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ド田舎無職の俺の近所に異世界の国が引っ越してきた件  作者: 藤原湖南
第3章「開城高校3年生 市川朝人」
33/200

3-2


朝10時前。朝食を食べ終え一通りの家事を済ませた俺は、タンスからスーツを取り出した。これを着るのは、2年ぶりだろうか。

これから霞ヶ関に向かわねばならない。岩倉氏とは綿貫との電話後に連絡済みだ。既に事情は大河内議員を通じて知っているらしく、13時から時間を取ってくれるという。


『トモ、そろそろ行かなきゃいけないんじゃない?』


居間からノアの声がした。彼女は既に着替え終わっている。正装などないから黒を基調とした子供服をチョイスしたが、果たして場に合っているのかは謎だ。


「ああ、今すぐ行く」


その時、チャイムが響いた。誰だろうか。イルシアに食糧搬送の第一陣が届くのは正午ぐらいのはずだ。そこには綿貫が立ち会うことになっているが、奴が来るには少し早い。

睦月は普通に市役所に出勤しているはずだ。水道開通の手続きを急いでいる彼女がこっちに来る理由もない。


訝し気に思い引き戸を開けると、そこには市川がいた。息を切らしていて、表情は緊迫している。


「町田さん……少し、いいですか」


「どうしたんだ急に。しかもそんなに急いで」


「お伝えしなければいけないことが。追っ手の第二陣が来るかもしれません」


「何だって!?」


流石にこれには驚いた。ノアも声に反応したのか『何があったの??』とやってくる。


「どうしてそれを知ったんだ??」


「実は、今朝ジュリと一緒にいたんです。そうしたら、彼女が『大気の歪みが起きてる』とか言ってて……あの様子、多分本当なんだと思います」


ノアが血相を変えた。


『嘘でしょ??だって、ペルジュードの6人以外に誰が来るって言うのよ!?』


「知りませんよ!ただ、ジュリの様子からして誰かが異世界からやってくるのは確実だと思います」


俺はノアと顔を見合わせた。これはかなり緊急性が高いかもしれない。


「ノア、確か歪みができたらその当日か翌日には誰かが転移してくるんだよな」


『ええ。御柱様が感知できたのなら、当然シェイダも知ってるはず。イルシアも今頃大騒ぎになってると思う』


これはマズいことになった。だが、岩倉氏とのアポも外せない。イルシアでの対応策は、綿貫中心に練ってもらうしかない。

俺は急ぎ奴に連絡を取る。3コール目で「もしもし」と返ってきた。


「搬送の準備で忙しいところすまん。緊急事態だ。追っ手の第二陣が来るかもしれないらしい」


「はあ???んな滅茶苦茶な!??対応しきれないぞそれは」


綿貫の声の大きさから、普段比較的冷静な奴が取り乱しているのが分かった。その気持ちはよく分かる。それはこちらも同じだからだ。


「重々分かってる。だが俺たちはこれから警察庁に急がなきゃいけない。イルシアも多分相当騒ぎになってるはずだ。その沈静化と、対応策の立案を任せたい」


「いや、無茶だろそれ??というか、事と次第によっちゃ異世界と日本との戦争になりゃしないか??」


「分からない。ただ、少なくともペルジュードとやらの対応は俺の方でやらなきゃいけない。その上で、来るべき外敵の襲来に備えるよう向こうと話をしてくれないか?」


大きな溜め息がこちらにも聞こえた。


「……分かったよ。だが期待に沿えるかは分からな……」


急に綿貫が黙った。どういうことだろうか。


「おい、どうした?」


「いや……意外とそうでもないかもしれない。ちょっとイルシアの連中に話を聞いてみる。連絡はいつぐらいまでなら大丈夫か?」


「13時までなら多分電話には出られる」


「了解だ。また随時連絡する」


電話が切れた。綿貫が急に冷静になったが、何かに気付いたのだろうか。

とにかく、こちらも急いで出ないといけない。俺は市川に「ありがとう、助かった」と伝え、急いで着替えに戻る。


『トモ、大丈夫なの』


ノアも随分と不安そうな表情を浮かべている。正直、俺も焦燥感しかない。もし敵がこれ以上増えたなら、対応できる自信がない。

しかも政府内部には未知の異世界人までいる可能性が高い。世間が大混乱に陥ることなしに乗り越えられる気がしなかった。


だが、ここで俺が不安がっていては始まらない。俺は最大限の努力で作り笑いを浮かべた。


「ああ、大丈夫だ」


最速で着替え、フィットに乗り込む。カーエアコンが利くのを待たずに、一気にアクセルを踏んだ。ここから霞ヶ関まではざっくり2時間半。飛ばせば2時間ぐらいで着くはずだ。ネズミ捕りに捕まらないように、急いで向かわねば。

