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ド田舎無職の俺の近所に異世界の国が引っ越してきた件  作者: 藤原湖南
第2章「秩父市総合調整課職員 山下睦月」
23/202

2-3


「……よし」


私はモニターに映る勝馬を見て安堵した。3連単のオッズは293倍。手持ちの3万円を一点で張ったから、900万円近くが手に入る計算になる。いかに戸籍を持たない私たち6人とはいえ、1カ月を自由に活動するには十分な資金だ。


『……あの、上手く行ったんですか』


プレシアが恐る恐る聞いてくる。馬券が当たったのは彼女のおかげだ。彼女は転生者ではないが、それに準ずる異能を持つ少女だ。大体、10~20分先の未来を予知することができる。

その精度は極めて高い。こちらが進んでそれを回避しようとしない限りは、ほぼその予知は実現する。今回も、彼女にこのレースの1~3着の馬の勝負服を見てもらい、それに沿って馬券を買った。ただそれだけだ。


ただ、魔力消費が激しい能力でもある。魔法の一種と聞いているが、やはりこの世界で使わせるには少々無理をさせ過ぎただろうか。

ただでさえ具合が悪そうな彼女の顔色が、さらに青白くなっている。私は微笑んだ。


『問題ない。急ぎ、買うものを買って皆の所に戻ろう』


福島開催が終わった福島競馬場は閑散としている。しかも今は第1レースが終わったばかりの10時過ぎだ。こんな時間からレースをやっていない競馬場にいるのは、ギャンブル狂いの高齢者ぐらいだろう。

超高額配当のため、有人窓口に向かう。一応、服は私が殺した男から剥いでいるから然程不自然ではない。プレシアも同様に、あの現場にいた女性の服を着ていた。サイズが少々合わず、ぶかぶかなのは仕方がない。


手続きの際に名前を聞かれたので、昔の名前を告げておいた。職員が首を傾げる。


「日本語、お上手なんですね」


「父がロシア人なので」


勿論大嘘だが、それ以上は追及してこない。「猪狩一輝」の名前にも反応しないようだ。「弟」の名は知られているが、兄である私はそうではない。


無事879万円を手にし、タクシーでミオン福島へと向かう。当面の服と下着を買わねばならない。できればPCも欲しい所だ。


ミオン福島に着くと、まず真っ先にドラッグストアに向かった。私もプレシアも消耗している。すぐに効き目が出る強壮剤が必要だった。一番高い栄養ドリンクを飲み干すと、多少はマシになった。

プレシアも少し具合がよくなったようだ。彼女は精鋭ぞろいの「ペルジュード」の中では、一番体力がない。「死病」にかかっているということはないにしても、この薄すぎる日本の空気に慣れるには少し時間がかかりそうだった。


『隊長……凄い所ですね』


か細い声でプレシアが言う。休日なのか、ショッピングセンターの客入りは相当なものだ。


『少し落ち着け。挙動不審だと警察が来るぞ』


『は、はい。分かりました』


あまり長居もしていられない。幸い、金なら腐るほど持っている。目についた服と下着を片っ端から買い、それらを持ち運ぶためのスーツケースも3個入手した。

PCは入手できなかったので、近くにあったチェーンのパソコンショップに寄り即断即決で購入した。戸籍もなければ銀行口座もない私がスマホを買っても意味はないが、パソコンならWi-Fiのある場所ならいかようにも使える。


一通り買い物を終え、帰りのタクシーに乗り込んだのは正午過ぎだった。一度は復活したプレシアだが、効き目が薄かったのかぐったりしている。


『大丈夫か』


『あまり……というより、お腹が空いて仕方ないのです』


それもその通りだった。幸い、ホテル近くにはコンビニがあった。そこに差し掛かると、私は途中下車しパンと総菜を買えるだけ買った。どうも、この世界では私たちの身体の燃費は恐ろしく悪いようだ。


倒れそうなプレシアを何とか支えてホテルに戻る。果たして、全員がぐったりとベッドに倒れていた。


『た、隊長……』


ヴェスタがうわ言のように呟く。私は急いでその場にいる全員にメロンパンと、ミオンで買った3000円の栄養ドリンクを手渡した。


『まずは食え。それで少しは楽になる。他にも食料は用意してある、好きなだけ食え』


メロンパンをひと齧りすると、ヴェスタが「ブイエユ……!!」と叫んだ。他の4人もパンをあっという間に平らげ、まるで砂糖に群がる蟻のように総菜を奪い合うようにして食べる。

