夜練
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魔導灯が照らすレンガの道を2人の男が進む。
「今年も忙しくなりそうだな」
1人は、年々増える白髪が悩みのタネである警備員。
「ええ。なんせ例年より多いですからね」
もう1人は、成人を迎えたばかりの若い警備員。
「老体には堪えるよ……」
白髪混じりの警備員が腰をパンパン叩き、若い警備員が帽子を取り額の汗を拭う。
「……」
そして私は現在、彼らに見つからないように茂みの中で息を殺す。
「ダンスパーティーまで残り二日……か」
「気合いを入れないとですね!」
肩を落とす白髪まじりの警備員の背中を若い警備員が叩きながら、私が隠れる茂みの横を通り過ぎていった。
「はぁ……見つからなくてよかった」
遠ざかる警備員の背中を見て安堵の息を吐く。
「今頃、半数の寮生は眠ってる頃ね……」
王立学園ゼヒュロスには、男女それぞれに大きな寮がある。校舎に負けない大きなゴシック建築の建物となっていて、それぞれの寮には、800人を超える生徒たちが住んでいる。
三十畳の一部屋が一人ずつに割り当てられ、古代の大衆浴場をモデルにして作られた一度に300人が利用できる大浴場、レストランにも負けないコース料理が堪能できる学食、寮生が退屈しないようにと一万冊を超える蔵書が置かれた自由スペース兼学習スペースなどなど、たくさんの設備が備わっている。
そして、婚前の男女に不純があってはならないようにと男女の寮を隔てるように六メートルの壁が築かれている。
さらに、19時を過ぎて外にいるところを見つかったら、巡回する警備員によって強制的に寮へと連れ戻され、1週間の停学と反省文が待っている。そのため、19時になると寮を出るものは一人としていない。
(見つかったら終わり……)
高鳴る鼓動が辺りに響かないように手で押さえる。
「でも、どうしよう……ワクワクが止まらない」
思わず頬が緩む。
「これが"スリル"と言うものなのね……」
茂みから飛び出し、あたりに警備員がいないか確認。
「目標、噴水前広場……現時刻二◯三◯……予定時刻まで残り三十分……」
以前、図書館で借りたスパイ物語の一節を思い出し、主人公が口にしたセリフを真似してみる。
「敵影なし……慎重に進む」
中腰になり、早足で噴水前広場へと向かう。
「ふふっ! 前から一度やってみたかったのよね!」
笑いが止まらない口元を抑えながら。
◇◇◇
空の頂点では満月が妖しく光り輝く。そして、その真下では、
「は、腹が……」
地面に仰向けに倒れた俺の腹が月に向かって、ぐうううう、と鳴いていた。
「ま、まだなのか」
腹が減りすぎて、だんだん満月が大きな白パンに見えてきた。
「小麦粉と豊かなバターの香りが鼻を刺激し、手に持てばふっくらと手が沈み込む弾力のある感触は、パンが美味しいことを教えてくれる」
目をつむり、白パンをイメージする。
「噛んだ瞬間にバターの甘みとコシのある生地の食感が口の中に広がり、少量の塩味がパンの甘さを際立たせ、噛めば噛むほどに甘みを増していく」
白パンを食べた時のことを想像していると、本当に口の中にパンを食べている時の感触、風味がするものだから不思議だ。
「地面に寝そべってブツブツ呟いて何やっているの?」
そのとき、目をつむる俺に話しかける者が現れた。声だけで誰かわかった。
「飯!!」
その声を耳にした瞬間、即座にバカみたいなエア食事をやめ、飛び起き、
「飯! 飯!! 飯!!!」
目を輝かせる。
「はいはい……どうぞ」
オリヴィアは呆れつつも、バケットを差し出す。
「やった!久しぶりのめ……と、悪い悪い。ありがたく頂戴いたします。感謝を申し上げます。オリヴィア嬢」
右足を引き、右手を胸に添え、左手は綺麗に伸ばしたまま、お辞儀をしたーー俗にいう " ボー・アンド・スクレープ " と呼ばれ、紳士や執事などがよくお礼の際にする伝統礼法だ
「……ん?ここはカーテシーで返すところだろ?」
伏せていた目を開き、オリヴィアを見る。
「……」
なぜか頬を赤く、目は熱を帯びていた。
「お、オリヴィアーー」
おちゃらけた感じで手を振ってみる。が……
「……」
反応がない。ただ屍のようだ。
その間にも、ぐうううう、と満月に向かって吠える俺の腹。
(は、早く食いてえ……にしてもこいつって結構いい匂いすんのな)
腕を伸ばせば届く距離にいるオリヴィアをみる。
(それに普段あまり意識してなかったけど、よく見るとこいつって……)
急になぜか、ドキン!ドキン!と俺の胸から鉄と鉄がぶつかり合うような甲高い音と、ぐぎゅううう!とお腹の鳴き声が同時に鳴る。
(めし食べたい!……かわいい……めし食べたい!……かわいい……)
オリヴィアに見入っているとーー
「ディックって……」
しばらく動きを止めていたオリヴィアの口が動いた。
(な、なんだ!もしかして俺がカッコ良すぎるって言いたいのか……そんなこと……よくわかってるじゃないか!)
ちょっと照れつつ、まぶたを二重にして、キリッとしたカッコいい表情と仕草を持って、オリヴィアの言葉を待つ。
「本当にヒモじい思いをしてるのね……大丈夫よ!いっぱい作ってきたからたくさん食べて!」
どこから取り出したのか、俺にもう一つバケットを渡してきた。
期待していた答えと違い、俺は肩をすかした。
「どうしたの?」
と首を傾げるオリヴィアに、
「なんでもない。い、いただきます!.」
俺はバケットからハムとチーズ、レタスが挟まれたサンドイッチを取り出してぱくぱく食べていく。
「あ、そんなに勢いよく食べたら喉に詰まるわよ。はい、お茶もあるから飲んで」
「お、おう」
口いっぱいに詰め込んだパンをお茶で流し込む。
(は、恥ずかしいーー!!!)
顔を覆いたくなるほどの勘違いと、好みのタイプではないといった相手に見惚れていた恥ずかしさから、
「あむあむあむあむ!!」
「ちょっ!そんなに口をいっぱいにして!リスじゃないんだから!」
オリヴィアから受け取ったお茶でサンドイッチを流し込んだ。
「ご馳走様! よーし! 練習すっか!」
「ずいぶん忙しないわね……まあ、あなたがいいなら」
その後、誰に邪魔されることなく満月の幻想的な光の中で、
「では、お姫様。もう一曲」
俺はオリヴィアに手を差し出し、
「ええ、よろしくてよ。悪魔王サタン様」
その手にふわりと手を乗せ、オリヴィアは微笑む。
「それでは……じゃねえ!お前、人の目つきの悪さをいじるんじゃないよ!あそこまで俺は目つき悪くないからな!」
「ええー、かっこいいと思うけど」
真顔でいうオリヴィア。
「嫌だ! それだけは絶対にヤダ!!」
ここで流されたら二人の間でこの呼び名が定着してしまうような気がした俺は、全力で拒否した。
◇◇◇
とある空き教室……
「いよいよ明日だな」
「ええ。この3日、練習を妨害したから、明日は私たちの勝ちは揺るがないわ」
ノクトスとエルナは、一糸纏わぬ姿で抱き合い、笑い合う。
「あいつらが出ていけば」
「ええ。全て片がつくわ」
熱い口付けを交わし、その場へと倒れ込む。
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