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ド田舎無職の俺の近所に異世界の国が引っ越してきた件  作者: 藤原湖南
第2章「秩父市総合調整課職員 山下睦月」
28/202

2-8


「参ったな」


家に帰り付き飯を作ろうとしたが、気力がない。俺は天井を見上げ、しばし考えた。

イルシアに対する追っ手を、こちらから追わねばならない。しかし、どうすればそんなことができるのか。全く自信はなかった。


スマホを手に取る。まだ大河内議員に教えられた岩倉なる人物には連絡を取っていない。今すぐに電話した方がいいのだろう。だが、躊躇いが先に来た。怖いのだ。


『トモ、どうしたの』


ノアが心配そうな顔で俺の向かいに座った。惑いを見抜かれているなと直感した。


「さっきの話さ。俺とノアで、ペルジュードとかいう連中を追えって」


『……迷ってるのね』


「はっきり言ってしまえば。ただ、ノアがいなければきっとマトモに対抗もできない。だから、俺とノアでやるしかないのは分かってるんだ。ただ単に、俺に勇気がないだけだよ」


『勇気、か……』


ノアが何かもじもじし始めた。一度席を立ち、俺の隣に移ろうとしたが首を振って元の席に戻った。何がしたいのだろう。

ぐぅ、とノアのお腹から音が鳴ったのが聞こえた。そう言えば、夕食を作らないといけなかったのだ。


「ちょっと待ってくれ、適当に何か作る」


『……分かった』


どこか様子がおかしいノアに首を捻りながら、俺は夕食の準備に入る。今から米を炊いていては時間がかかるから、パスタにするか。

大きめの鍋に水を張り、火をかける。一方でフライパンにはオリーブオイルとアンチョビ、少々のニンニクを入れた。そこに冷蔵庫から取り出したオリーブオイルでマリネ済みの豚肉を投入し、じっくりと焼いた。


『うわあ、美味しそう!』


リビングからノアの声が聞こえてくる。料理を作って喜んでくれる人がいるのはいいものだな、と改めて思った。


焼きあがるとひとまずそれを別皿に移す。このまますぐに食べてもいいが、パスタが茹で上がるまでは少し時間がかかる。出来上がったら少し温める形だ。

湯が沸騰し、塩を一つまみ入れた後にパスタを放り込む。ノアが大食漢ということを考え、3人前の分量にした。茹でていると待ちきれなくなったのか、ノアがトコトコとキッチンにやってきた。


『もうそろそろできる?』


「ちょっと待っててくれ。そんなにかからないから」


ホールトマトの缶と瓶詰めオリーブを取り出す。まだ豚の旨味が残っているフライパンを再び火にかけ、そこにトマトと薄く切ったオリーブを入れて軽く炒めた。

スマホのアラームが鳴ったのを確認し、パスタの鍋の火を止める。シンクに用意したザルを通して湯切りをし、パスタをフライパンに入れて軽くなじませれば完成だ。


『いい匂いね!!これ、何という料理なの?』


「プッタネスカ……のような何かだな。我流でアレンジしてるから」


『ぷったねすか?』


「娼婦風スパゲティともいうらしいな。娼婦でも簡単に作れるからとか言われてる」


『娼婦……』


また変に黙り込んでしまった。さっきから様子が変だが、突っ込むべきなのだろうか。


肉を温め、サラダとインスタントのコーンスープでひとまず今日の晩飯は完成となった。パスタを口にするなり、ノアが「ブイエユ!!」ともはやお馴染みとなった感嘆の声をあげる。


『本当に美味しいわ!この麺、歯応えがあってソースにコクがあるのいいわね!』


「適当に作っただけさ。そんな特別な技術も要らないし、材料さえあればノアにも作れると思うぞ」


『そんなものかしら……』


パスタを食べながらノアは何か考えているようだ。俺は「ちょっといいか」と話を切り出す。


「さっきから少し変だぞ。何か言いたいことがあったら、遠慮なく言ってくれ」


『……ごめんなさい。あたしも迷ってるのよ』


「迷ってる?」


コクンとノアが首を縦に振る。


『ペルジュードを前にしたら、多分命のやり取りにならざるを得ないわ。勿論、実際に捜査するのはこの国の官憲だと理解してるし、あたしたちはあくまで助言をするのが役目だとも思ってる。この国の――この世界の人たちにとって、魔法がどんなものかは全く分からないわけだし。

