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ド田舎無職の俺の近所に異世界の国が引っ越してきた件  作者: 藤原湖南
第4章「『汎調』准委員長 ユウジ・タカマツ」
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4-8

すぐに首を絞めてやろうかと思う衝動を、僕は必死で押しとどめた。多分、そんなことをしても全く意味がない。返り討ちにされるのがオチだ。


……堪えろ。今は私情より、大義だ。ここで僕が動いてしまったら、1000人、あるいはそれ以上の人が死ぬ。


政治家の仕事は、人命を守り幸せな暮らしを作り出すことだと親父は言っていた。だから、僕がすべきなのは……怒りと殺意を、自分の中に留めることだ。


「……本当に、それしかないのですか」


絞り出すように言うと、「魔女」は『ほう?』と面白そうに言った。


「そこの柳田という青年は、死なずに生きています。私には魔法のことはよく分からない。ただ、貴女には何度も魔力供給をしているはずです。つまり、それを耐えられる何かがある」


『……聡いのお。実に聡い。じゃが、それを教えるには条件が2つある』


「……条件?」


『第一に、妾を動ける状態にすることじゃ。妾は歳を取り過ぎて動けぬ。じゃが、十分な魔力の供給があれば、あるいは動けるようになるかもしれぬ。そして、その上で第二の条件じゃ』


「魔女」がニタァと気持ちの悪い笑みを浮かべた。



『妾を、『元の世界』に戻してほしいのじゃよ』



「元の世界に、戻る??」


僕の言葉に、「魔女」が『その通りじゃ』と返した。


『イルシアとて、ここに定住するつもりでもあるまい?ましてこの魔素の薄さじゃ、長居はできまいて。つまり、元の世界に帰る手段を持っているはずじゃ。そこに妾も同行させよ』


これは僕の一存では決められない。何より、「魔女」は自分の気に食わない人間を親父のように病死に見せかけて殺せる危険人物だ。そんなのと手を組むなんて、許されるのか?

