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17-11


妊娠の話を聞かされてから、私はずっと混乱していた。


今更子供が増えたからといって喜ぶも何もない。子を増やし、一族を保ち、故郷へと帰る。それが私の使命だった。子種を寄越す男に愛情を感じたことなど、一度たりとてなかった。

それは王とて同じだった。今更彼の子供を宿したと聞かされても、何も思わない。……そのはずだった。


なのになぜ、私の感情はこんなグチャグチャになっているのだろう。


王が死んだからか。……死ぬ可能性があることは、彼も覚悟していたはずだ。私もそれは同じだ。

ただ、彼の死を大魔卿から聞かされた時、心がいつになくざわついたのも確かだった。彼との付き合いはそこそこ長い。彼がまだ大人になる前から、私は彼を知っていた。彼の筆下ろしをしたのも、多分私だった。


……情が少し移っていたのだろうか。


彼は私のことをどこかで愛していたのかもしれない。その想いを押し殺していたようだったが、私はうっすらと気付いていた。彼は親の情を知らないまま育っていた。私も村が焼かれたあの日から、ずっと孤独だった。

ある意味で私たちは似た者同士だったのだろう。きっと彼が私に抱いていたのは、愛情ではなく同情だった。私もあるいは、そうだったのかもしれない。

それでも、使命感がその感情をずっと上回っていた。彼もまたそうだったのだろう。

だから、彼が死んだ後も極力平静であろうとした。大魔卿はそれを見透かしたのか、嘲笑うかのように私に催淫魔法をかけて犯したのだけど。


ただ、子供がいるとなると話は別だ。


王との間に子供はこれまでいなかったと思う。誰が誰の子かぐらいは流石に分かる。

そもそも、彼とのセックスは一種の傷の舐め合いにすぎなかった。子供ができるなどということは、何故か考えの外にあった。

ただ、今私の中にいる命は、確実に彼のものだ。この数年、大魔卿を除けば王以外と肉体関係はない。時期的にもほぼ間違いない。


……私は喜ぶべきなのだ。にもかかわらず、この流れる涙と……抑えられない不安は一体何なのだろうか。


その正体は、十分分かっている。ナルアの存在と、大魔卿の精だ。


これから生まれてくる子供は、悪魔のような子であるかもしれない。いや、そうである可能性がかなり高い。

それは王からナルアが子供に移ったかもしれないというだけではない。大魔卿は、私が妊娠しているのを分かっていて抱いたのだろう。いざという時に復活できるよう、保険として私の腹に精を注いだのだ。


堕胎すれば何の問題もないことは分かっている。堕胎自体も別に初めてというわけではない。一度レイプされて子供ができたことがあったが、その時は父親を殺した上でしっかりと堕胎した。特に罪悪感も何もなかった。

ただ、この子を堕胎することは……とても嫌だった。王を愛していたわけではないが、お腹の子は彼が生きていた証でもある。それを失うことは、彼の存在を否定するような気がした。


コンコン、とノックの音がした。私は涙を拭い、平静を装うことにした。


『入るわよ』


私を訪れたのはジャネット……ではなくジャニスだ。かつての親友と魔力の感触はとても似ているが、確かにどこか違うようにも思える。


『……何か用なの』


『貴女、泣いてたでしょ』


『……知ったような口を』


ジャニスは『相変わらず強がりばかりね』と苦笑した。


『……泣いていた理由は何となく分かる。お腹の子のことでしょ』


『……』


黙っているとジャニスが『続けるわね』と勝手に話し始めた。


『その子はナルアが宿っている可能性がかなりある。それだけじゃない。大魔卿が何か悪さをしている可能性も相当ある。

正直、生まれてくる子供がどんな子供かは分からない。最悪の場合、大魔卿がその子に受肉していきなり復活するなんてことだってあり得る。

だからといって貴女は自分の子供を堕胎せない。そういう辺りじゃないかしら』


ほぼ完璧に私の思考を読まれた。読心魔法でも使われたのかと思ったが、『魔法は使ってないわ』と先回りされた。


『普通に考えたらそういう辺り、ってだけの話よ。というかあの大魔卿が貴女に何もしていないはずがない。

そこで一つ提案があるの。生まれたらすぐに、魔紋をその子に刻ませて欲しい』


『何ですって!!?』


思わず大声が出た。肩の傷が少し疼く。

ジャニスは『そういう反応になるわよね』と軽く息をついた。


『貴女も多分知っているだろうけど、魔紋は一定の縛り――生涯を共にする誰かと生命と魔力を共有する代わりに、魔力をブーストするという一種の禁呪よ。

そして、その増幅された魔力を常時発動型の魔法として消費することもできる。大体はノア・アルシエルのようにそのまま使ってしまうわけだけど……あれはランカ・アルシエル譲りの魔力制御の才能があってこそで、普通ではできない。

