12 エウースでの最後の約束
私は眩しさを感じて、うっすらと目を開いた。
窓から差し込んでくる太陽の光が、私の顔を薄いカーテン越しに照らしていた。
分厚いカーテンを閉めておいたはずだが、私が寝ている間に誰かが入ってきて、そのカーテンを開けたようだ。
大きめのシングルベッドから上半身を起こした。
家は全壊してしまったので、寝巻はベルトランの家に住み込みで働いているメイドのものを借りた。意外にも、フリフリのついた可愛いデザインだった。
「こんなものしかなくて……」と遠慮がちに貸してくれていたが、結構気に入っている。
次に寝巻を買うときは、こんな感じのものにしよう。
ベッドから降りて、フローリングの床の上を歩く。
床が冷たい。スリッパはどこ?
部屋の扉を開けて、裸足のままダイニングに向かう。
ダイニングはどっちだったっけ? この屋敷は広すぎる。
もっと近道があったような気がするが、正面玄関からの順路しか覚えていない。
大きな両階段を一度降りて、そこからダイニングに向かうか……。
そう思って、階段を降り、正面玄関前のホールを通り過ぎようとすると、ベルトランがいた。
「起きたか。私はこれから通夜と葬式の打ち合わせだ。あなたのな」
「そぉ。いってらっしゃい」
私は目をこすりながら答えた。
「ダイニングはどっち? ご飯ある?」
「ある。右奥のドアだ。スリッパくらい履け。では、行ってくる」
「うぁい」
私はぺたぺたとホールを横切り、ダイニングへと入っていった。
私がダイニングに入ると、メイドが「おはようございます」と挨拶してくれた。
私も「おはようございます」と挨拶し、ぺこりと頭を下げた。
自分で言っててちょっと恥ずかしい。
もうお早うという時間でもない。
もうすぐ正午だ。
私のことをお寝坊さんと非難するのはやめてほしい。
なぜなら、私は昨日、ゼーゼマンとの激闘を終え、この屋敷についてすぐに自分の遺体作りという奇妙な工作の宿題に取り掛からなければならなかったのだから。
まず、近くの病院から人骨を取り寄せた。
「なぜ人骨が必要なのだ」という当然の疑問を口にした病院の院長に、ベルトランは「急に人体の勉強がしたくなった」という雑な言い訳をした。
そこから、私とベルトランの二人で、今の私の骨格に合わせて骨を削った。
そして、粘土を貼り付け、その上から蝋を垂らす。
ここまでで三時間ほどかかった。時計の針はすでに午後十一時をまわっていた。
いつもの私ならそろそろ寝る時間だったが、そこからの作業が特に大変で時間がかかった。
蝋をひたすら削り、私の顔と体を再現する。
服で隠れる部分は適当でもよいが、見える部分は本物そっくりにしなければならない。
ここで、ベルトランのデリカシーのなさが作業の邪魔をした。
~昨日の夜~
「アリス。頬のあたり、削りすぎじゃないのか」
「え? こんな感じでしょう?」
「いや、もっと頬はふっくらしている。それじゃあ痩せすぎだ」
「い、いいのよ! これでいいの! 自分の顔なんだから、これで間違いないわ!」
「そうか? まあ、そのくらいは別にいいがな。さて、より精巧なつくりにするために、鼻の中にも植毛するぞ」
「は、鼻毛をつけるの!? いいわよ、そんなの。誰も見ないんだから」
「いや、わからんぞ。クロエあたりが、最後にアリスの体に抱き着くかもしれん。そのとき、ふと、鼻の中を見るかもしれん」
見ないわよ! どんなお通夜だ!
あ、鼻毛がない、って言うわけないでしょう!?
「もう、だいたいなんで明日を通夜にしたのよ!」
「仕方なかろう、すぐにでも王都に行かねばならんのだ」
「ちょっと! 適当に植毛しないで! そんなに鼻毛長くしないで!」
鼻から毛が飛び出しているじゃないの!
なんで最後の最後に笑い取らなきゃいけないわけ!?
「切ればよかろう」じゃないわよ。もう……。
そのあとも鼻を削りすぎたり、眉毛をぼーぼーにしたり、……自分の遺体じゃないからって適当すぎる。
だから、ベルトランを作業から外し、私は一人で蝋人形を仕上げていった。
最後に、体表面を皮膚っぽく見せる材質変化の魔法『トランスフィギュア』をかけて、終わったのは朝方五時。
蝋だらけの体を洗い流し、ベッドにダイブして死んだように眠った。
まあ、苦労したかいあって、誰が見ても納得のいく出来になっただろう。
少し若返りつつも、かつての私の面影を残した顔、完璧な出来栄えのはずだ。
私は野菜入りのオムレツを食べ終わり、少しの間ぼーっとしていた。
暇ねぇ。家の本も全部焼けちゃったし。
これも全てゼーゼマンが家を全壊したせいね。
見つけ出したら監獄送りにする前に、全部弁償させてやるわ。
そういえば、クロエさん、呪いの影響を受けてちょっと若返ってたわね。
青春を取り戻すいいチャンスかもしれない。
前向きに捉えてくれるといいなぁ。
ポールさんとはうまくいきそうかな。
今は、そんな雰囲気にもならないか。
昨日は大変なことがあったんだから。
……今夜、通夜が行われる。
本当は私もこっそりと参列したかった。
体は十歳くらいになっているし、前と比べて顔つきだってかなり幼くなった。
参列してもばれることはないだろう。
だけど、参列するのはやめておいた。
クロエさんが大泣きするだろうからだ。
彼女は、子どものころからずっと私のことを姉のように慕ってくれていた。
私にとっても家族同然の人だ。
そんな彼女が泣き崩れるところを見たら、私は黙っていられなくなる。
「私は生きてる。だから泣かないで」と言いたくなってしまう。
このまま会わずに、さよならするしかない。
ポールさんも、フランクさんもだ。
……ん?
そういえば、フランクさんとの約束を忘れていた。
本屋の後継者を紹介すると約束していたではないか。
こうしてはいられない!
私がエウースの街を離れる前に、後継者を探さなければ!
「ごちそうさま!」
私はメイドにそう言って、ダイニングを出た。
部屋に戻って着替えよう。
この街で最後の約束を果たしに行かなくては!




