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「何だって!!?」
僕は思わず大声を出した。思わず手に持っていた「山崎」のグラスを落としそうになる。まさか、既に「異世界」を知っている人間が政府内にいるとは。そして、大河内議員もその一人かもしれないというのは完全に予想外だった。
スマホの向こうにいる町田からは「現状はただの推測でしかないけどな」と返ってきた。しかし、奴がこう言うからには相当の確信があるのだろう。
「どういうことか、説明してくれ」
「少し長い話になるがいいか」
町田は今起きているであろうことを話し始めた。イルシアに追っ手が向かっているであろうこと。そしてその追っ手が猪苗代のキャンプ場で5人が「消えた」事件と何らかの関わりがあるらしいこと。
さらに、警察が異様に協力的である点、そして僅かな情報から大河内議員がそれと異世界とを結びつけた点なども説明された。……確かに相当に疑わしい。
「それで、お前は警察に協力するのか」
「現状はそのつもりだ。ただ、向こうも向こうで何かを隠してる。それに、そう考えると引っかかることもある。なぜ、イルシアをすぐに監視下に置かない?」
「そりゃ簡単じゃないからだろ。手続きとか何とか」
「それもそうだ。ただ、それにしては大河内議員の反応が妙じゃなかったか?俺も間近で見ていたが、あんなものが秩父にあるとは思わなかったという驚きは本当のように見えた」
「……確かに」
その通りだ。大河内議員は、最初異世界の存在を全く信用しようとしてなかった。比較的あっさりと信じてはいたが、彼がイルシアがこちらに来ることを知っていたとは考えにくい。
とすると、誰かが大河内議員に異世界の存在を教えたのだろうか。あるいは、彼が知っている別の何かと異世界とを結びつけたか。
少なくとも、大河内議員のバックに誰かがいるのは間違いない。それももっと上の立場の人間だ。……それは誰だ?
僕はそれが誰かに思い至り、ゴクンと唾を飲み込んだ。
浅尾肇・副首相か。
確かに、彼なら警察など簡単に動かせる。僕から相談を受けた大河内議員は、まず派閥の長である浅尾副首相に連絡を入れた。そして、その上で一旦様子見をすることにしたのだ。
僕らの行動に未だに制限がかかっていないのは、多分そういうことだ。イルシアの存在を隠蔽したいという想いは、多分彼も持っている。その目的に沿って動いている以上、僕を止めるよりはしばらく泳がせておこうという肚なのだろう。
「……厄介だな」
「何が厄介なんだ」
「僕らの相手は大物だ。多分、浅尾副総理だと思う。大河内議員の一連の行動は裏に彼がいる可能性が高い」
「浅尾って……お前の所の派閥のトップじゃないのか?」
「ああ。そして、利権を独占しようとしているんじゃないかと僕は思う。一通り目先の問題が解決するメドが立った段階で、僕は彼を秩父に呼ぶつもりだった。ただ、そうなると少し話が変わってくる」
町田が「少し考えさせてくれ」と黙る。しばらくして、奴は「ひとまず予定通り行こう」と話を切り出した。
「今の所、俺たちと政府の目的は一致してる。イルシアの存在を表沙汰にしない、そして異世界からの刺客を撃退・確保するという点においてだ。そこが食い違うなら考えなきゃいけないが、今はまだその時じゃない」
「……なるほどな。互いに利用し合うってことか」
「そういうことだ。そして、それはお前にとっても望むところだろう?」
町田の言う通りだ。最終的に、イルシアの魔法利権を使って僕はのし上がらなければいけない。魔法の存在がどれほどの金と権力を生み出すのか、それは計り知れないものがある。そこにおいて僕が主導権を握ることができるのなら……父の宿願も成るかもしれない。
僕は「山崎」を一口飲む。爽やかなオークの香りが鼻に抜けていった。そして、口の端が思わず上がる。勿論、ウィスキーが美味いからだけじゃない。改めて、覚悟が決まったからだ。
「分かった。引き続きやろう。山下君はどうする?僕は彼女に引き続き大河内議員との接点を持ってもらいたいんだが」
「大河内議員は政府側だろ?あまり情報を渡すわけにもいかないんじゃないか」