ただ、それでも直接やり合わなければいけない可能性はある。あたしだけならいいけど、トモはきっと今のままでは全く対抗できない。だからトモも迷ってる』


「ああ。でもどうにもならないだろ。俺が魔法を使えるわけもないし」


『……使える手段は、ある。でも、それを強いるわけにはいかないの』


顔を赤くしながらノアが言う。


「どういうことだ?」


『『魔紋』。あれを完全に見せた上で……その、まぐわえば……あたしとトモの間に魔力的な繋がりができるの。理論的には』


「ま、まぐわう??」


ノアが真っ赤になって下を向いた。


『うん……でも、このやり方をトモに強いるわけにはいかない。前に話したでしょ?『魔紋』を見た人間は、その持ち主と魂と命が共有されてしまうって。そんなことをしたら、トモの人生は……』


俺は「なるほどな」と腕を組んだ。ノアの行動が妙だったわけだ。そして実際、俺にそうするだけの覚悟はまだない。ノアのことは人間として好ましく思ってはいるが、それが異性に対するそれかと問われるとまだ何とも言えない。

何より、出会ってまだ3日しか経っていないのに恋愛感情を持つほど、俺は純情でもない。それはノアだってそう変わらないはずだ。命を危険にさらすリスクも勿論大きいが、それ以上に互いの気持ちが一致しないことにはこの手段は取れそうもなかった。


ただ、確かに選択肢の一つではあるのかもしれない。だからこそノアはこれだけ悩んでいたのだ。もっと事態が切迫したら、考えなくてはいけないことなのかもしれないな。


俺はテーブル越しに手を伸ばし、ノアの肩をポンと叩いた。


「ありがとう。ただ、今はまだ、気持ちだけ受け取っておくよ。とりあえず、ノアの覚悟は分かった」


『……うん』


ノアが俯きながら微笑む。どこか無理している気がするのは、気のせいだろうか。


「……俺も、覚悟決めないとな。大河内議員から教えてもらった警察のお偉いさんに連絡を入れないと」


スマホを手に取り、岩倉氏の連絡先を開く。……そこで、不意に強烈な違和感を覚えた。



……なぜ警察はここまで協力的なんだ?



それはここで大河内議員に動画を見せてもらった時にも感じたことだ。あれは超極秘情報だったはずだ。それを民間人に見せるのを許可しただけではなく、わざわざ個別に話を聞いてくれるという。

何かがおかしい。大河内議員に対する疑念が、再び膨れ上がっていった。あの動画だけで異世界からの襲来を感じ取れたことといい、あの男は何かを隠している。それは何だ?



「あ」



俺はある可能性に気付いた。考えられることは、このぐらいしかない。



既に異世界の存在を知っている人間が政府か警察関係者にいる。少なくとも、魔法の存在を認識している人間がいる。



そうでないと、こんなに話がスムーズに進むはずもない。だとすると……いよいよもって、大河内議員を完全には信用できなくなる。

とすると、岩倉氏に連絡を入れるのは悪手なのだろうか。いや、現状味方は多ければ多いほどいい。わざわざ相手を警戒させて敵に回すほど無為なことはない。

ただ、立ち回りにはかなり注意しなければならないようだった。少なくとも、信用しすぎるのはまずい。


「……ノア、ちょっといいか?」


『え?』


俺は今の思い付きを彼女に話した。見る見る間に表情が深刻な物へと変わっていく。

話し終えると、彼女は『あり得なくもないわ』と呟いた。


『次元転移魔法そのものは極めて高度な魔法だけど、然るべき最高水準の魔術師がいればできないことはないわ。だからこそ、ペルジュードの連中はこっちに来たわけだし。

そして、あたしたちやペルジュードより前に、こちらに転移していた人間がいないとも限らない。それが誰かという心当たりはないけど、メジアではなくエビアの人間なのかもしれない』


「エビア?」


『メジア大陸よりずっと豊かな大陸であると聞いたことはあるわ。3年前に大乱が起きたそうだけど、今は安定してるって噂には聞いた』


俺は唸った。いよいよ話が複雑になってきた。


「そんな大陸から人がこっちに来る理由はなんだ?」


『私にはさっぱり分からない。そもそも、この世界でその人が見つかってない理由も分からない』


「ノアみたいに誰かに保護されてるんじゃないか?」


『そうかも。だとしたら、相当な機密事項だと思う』


政府が保護しているなら、警察の対応も納得だ。ただ、そうすると大河内議員が俺たちを警察に結び付けようとしている理由は何だ?何故その保護している人物の力を使わないのだろう。これはこれで、また謎が増えた。


俺は連絡先を岩倉氏から綿貫へと変えた。奴にとっても、事情が大きく変わりかねない仮説だからだ。



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