政治生命にとっても、恐らく大きな話になると思う。君に会わせたい人間もいる。胡散臭いと思うかもしれないが、一度連絡をくれ」


……何だこれは。一体何が言いたいんだ。


何かの宗教絡みか?心が壊れた人間がすがるのは、まずは宗教だ。真面目な町田が新興宗教に走るのは、あり得ない話じゃない。

ただ、それにしては町田の声はしっかりとしていた。何より「政治生命にとって重要」と言っている。何かがおかしい。確実に言えるのは、町田に何か異変があったらしいということだ。


少し興味が湧いた。立ち直っているなら、それはそれで面白い。そんな奴がどんなネタを持っているのか、話だけは聞いてやるとするか。


通話ボタンをタップすると、すぐに町田が出た。


「もしもし」


「町田か!!随分と久しいな、身体は治ったか!?」


思わず声のボリュームが上がってしまった。テンションが上がるとつい大声になるのは、僕の悪い癖だ。


町田は「相変わらずだな」と笑う。


「完調一歩手前という感じだ。やっと働けるかもしれないぐらいには戻ってきた」


「そうか、そりゃ何よりだ。で、何で僕に電話を?政治生命にとって大きな話とは、随分大きく出るじゃないか」


「……大袈裟じゃない。というより、日本、ひいては世界にとっても重大事になりかねない話だ」


町田の声のトーンが少し下がった。どうにも、少し緊張している感じがする。


「何だそれは。変な宗教の陰謀論なら、すぐに切るぞ。そして君とは永久に連絡を取らない」


「陰謀論でも何でもない。間違いなく、100%の事実だ。俺はこの目で確認した」


「勿体ぶるなよ。一体何だって訊いている」


少しの間を置いて、町田が口を開いた。



「俺の実家近く——埼玉県秩父市に、異世界から国が丸ごと転移してきた」



その言葉を聞いた瞬間、脳が処理を拒否した。異世界?何を言ってる??



僕は思わず大声を出した。


「はあ???引きこもり過ぎて、遂に頭がイカレたか??まさかその年になって、なろう系小説を読み漁って現実と虚構との区別がつかなくなったか??」


「だとよかったんだけどな。残念ながら、俺は正気も正気だ。これは間違いなく事実だ。その証拠に、今隣に異世界人がいる。国の写真も撮ってきた」


「下らん、もう二度と話さん」と口に出そうとして僕は思いとどまった。町田は冗談や酔狂でこんなことを言う人間じゃない。

そして、頭がおかしくなったにしては会話もできている。これは3年前に倒れた直後の、弱り切ったあの町田じゃない。僕が知っている町田だ。

……もう少しだけ話に付き合ってやってもいい気がする。


「一度電話を切る。その写真を見せろ」


「分かった。ツールはLINEでいいか?」


「問題ない。もしふざけているなら、金輪際電話しないからな」


電話を切ってすぐにLINEが送られてきた。添付された画像を見て、僕は思わず黙り込む。


「……どうかされましたかな」


異変を察したらしい郷原の言葉に、僕は無言で首を横に振る。


「……何でもない」


車は首都高から外環道に入った。流れる街の灯を見ながら、僕は考え込んだ。


画像に映っていたのは、白亜の城だ。千葉浦安にある某テーマパークの城に少し似ているが、年季がまるで違う。こんな城は、日本にあっただろうか。

そこに至るまでの通りも画像に収められていた。槍を持った中世の鎧姿の男たちが映っている。そのうちの2人の耳は、不自然に尖っていた。……まさか異種族とか言うまいな。


生成AIが発達したこのご時世だ。フェイク画像なんて、小学生でも簡単に作れる。町田が送ってきたこれらの画像も、フェイクと考えた方がずっと自然だろう。ただ、僕の勘がどうにもおかしいと囁いている。

わざわざ生成AI産のフェイク画像を見せて、僕に信じ込ませようとして何の得がある?それで僕から金を巻き上げることなんてできるはずがない。少なくとも、町田が正気ならそのぐらいのことは分かるはずだ。



とすると、残る可能性は1つ。その結論に思い至って、僕は戦慄した。



「……本物だというのか……??」



そう、本物なら筋は通る。そして、もしそうなら確かに日本どころか世界中がひっくり返る重大事だ。

だが、何故警察に知らせない?真っ先に僕に連絡してきた意味は何だ??


僕は大きく深呼吸する。考えてみれば、こんなものを世間に知られたら最後、世界中が秩父に殺到するだろう。それを避けたいから、僕に連絡してきた。

そして、留守電で僕の政治生命にとって重要だと言った理由も察した。奴は、この情報を僕に独占させたがっている。



とすれば……これは絶好機だ。僕が最短距離で総理の座に就くには、この僥倖を逃す手はない。



思わず口の端が上がる。政治にとって最も重要なのは、情報と権益だ。それを独占し、他者に渡さない人間が結局は勝ち残る。

そして、その情報や権益は他者が簡単に手に入れられないものであればあるほどいい。中東の産油国がある程度の政治力を大国に行使できるのは、その一例だ。


そして、町田は……それを僕に渡すと提案しているのだ。


どうして町田がそんなことをしようとしているのかは分からない。奴は私欲があまりない人間だが、損得勘定はちゃんとできる人間だ。無論見返りは求めるだろう。

だが、多少の要求なら喜んで呑もう。こんなものを逃していたら、政治家とは呼べない。


僕は4年前に死んだ父を想った。父――綿貫信平は、総理の座までもう少しの所まで来ていた。もしコロナで倒れて逝かなければ、間違いなく天下の大宰相となっていたはずだ。

僕が井菱を辞めたのも、父の遺志を継ぐためだ。そして父の地盤を継いで、何とか当選にこぎつけた。だが、普通にやっていては国の中枢まで辿り着くのは数十年かかる。70を超えても末席の大臣ポストが精々かもしれない。

血筋がよく、頭もまずまず切れる大河内議員ですら、40後半でやっと閣僚に滑り込めるかどうかなのだ。僕が上に上り詰めるには、運と根性と智慧を全て使うしかない。



そして、町田の電話は……その中で最も重要な運を運んできたものかもしれない。それも、超特大の運を。



僕は急いでスマホをタップし、通話履歴から町田に電話を掛ける。すぐに、奴は出てきた。


「俺だ。納得してもらえたか」


「納得はしてない。ただ、興味は湧いた。明日にでもそっちに行きたい、1500でいいか」


明日の予定は、幸いなことに比較的空いている。川越商工会議所の会頭とのランチミーティングを済ませれば、秩父には向かえそうだった。


一拍置いて、町田が返事をする。


「分かった。俺の家の住所を言うから、メモをしてくれ」


急いでタブレットを取り出し、そこに書き込む。町田は住所を伝え終わると「……心底恩に着るよ」と告げた。


「恩?どうして恩になるんだ」


「明日、俺の家に来てもらえれば分かる。お前にもイルシアの現状を見てもらいたい。俺がお前に何を求めているか、何をしてもらいたいかが分かるはずだ」


「……よく分からんが、とにかく明日1500だな」


「ああ、よろしく頼む」




結論から言えば、奴の電話は超特大の運を確かに運んできた。

だが、それはとてつもない厄介事も同時にもたらした。この時の僕は、それをまだ知らない。



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