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ド田舎無職の俺の近所に異世界の国が引っ越してきた件  作者: 藤原湖南
第4章「『汎調』准委員長 ユウジ・タカマツ」
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4-9


岩倉警視正への報告を終え、池袋から秩父の自宅に帰り付いたのは22時になろうかという頃だった。流石に疲れがドッと出た。とっとと風呂に入って寝たい気分だ。

ノアは帰りの車でずっと寝ていたが、家に着いてもうとうととしている。魔力欠乏症とやらの症状ではないのだろうが、彼女も早く寝かせた方がいいのかもしれない。


高松とはあの後すぐに別れた。警察に彼を紹介しようと思ったのだが、「もう少し待ってくれ」と断られた。ペルジュードの連中に一旦コンタクトを取りたいらしい。

俺たちも警察も彼らに接触できない以上、ペルジュード説得における頼みの綱は彼だけだ。「連中に明日中は動かないように伝えてみる」という。

鍵は「エリクシア」の成分分析だ。量産や代替品のメドが立てば、ペルジュードの暴走リスクは一応は収まる。ただ、本当にそうなるかは現状分からない。一種の賭けに近いとも言えた。


風呂にお湯を張ろうとした時、スマホが震えた。綿貫からだ。


「もしもし」


「僕だ。夜遅くすまない。時間いいか」


「何かあったのか?」


声のトーンから一大事があったと知れた。俺はスマホを持つ手を左手に持ち替える。右手にペンを取り、メモを取る準備をした。


「『田園調布の魔女』に会って来た。いいニュースと悪いニュースがあるが、どちらから聞きたい?」


「お前が言いたい方からでいい」


「分かった、じゃあいいニュースからだ。魔力供給のメドが立つかもしれない」


「本当か!?」


思わず大声が出た。向かいで寝そうになっていたノアがビクっとなる。


「ああ。『田園調布の魔女』の付き人から薬をもらった。代々受け継いできた薬らしい。それを飲めば多少は魔力供給の際の消耗が押さえられる」


「試したのか」


「一応。キス程度なら耐えられるぐらいだ。それ以上は自信がないが」


綿貫はアムルを家に連れて行ったとは聞いている。噂の「魔女」対策という意味合いもあると言っていたが、早速魔力供給の必要が生じたらしい。

ただ、間違いなく朗報なのにも関わらず、どうにも綿貫の声が暗い。何かあったのだと、俺は察した。


「悪いニュースは」


「『魔女』は慢性的な魔力欠乏症だ。多分、寿命はそう長くない。それだけならいいが……」


「『死病』か」


ゴクン、と俺は唾を飲み込んだ。ノアもただならぬ様子に気付いたらしく、『どうしたの』と声をかけてくる。


「そうなるのが最悪のシナリオだ。そして、問題はもう一つ。……薬を渡される条件に『彼女を元の世界に帰すこと』がつけられた。付き人からも、そこは念を押された」


「それぐらいなら問題ないだろ」


「いや……あの『魔女』は……僕の親父の、仇だ。気に食わない人間を、それとなく殺していたようだ。親父も、あいつに生命力を吸われた末にコロナに罹ったみたいだ」


綿貫にしては本当に珍しく、声が震えている。そんなことがあったとは。

そして、「魔女」と手を組むのは難しそうだと俺は判断した。仮に元気にさせても、自分の思い通りに事態を動かしたがる人物だろう。上手く騙すか、あるいは力づくで押さえ込まないといけない。


「厄介だな……付き人はどんな人間なんだ」


「20ぐらいの若者だ。もう少し若いかもしれない。『魔女』と比べれば大分話が通じると思う」


「そこから何とかするしかないか……大河内議員に連絡は?」


「してない。明日にでも話そうかと思ってる」


睦月からは、大河内議員が明日秩父に来るらしいと連絡を受けていた。実の所、大府集落の人間も異変に徐々に気付き始めているらしく、本格的に行政との調整が必要になり始めたのだ。


今晩の一件で、大河内議員がこっちに完全についてくれるかはかなり重要になった。確か彼は、「魔女」と面識があるらしい。今後は彼を通して交渉を進めるのが筋な気がする。

問題は、狂人であろう「魔女」を恐れることなく大河内議員が動いてくれるかだ。綿貫の言葉を信じるなら、「魔女」は恐怖で人々を動かしてきた人物であるようだった。

「魔女」は日本に様々な貢献をしてきたらしいが、綿貫の父である綿貫信平を殺したのが本当なら、とても真人間とは言えそうもない気がする。大河内議員がどこまで彼女のことを知っていて、どれだけ恐れているのか。それは今の状況では分からない。


綿貫からその他諸々の説明を受け、俺は電話を切った。ノアが『何を話してたの』と訊いてくる。「念話」は相手がごく近くにいないと発動しない。だから、電話での会話は彼女をもってしても理解できないのだ。