緊張でやけに喉が渇く。信号待ちの時に、持ってきた水筒から麦茶を注いだ。冷たく冷えた液体が喉を通ると、少しだけ冷静さが戻ってきた気がする。


「ノア、ちょっといいか」


『……何?』


「第二陣とやらに、心当たりは」


しばらく間があった後、『見当もつかない』と返ってきた。


『モリファス軍の本体かと思ったけど、それにしては来るのがあまりに早過ぎる。次元転移は、送り込む範囲が広ければ広いほど発生から転送までに時間がかかるの。例えばイルシアの場合、向こうで王城が消えてからこちらに現れるまで数カ月は多分かかってる。

だから、本気で連中がイルシアを攻めるほどの軍隊を送るなら、ペルジュードが送られてすぐということは考えにくいわ。そもそも彼らの成果が出ているかも分からないのに、すぐに追撃はあり得ない』


「じゃあ、モリファスの別の誰かか」


『かもしれない。ただ、個の能力でペルジュード——特にムルディオス・べルディアより上となると、それこそ『大魔卿』ギルファス・アルフィードしかいない』


「何者なんだ?」


『……あたしの父よ。そして、ペルジュードをここに送り込んだのは、ほぼ間違いなくあいつだと思う』


青ざめた表情でノアが言う。敵方に彼女の肉親がいるなんて、初めて知った。


「……マジか」


『あの男が何を考えているのかはさっぱり分からないわ。母様も、あいつがモリファスについている真意を測りかねてる。

ただ、転移魔法を単独で使えるとしたらあいつしかいないわ。こっちに来る理由が分からないけど』


「ペルジュードの支援じゃないのか?」


数秒考えて、ノアが首を捻った。


『……かもしれない。でも、あいつがいなくなったらモリファスに人物はほとんどいなくなるわ。最高にして最後の切り札を、ここで切ってくる理由が分からないの』


「それ以外の人間を送り込んできた可能性は?」


『どうだろ……今更別の誰かを1、2人送り込んだところでたかが知れてるし。それだけに怖いのよ』


「そもそも、その大気の歪みってのは『御柱様』が感知したんだよな。あの子なら心当たりがあるんじゃないか」


『あの御方は多分知らないわ。魔力はあるけど、知識は『まだ』限られてるから。知っているとすればゴイル様だけど、あの方が第二陣の存在を警戒しないなんておかしい。……本当に分からない』


ノアが考え込んでしまった。見当がつかないだけに、なおのこと不安なようだ。


車は花園ICに入りかけていた。直前の信号待ちで、もう一度麦茶を飲む。不意に、ある考えが浮かんだ。


「なあ、一ついいか。本当に、誰かを転移できるのは君の親父さんだけなのか?」


『……え?』


「いや、例えばの話さ。確か、メジア大陸には幾つも国があるんだろ?その中の1つにそういう魔法を使える人間がいないって保証はないんじゃないか」


『それはないと思うわ。大陸最大の国家がモリファスだし、メジアの魔術師で単独で転移魔法を使えるとしたらアルフィードしかいない。母様すら一人じゃ多分無理だもの』


「その君の母親が誰かと組んでいるということは?確か、向こうの世界に残ったんだろ」


『それほどの相手って、あたしたち以外には……あっ』


ノアが何かに気付いた様子になった。


『ひょっとすると……なくはないかも』


「本当か!?」


『うん。母様がメジアに残ったのは、助けを求めるためだった。多分、母様はエビア大陸に向かったんだと思う』


「エビア大陸?」


『メジアよりも進んだ文明を持っているらしい大陸なの。風の噂だけど、3年前にはある老勇者が暴君と刺し違えたって聞いてる。そこなら、転移魔法の発動ができるぐらいの力量を持つ魔術師がいてもおかしくはないわ』


そう言えば、エビアの話はちょくちょく話に出てたな。すっかり存在を忘れていた。


「なるほど……とすると、送られてくるのは味方かもしれないのか」


『現時点では何とも言えないわ。楽観視しすぎるのも良くないと思う。第一、仮に味方だとしてもペルジュードを何とかしなきゃいけないことには変わりないし』


確かにノアの言う通りだ。現時点では予断は禁物、ということか。

とにかくできることを精一杯やらないといけない。俺はフィットのアクセルを踏み込み、一路警察庁のある東京・霞ヶ関を目指した。



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