私も菓子パンを栄養ドリンクで流し込んだ。全く腹は満たされていないが、自分は後でいい。それより先にやるべきことがある。


買ったばかりのPCを立ち上げ、ホテルのWi-Fiに接続する。まずチェックすべきはニュースサイトだ。昨晩の出来事を、どこまで警察が追っているのか。


『……まずいな』


流石に5人同時に失踪というのは警察の関心をかなり引いてしまったらしい。死体は勿論見つかるわけもないのだが、殺した際の血痕が残ってしまったらしく事件の線で捜査が進んでいるとのことだった。

となると、ここに潜伏するのはかなり危険だ。間違いなく、近いうちに警察がガサ入れしてくる。今晩中、いや極力早くチェックアウトが必要だ。

幸い、プレシアの「未来予知」はまだ発動していない。彼女の能力は、意識せずとも「彼女の身に危険が及びそうな時」には自動的に発動する。つまり、本当の緊急事態にはまだなっていない。


『何がマズいことでも?』


エオラがバナナを手にして訊く。私は小さく頷いた。


『官憲がこちらに迫ってくるかもしれない。買ってきた服に着替え、急ぎ離脱の準備を』


ラヴァリが『戦えばいいじゃないすか』と気色ばむ。べギルが『あり得んな』とすぐに否定した。


『いかに我らが一騎当千と言えど、数には勝てない。そういうことですね、隊長』


『それもあるが、文明レベルが違い過ぎる。精々相討ちまでが関の山だ。そして、この世界で長時間の戦闘は不可能だ。ただ何もせずに半日待機しているだけでも、餓死寸前にまで追い込まれるのだぞ』


『……確かに。ですが、次はどこに』


『この国の首都へと向かう。木を隠すなら森だ』


ここから猪苗代駅まではタクシーを使えばそう遠くもない。PCで検索すると、15時過ぎに猪苗代駅を出る高速バスがあるらしい。残り時間はあと1時間半、十分間に合う。

大型のバンタイプのタクシーを、ホテル備え付けの電話で予約する。後は、警察のガサがここに入らないことを祈るばかりだ。


急いで着替えさせると、私は今まで6人が着ていた服を全部私の恩寵――「削り取る右手」で消していく。これで遺留品から私たちが疑われる要素は消えた。

一段落すると、私は「生前」使っていたアカウントからXのログを辿った。イルシアについての情報の更新があるかを調べるためだ。


考えてみれば妙なことだ。この世界において、魔力を持つものは大量の食料を消費しないと生きていけない。つまり、イルシアは食糧危機に陥っても全く不思議ではないのだ。

そして、そうだとすればそろそろ綻びが見えてきてもおかしくはない。イルシアの目撃情報が出てしまったのなら、東京につき次第埼玉に動く必要がある。

もっとも、これは結構な博打だ。私は、彼らが埼玉西部にいる可能性が高いことまでしか知らない。全く範囲を絞り込めていないのだ。そうこうしているうちにイルシアが政府の管理下に置かれたのなら……事態は最悪になる。


ざっとXで検索をかけてみる。……とりあえずそれらしき話がないことに、私は安堵した。この分なら、まだ隠密裏に動ける。私たちが警察に手配されるか、捕まらなければだが。


PCを閉じ『行こうか』と口を開きかけたその時だ。



『……何だこれは』



目に入ったのは、見覚えのある銀髪の少女だ。「高坂SAで美少女が現れ話題になっている」とのコメントが記され、ちょっとだけではあるがバズっていた。


それを目にしたエオラが、血相を変えて声をあげる。


『これは……『イルシアの白き魔女』っ……!!!』


彼女はこの少女——ノア・アルシエルの同窓生であり、ライバルでもある。戦場でも、確か1度だけではあるがやりあっていたはずだ。


『やはりいたか』


ノア・アルシエルはイルシアの「3魔女」の一人だ。「神の御遣い」ランカ・アルシエルの実娘であり、かつその魔力は母親にもそう劣らないとの評判を耳にしている。

そして、イルシアの転移に彼女が関わっていないはずがない。流石に単独では難しいだろうが、「3魔女」と御柱・ジュリ・オ・イルシア、そしてランカ・アルシエルが協力してここにイルシアを飛ばしたのだろう。


問題は、この写真が高坂SA、それも下りで撮られたものだということだ。

つまり、ノア・アルシエルは誰かに車で連れられてここに来ている。恐らくは、イルシアの協力者だろう。そして、高坂SAでの休憩が必要だということは……花園ICから乗ってきたのか?


私は思わずニィとと笑った。これで所沢や飯能の線は消えた。そして、花園ICから西にある市町村と言えば……



秩父市、長瀞町、寄居町辺りか。潜伏先は、ほぼこの3自治体に絞られた。




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