「だからこそだ。こちらが向こうに疑いを向けていることを悟られたくないというのもあるし、女好きの大河内議員が山下君になびいてくれれば彼を取り込めるかもしれない。その逆もあるかもしれないから気を付けたいが」
「……本当に、そういうところはお前を好きになれないよ」
不満そうな町田に、僕は「ククッ」と笑う。人を道具のように扱うことは、町田にはできない。そういう仕事は、僕の役目だ。
「ではとりあえず、明日食料搬入の第一陣だな。僕は当然イルシアに向かうけど、お前はどうする」
「搬入を見届け次第、霞が関の警察庁だな。そこで色々話をすると思う」
「了解だ。じゃあ、また明日」
僕はスマホの通話を切る。それにしても、確かにややこしいことになった。まさか政府内で既に異世界について知っていた人物がいたとは。
浅尾副総理がその一人であることに驚きはない。全ての裏情報は、大体彼の元に集まる。元を辿れば華族の出であり、警察を含めた多くの官僚組織にコネを持つ男だ。むしろ知らない方がおかしい。
ただ、それにしては動き出しが少し鈍い気もした。追っ手の存在そのものは知っているが、それを確保する所までは行けていない。だからこそ、町田たちの力を借りようとしている。
何か引っかかる。僕は立ち上がり、父の書斎へと向かった。今は僕の書斎でもある。
政治・経済に関する本がずらりと並ぶなか、その一角には父の日記が仕舞われている。コロナで倒れる数日前まで、几帳面につけていたものだ。
僕は父ほどまめな人間ではないから日記など付けない。どうしてこんな不合理なことをするのかと疑問に思って訊いたこともあるが、「いずれ分かる」とそっけなく返されただけだった。
今なら分かる。こういう時のためだったのだ。
父は次期首相の最有力候補でもあった。そんな父なら、生前に異世界関係者と会っていても不思議ではない。それを辿るために、僕は日記ノートを手に取った。
パラパラとノートをめくる。丁寧な万年筆書きで、日々のあれこれが簡潔に記されていた。ノートはほぼ1年に1冊のペースで、父は20の時から64歳で亡くなるまでほぼ毎日日記を付けていたようだった。
母との出会いや僕の誕生の時のことも記されていた。私生活における重要なイベントでは記述が長くなり、思い入れの深さがすぐに分かった。思わず目頭が熱くなる。
だが、今は感傷にふけるために日記を読んでいるわけじゃない。父が45歳、初めて閣僚になった辺りにその記述があった。僕がまだ幼稚園ぐらいの時の話か。
「3月20日。大泉総理に連れられて田園調布の柳田邸に向かう。初めての謁見だ。
スプリンガルド氏は話に聞く年齢とは全く違って美しいままだ。まさに『魔女』というのに相応しい人物と思えた」
……「魔女」?それに柳田とは……
さらに読み進める。年に1回ぐらい、日記に「柳田邸」と「スプリンガルド氏」の記述が出てくる。そのほとんどは単純に訪問したというだけだが、新型コロナが流行しだした直後から頻度が上がったのに気付いた。
そして、記述の内容も少し増えていた。例えば「コロナ対策の相談を行う。結界を張ることは現状不可。スプリンガルド氏の衰弱も進んでいる」といった具合だ。
結界……多分、この人物はノア・アルシエルと同じ魔法使いなのだろう。ただ、少なくとも22年前には日本にいたらしい。恐らくは、さらにずっと前だ。
「謁見」というからには、相当なVIPであるのは間違いない。勿論僕はこの人物のことを知らない。そういう立場でもないからだ。
だが、大河内議員は?父は閣僚になる前後にこの人物と会っている。大河内議員も、閣僚になるかどうかという立場だ。その時に、この人物と面識ができたのだろうか。
見えなかった点と点とを結ぶ線が見えてきた気がする。だが、それはハッキリしない。こちらで独自に柳田という人物を調べるか?いや、藪をつついて蛇を出すことになりそうな予感がする。
とすると……イルシア側に知っている人間がいるかを聞く方が早いか。例えばあのゴイルとかいう宰相。彼にはまだ色々と隠し事がありそうな気がした。
僕はノートを閉じ、「明日だな」と呟いた。幸い、イルシアに行く機会はある。そこが勝負だ。