だから事前にプログラミングされた魔法を魔紋経由で発動するのが本来の使い方なわけ。膨大な魔力量がないとすぐに魔力欠乏症になってしまうし、だからこそ禁呪扱いになったわけだけど』


『……よく知ってるわね』


私は正直舌を巻いた。魔法に対する造詣がこれほど深いとは。

彼女は苦笑して『必要に迫られたというのと、半分はうちの夫の受け売り』と言った。あのハンス・ブッカーならそのぐらいは知っていてもおかしくはない。


『話を元に戻すわ。こちらからの提案は、魔紋を通して常時『精神制御』魔法をその子にかけ続けさせるようにするというものよ。

そうすればナルアも大魔卿も、その自我が顕現することはなくなる……かもしれない。少なくともその危険性は大幅に減じられる』


『でも『かもしれない』に留まる』


ジャニスは小さく首を縦に振った。


『それを言われると正直弱いわ。魔紋の刻み方はランカさんが知っているし、ジュリ・オ・イルシアの協力があれば問題なく成功すると思う。何なら私もいるし。

ただ、その子の魔力量がどれほどなのかは生まれてからじゃないと基本分からない。本当にナルアや大魔卿の影響がどれほどあるのかも分からない。そして、魔紋を刻む儀式自体もそれなりに赤ちゃんに負担がかかる。一種の賭けみたいなものね』


『……賭け』


『そのままなら、ね。ただ、お腹の子の魔力量を爆発的に引き上げる方法はある』


ジャニスがバッグから虹色に光る水晶を取り出した。……これは!?


『……『魂晶』……しかも中に封印されているのは』


『そう、大魔卿本人。それを貴女のお腹の子に受肉させれば、魔力面の問題はなくなる。そして、魔紋で大魔卿の発現を強引に抑える』


私は絶句した。確かに理屈の上では可能かもしれない。しかし、あの男を受肉させ、復活させようだなんて……


『正気の沙汰じゃない』


『……そうね。ただ、そうしなければいけない理由がある。

大魔卿はあの世界における『世界意思』よ。つまり、当該世界の諸々は、かなりの程度彼が操作することができる。『因果律の操作』とでも言うべきでしょうね。

これまで彼は、それを自分の愉しみぐらいにしか使っていなかった。モリファスの拡大ぐらいには使っていたでしょうし、この世界に来てからはその神通力も消え失せたわけだけど。

ただ、向こうの世界で適切な方向にそれを使えるのであれば……そして、貴女の子供が善性を持って育つのであれば、それは世界を救う切り札にもなる』


『……それはただの理屈でしかないわ。それに、この子にそんな運命を背負わせるなんて……』


『……残酷だし、大人の身勝手ということよね。それも確か。

ただ、このまま放っておいてもいい未来は訪れない。その子にとっても、貴女にとっても』


正論だった。確かに、子供にナルアが宿らず、大魔卿の干渉も受けていない可能性はゼロじゃない。それが一番幸せなのだと思う。

ただ、そうでない可能性を全く否定できなかった。むしろ、そのシナリオの方がずっとあり得る。


合理的に考えれば、堕胎すればいいというのは分かり切っている。

ただ……それが私に可能なのだろうか?もし王成明がこの場にいたら、どう考えただろう?


私は黙った。気付かないうちに、目から熱いものが流れている。

どうしたらいいか、90年以上も生きているのに私には分からなかった。


『……考えさせて、頂戴』


何分も考えた結果、やっと出てきたのは……ただの決断の先送りだった。




その夜、私は夢を見た。

既に死んだはずの、王の夢だ。それも、その姿は……出会った頃の少年だった。


『花梨さん』


どことなく陰鬱な雰囲気をたたえ、王は私に呼びかけた。

彼が私に伝えた言葉は……



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