だが、もし僕がここで断れば多分僕は殺されるだろう。……どうする。


『返事はどうじゃ。早くせよ』


まずい。留保の時間など、この女は与えてはくれない。

僕は目をつぶった。どうすればいい。どう答えるのが正しいんだ。


考えた挙句、僕は絞り出すように答えた。



「……どうして帰りたいんですか」



「魔女」が嘲笑う。


『決まっておろう?妾の生きるべき世界はここではないからじゃ。これまでのことは、世話になったただの恩返しにすぎぬ』


「その帰るべき世界が、なくなりつつあるとしてもですか」


『……何??』


……効いた。


町田からは「異世界」が大変な危機にあることを聞いていた。だからこそペルジュードは「御柱」を拉致し、連れ帰ろうとしているのだ。

そして、そこまでの事実をこの女は知らない。揺さぶりになると咄嗟に判断したが、やはりその通りだったか。


「向こうでは、魔力欠乏症に端を発する『死病』なる病気が蔓延しています。それだけではなく、『穴』と呼ばれるものが発生し、国々を飲み込みつつあると。それも2つです。

貴女の帰還の手助けをするのはいい。ただ、そこにどれだけの意味があるのかはやや疑問です」


「魔女」の表情が、虚ろな物に変わった。


『……よもや……150年前と同じことが……!?』


「150年前??」


『お主が知ることではないっ。……そんな、馬鹿げたことがっ……グフッ』


「魔女」が急に苦しそうな表情になる。息が荒くなった彼女を見て、「メリア様っ!!」と柳田がベッドに駆け寄った。


「何があった!?」


「魔力切れの発作ですっ!!今すぐ補給しないと……」


柳田は長手袋を外し、ナイフを取り出すと指を切った。そして、それを彼女の唇に当てるとそのままベッドに突っ伏す。市川の時と、似たような状態だ。


「君っ、大丈夫かっ!?」


「……あまり、大丈夫では、ないです」


「魔女」の呼吸は落ち着き、静かに寝息を立て始めている。柳田の指には無数の傷痕があり、その多くはまだ真新しかった。そのおぞましさに、思わず一歩引いてしまう。


「とても大丈夫には見えないぞ?さっき彼女が言っていた、魔力供給を耐える手段は……」


「……もう、使ってますよ。でも、足りない」


ヨロヨロと柳田は物入れに向かい、そこから瓶を取り出した。そこにはびっしりと黒い丸薬が入っている。

蓋を開け、一粒だけ取り出すと柳田は「がはっ」と苦しみ始めた。


下から階段を誰かかが駆け上がる音がする。そして、扉が開かれた。


『ワタヌキ様っ!?』


「アムル!?落ち着けっ」


僕はアムルを制すると、柳田の様子を見た。段々と彼の呼吸が落ち着いてくるのが分かる。


「本当に、大丈夫なのか??」


「……ええ。でも、ボクもこのままじゃ多分もたない。『発作』が、段々短くなっていってるんです」


「『発作』?」


「……多分、寿命なんだと思います。メリア様は、もう200歳を超える御高齢なんです。ボクら一族は秘伝の仙薬を飲んで、メリア様の魔力供給に耐え続けてきました。ですが、一族の寿命はどんどん短くなっていってる。

そしてメリア様が生き続けようと思うと、ボクの命は削られる。……詰んでるんですよ」


「逃げればいいじゃないか」という言葉を、僕は飲み込んだ。それは2つの意味で不可能だ。まず、恐らく柳田家は「魔女」の庇護を生業にしている。逃げるという選択肢はあり得ない。

そして、逃げれば彼女に「死病」が発症するかもしれない。「逃げ」は最悪の選択なのだと、すぐに悟った。


「ちょっと、これを借りていいか。数粒でいい」


柳田から瓶を取り上げる。「えっ」と彼が声を出した。


「量産可能か、成分分析にかけたい。上手くすれば、イルシアの方は目先何とかなるかもしれない。君の方も、何とかできないか頑張ってみる」


柳田は力なく頷いた。こちらもこちらで放置はできない。だが、優先すべきなのはまずイルシアだ。


「また近いうちに来ると思う。その時まで、耐えてくれ」


僕はアムルと共に部屋を去った。柳田の嗚咽が、遠くに聞こえた。



帰りの車内は、重い沈黙に包まれていた。「魔女」の正体が、親父の仇とは正直思わなかった。

だが、彼女を見捨てるわけにもいかない。それはそれで破滅的な事態を引き起こしかねないのだ。


そして、もう一つ気がかりなことがあった。……アムルだ。


「アムル、身体の調子は」


『……はい。何とか』


嘘だ。発汗が著しい。隣に座っていても、熱を感じるほどだ。これが魔力欠乏症の症状だと、僕は知っていた。

彼女は柳田からかけられた「呪縛」という魔法の解除に全力を使ってしまっていたらしかった。元々「燃費が悪い」と言われていたのもあって、一気に魔力が枯渇してしまったのかもしれない。このままだとマズいことは、一目瞭然だ。


手元には柳田から預かった丸薬がある。全て合わせて5粒。うち少なくとも1粒は解析に回さないといけない。

これを彼女に飲ませればいいのだろうか。……いや、何か違う。柳田はこの薬を「魔女」に飲ませず、自分で飲んでいた。つまり、これは魔力を補給するためのものじゃない。補給する側が飲むことで、自分の魔力を増幅なり何なりするためのものだ。


僕は意を決して、そのうちの1粒を口にする。酷く甘く、苦い香りが広がった。思わず吐いてしまいそうになる。だが、それを耐えて何とか飲み込む。

そして、僕はアムルの唇に自分のそれを重ねた。



『んんっ!?』



その刹那、激しい脱力感が僕を襲った。意識が飛びそうになる。だが、何とか耐えた。胃の辺りからの激しい熱が、僕の意識を呼び戻したのだ。

30秒ぐらい、そうしていただろうか。アムルが舌を僕に絡め、キスは情熱的な物へと変わっていった。


「れるっ……ぷはっ!?な、何だいきなりっ!!」


『ありがとうございますわ……お蔭で、随分と楽になりました。やっと決心がついたのですね』


「決心とかそういうんじゃない。見過ごせなかっただけだ」


『うふふ』と嬉しそうにアムルが笑う。思わず、鼓動が早くなるのを感じた。


『やはり、貴方を選んだ私の勘は間違いではありませんでしたわ。最高に甘美な精気を頂きました』


「……そりゃどうも」


キスによる魔力供給のせいか、身体は酷く疲れている。耐えられないレベルじゃないにせよ、柳田が示唆していたように当座しのぎでしかないのかもしれない。いつかは彼女が僕を「吸い尽くす」ことになるのかもしれない。

ただ、僕に身を寄せるアムルの重みと体温——そして笑顔は、十分に心地いいものではあった。彼女は僕を「餌」としかみていないのだろう。僕も彼女のルックスに惹かれているだけに過ぎない。


それでも、この瞬間は決して悪いものではない。そう思ってしまったのだった。



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