【39.5話】 介護のお嬢ちゃん
しばらく失神したのだろうか…
気がつけば、血の池の中に横たわっている。全部自分の血なら相当な出血。腹部が焼けたように痛む。目がかすみ手足に力が入らない。
荷馬車ごと賊に襲われ応戦したが、仲間は討ち果たされ、自分も数名の賊にめった刺しにされ、何もかも奪われた。
「… 俺も今回ばかりは… サンズ・リバーを渡って、ヴァルキリー神殿に行くのか…」男が呟く。悲壮ではない。いつかは訪れる瞬間、覚悟をしていた表情。
力なく胸元のネームプレートを顔に掲げる。散って逝った仲間達のネームプレート。お別れがしたい。
「目が… かすんできやがった… これはレイドック… ロック… こっちはイースラ、ゴラフ… ブラッドのか…」
その時、かすむ視界に何者かが現れた。
「ごめんね、賊に手間取って。賊は皆殺し、仲間の仇はとったわ。大丈夫?」
女だ、女の冒険者か?聞きなれない声、見慣れない顔。女自身も怪我をしている。
「別口のパーティーか、お嬢ちゃん」
目を凝らすとポニーテールの女冒険者。切れ長の眼差し、愛らしい唇。女はそれには答えず女の仲間を呼んだ。
「誰か早く!クレア、リョウコ、どっちか!こっちプリーストお願い!!」
「… 最後の最後にお嬢ちゃんみたいに綺麗な女性に看取られるなんざ…」ニヒルに笑う男。
「名前なんていうの? もう喋らないで。絶対に喋らないで。今手当をするから」
「俺は… ドログ… だ」もう助かる見込みはないだろうと自分でもわかるが、必死に震える手で介抱してくれる女性が愛おしく美しく見える。
「そう、ドログ、ちょっと待ってね、今… 介抱したらポーションを… ね」
このお嬢ちゃんは本気で助かると思っているのか?結婚するなんて人生があったら、こんな娘が俺にもいたかもしれない… 男は思う。
「リリアは、その人は?」プリーストが来たらしい。この娘はリリアなのか…
「リョウコ、早く治癒してよ… ねぇ教えてよ、どうしたらいいの?」
「……… 治癒の前に… その… 内臓をお腹に戻さないと…」
「やってるよ、やってるのよ… なんで、なんで入ってたものが元に入りきらないの? リョウコ専門でしょ! どうしたらいいの!」
お嬢さん、慌て過ぎだ全部聞こえてるぜ…
「…… リリア、私… ちょっと他を見てくる… いや、ちょっと間だけよ… また戻ってくるって、わかってリリア。 回って戻って来る、ね、わかって。全部お腹に戻したら、ゆっくり回復のポーション… そ、少しづつ、急いで飲ませると出血が早まるわ… リリアわかって、確実に助かる人から助けたいの、戻って来るから… もし、この人の… 顔色が変わって、震えだしたり、寒がったりしだしたら、幻想薬、これを飲ませてあげて、話を聞いてあげてね… じゃ私回って来る」
さすが専門家だ、よくわかってるじゃねぇか。これで俺もお墨付き、いよいよか…
出血が続く、体内の水分がなくなる… 喉がカラカラだ。この真面目なお嬢ちゃんには申し訳ないが、そろそろなのだろう。
「お嬢ちゃん… リリアって言ったか… もう… だめだ… 血が… 寒い、目がかすむ…」
お嬢ちゃんはちょっと悔しそうにしていたが、俺の体を少し持ち上げてあげて少し幻想薬を飲ませてくれた。濃い味、相当強い薬。お嬢ちゃんは泣きながら言う。
「ごめんなさい、ごめんなさい、どうしようもないの、ごめんなさい」俺の手を握りしめ必死に謝る。ここで謝っちゃいけねぇぜぇお嬢ちゃん。芝居下手は冒険者に向いていねぇ…
「いいんだ、俺は戦争孤児で今まで剣と戦い一筋の人生だった。遺族はいない。仲間は皆先に逝ってまっている。今まで生きて来たのが奇跡の人生。命を燃やし続けて生きて来た悔いのない人生。頼みは… ゾンビ化だけはごめんだ、教会に運んで、胸のネームプレートと一緒に埋葬してくれ… あぁ、それら全部だ… 俺の名はドログバ・アシン・ヒメス… これで全部だ、さぁ残りの薬を全部飲ませてくれ、安らかに逝きたい」
濃い幻想薬が口に流し込まれる。なんだかこの娘のせいで俺が死ぬようで申し訳ない。
「お嬢ちゃん、礼を言うぜ… 俺は、もっと寂しく孤独な死を覚悟していた… 最後がお嬢さんに… 診て… もらえ…」
言うか言わないか、お嬢さんの顔がかすんできた。
体が温かい。目玉が空にこけ込むよう、体が、背中から地面に埋まるような感覚。体が地面と交わるような感じ。
レイドック、ロック、イースラ、皆、全員そろって待っててくれたか…
あぁ、俺も住家変えだ、一からだがよろしく頼む。
約束どおり、かどうだか…とにかくお前らの分まで全力で生きてきた。
父ちゃん、母ちゃん、あの時と変わらないな… ああ…俺だ、俺は年齢も追いついちまった。
貰った命、全力でやってきた、幸せな人生だったよ。
もう準備が出来た、一緒に行こう…
リリアは男の手を握りしめいつまでも泣き続けていた。
風が強くなり、夜からは雨が降りそうな模様だった。