一通り話した内容を説明すると、ノアが『うーん……』と唸った。


「何か問題か?」


『……魔力欠乏症対策は、多分それじゃ足りないと思う。トモが今言った薬は、『エリクシア』の代替品にはなり得ないから』


「というと?」


『『エリクシア』は魔力補給のための応急処置薬なの。それが増える分にはいいけど、根本的解決にはならない。

そして、トモが言った薬は多分『ソルマリエ』ね。イルシアで使っている人は見たことないけど、セルフィの国では一般的と聞いたわ。魔力供給をする人間が事前に飲むことで、消耗を防ぐ薬がそれ。多分、ワタヌキがもらったのはそれとほぼ同一の薬だと思う』


「それで十分じゃないのか」


ノアが首を横に振った。


『トモも薄々分かってると思うけど、魔力を供給できる人間は限られてるの。それも、人によって相性がある。相性が合う人をみつけて、なおかつその薬を飲ませないといけないけど、それってかなり厳しいわよ』


「……相性が合う人間がいるかがネックなのか」


『そういうこと。それに、『ソルマリエ』もずっと使えるわけじゃない。微妙に毒なのよ。だから、寿命を削りながら魔力供給をすることになる。実際その付き人の子って死にそうなぐらい消耗してたんでしょ?』


「……結局、問題の先送りってことか」


『申し訳ないけど。ただ、ペルジュードへの交渉材料にはなるかも。連中にとって大事なのは、目先のことだから。ペルジュードの誰が死んだのかは分からない。ただ、それで相当焦ってるのは間違いないわ。

これ以上の犠牲者が出るのを防げる手段を提供できるなら、連中もそれを恩義に感じるはず。少なくとも、べルディアは話せない人間じゃない』


俺は頷いた。戸籍もスマホも持たない高松との連絡手段は限られているが、幸い彼が「生前」に作ったツイッターのアカウントがあるらしい。そこに今の話をDMで流しておくことにした。


風呂を洗いお湯を入れていると、ノアが少し神妙な顔で『ちょっといいかしら』と声をかけてきた。


「どうした?」


『ずっと考えてたの。あたしがこれまで、そこまで消耗しなかった理由』


「結構ノアも疲れてるだろ。現に睡眠時間は長いし、量も食べてるし。それで補っているんだとばかり」


『それはあるわ。でも、トモも不思議だと思わない?あなた自身が、結構動けてることに』


「いや、それは普通……」


いや、違う。俺は心筋梗塞からの病み上がりだ。体力が大分戻ったとはいえ、まだ本調子とは言えなかったはずだ。

だが、ノアと会ってから相当無茶なスケジュールで動き回っているにも関わらず「普通に疲れている」程度で済んでいる。商社時代の俺ならともかく、病気をした後の俺が耐えられるはずがない。


言葉に詰まった俺を見て、ノアが『やっぱり……』と考え込んだ。


「何がやっぱりなんだ?」


『前にも言ったと思うけど、『魔紋』を見た人は魔力と生命力、そして魂をも共有してしまうの。『魔紋』自体は魔力を増幅させるためのものだし、あたしたちイルシアの魔導師の中には望んで刻んでいる人も何人かいる。

ただ、その副作用はあまりに大きいわ。伴侶と決めた相手の魔力も上乗せして使えるという利点もあるけれど』


「ノアは自分で望んで付けたのか」


『あたしの場合は……先代様の指示だったみたい。理由は分からない。あの方の真意は、誰にも分からなかったから。

それはともかく。トモは多分、『魔紋』の一部を見てしまってる。その結果、一部とはいえ魔力と生命力を共有してしまっている。それが消耗が少なかった理由かもしれないわ』


「……!!そういうことなのか」


コクン、とノアが頷いた。


『つまり、魔力供給の問題を完全に解決するには、『魔紋』をイルシアの人たち全員に刻み、かつこの世界の誰かにそれを見せればいいんだと思う。あたしの推測が正しければ、だけど。

『魔紋』を刻むこと自体は、別にそこまで難しくはないわ。だから、これを実行に移すことは不可能じゃない』


「だが、命まで共有するんだろ?」


『……そう。それだけの覚悟があたしたちと、こっちの人にないと難しいと思う。何より……そう言ってるあたしだって覚悟がないんだから』


沈黙が部屋に流れた。彼女が言わんとしていることは、何となく分かる。彼女の「魔紋」は下腹部付近にあった。それを全て見せることがどういう意味を持っているのか、分からない俺じゃない。


この数日、ノアと過ごしてきて彼女の人となりは段々と分かってきた。少しずつだが、彼女に女性として惹かれているのも自覚はしていた。

ただ、そういう関係になるのには、まだあまりに早い。そのぐらいはノアも理解しているのだろう。


「……分かった。とりあえず、その案についてはおいおいだな。今はまず、イルシアと政府とのコネクションを作ることと、ペルジュードの対策。そこに専念しよう」


『……うん』


ノアの表情が嬉しそうにも、悲しそうにも見えたのは気のせいだろうか。恋愛経験が睦月としかない俺には、彼女の正確な心情はよく分からなかった。


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