おやつは銀貨二枚まで
元は夜型であったにも拘らず、異世界に来てからと言うものカザリの朝はとても早い。まだ日も顔を出していない早朝、と言ってもどんよりとした雨雲が覆う空に太陽が顔を出すような事はないが、兎に角まだ誰もが夢から覚める前の時間にもぞもぞと起き出してはトレーニング用の服に着替えてストレッチを始める。
場所は青空亭の屋根裏部屋である。5階まである客室とは違って、部屋というよりはただのスペースと言った方が正しいだろうか。倉庫としては庭先にある離れを利用しているため、屋根裏の広いスペースは上階用の備品関係の保管や雨天時の洗濯物を干す際などに用いられていた。
雨季が始まる前までは庭先で体を動かしていたものだが、今もなお窓の外で降り頻る雨の中でトレーニングをしたいなどと誰が考えるだろうか。それでもカザリには努力を重ねるための時間が必要であったため、青空亭の亭主であるおじさんにお願いして屋根裏のスペースを借りるようになったのである。
「いっち、にぃー、さんっ、しっ!ごぉ、ろく、しっち、はっち!」
寝起きで鈍っている身体中の各部を念入りに解していく。筋肉の収縮を繰り返し、関節の滑らかな動きを確認して筋を伸ばす。
もう一人ストレッチに付き合ってくれる人がいればより効率的に体を解せるのだが、最近の日課となっている早朝のトレーニングは、師匠であるジークリットにも秘密で行っているため誰かを頼る事は出来ない。
別に悪い事をしているわけではないのだが、カザリは早く強くなってジークリットを驚かせるという一つの目標のために黙々と努力を重ねているのだ。
「すぅ〜……はぁ〜……」
ストレッチが終わればゆっくりと深呼吸を繰り返して一旦体を落ち着ける。そして足を肩幅に広げて構えを取った。
少ないながらもこの世界に来てからそれなりに戦闘を経験したカザリは、脳内に仮想の敵を思い浮かべて身体を動かし始める。いつかの日に庭先で仮想のジークリットを相手にオドの使い方を練習した時のようなトレーニングだ。例えるならばシャドーボクシングである。
「っ!……やぁ!」
日本にいた時は必要がない動きはしなかった。格闘家やスタントマンの動きですら異次元のものに感じていた。
人の身体は慣れない動きに対応はしていないため至極当然の事である。だが、人体の構造上不可能でない動きならば、仕込み、馴染ませる事で可能となる。
おまけにこの世界では身体能力を飛躍的に向上させる魔力という概念が存在する。先の深淵よりも暗き者戦では魔力の助けに頼って身体を我武者羅に動かすだけだったが、身体の仕組みと必要になる可動域、それによる動きが齎す肉体への負荷と効率的な立ち回りを理解して技術として会得する必要がある。
「はっ……はっ……」
あらゆる事態が想定されるこの世界において、無駄な動きと言うものは存外少ないのではないのだろうか。
例えば剣を上段から振り下ろすという一連の動作の過程において、最適化された動きは既に普及しており、素人の様な我武者羅な振り下ろしとなると無駄な所作は確かに存在する。
だが、死に直面する場面を想定した場合、あらゆる動きを可能としておけば選択の幅は増え、助かる可能性も出て来る筈だ。
日本でスポーツをする際に非効率的で無駄とされていた動きの一つ一つに違う価値を見出してなぞっていく。可能な限りの手札を増やす事は、そのまま自分と大切な人の命に繋がると信じて。
「んのっ!たぁ!」
脳が勝手に作った幻影であるアイザックを斬り捨てるとそのまま大きく横に跳躍する。急いで体勢を立て直せば、直前までカザリが立っていた場所はイゴールによって粉々に砕かれていた。
筋骨隆々とした肉体からは想像も出来ない速さで迫るイゴールの攻撃を紙一重で躱していく。戦闘の中で一度距離が開いた際にカザリは逆に思い切り踏み込んでイゴールの懐に潜り込んだ。
しかし、邪属性のオドを爆発させるイゴール。カザリは直ぐ様オドを纏って天井付近まで飛び上がり回避すると、イゴールの攻撃が終わるタイミングで急降下。頸を的確に捉えて剣閃を放つが、ギリギリのタイミングでアイザックの細剣が迫り後退した。
瞬間、首筋に迫る極鋭の殺意。振り返る間も無くカザリは脳内シミュレーションの中でジークリットに首を斬り落とされてしまった。
「ぐぇっ!相変わらず容赦ねぇな!」
脳内で作り出した幻影に悪態を吐くのはお門違いだと思うがここにいるのはカザリだけ。カザリにとっては全てが本気のトレーニングであるし、本気でやってるのに毎度毎度同じ人間に負けていたら悪態も吐きたくなると言うものだ。
自分を客観的に見る事の出来るカザリは、脳内シミュレーションにおいても敵を甘めに設定する事はない。ただ事実として存在した戦力差を忠実に再現してギリギリの戦いを毎朝行なっている。
最近ではヘルガルムや邪教徒の二人には善戦出来る様になったものの、相変わらずお師匠様には勝てる見込みが全くなかった。
「それでこそ私の勇者ぞ」
だが、最近では全く手が届かない事が楽しくて仕方なかった。それでこそ追いかけるに値するし、それでこそ尊敬するに足る人だと思うから。
そして何より自分の隣にいる人が頭一つ飛び抜けた人であると言うことは兎に角誇らしい。優しくて、暖かくて、柔らかくて、おまけに強い。うん、完璧だ。
「絶対追いつくもーん」
床に大の字になって小休憩をしていたが早々に辞めて近くの物干し竿に膝を掛けた。物干し竿に膝を掛けると宙ぶらりんのまま腹筋を鍛え始める。
筋トレはある程度体を動かして血液の流れを早めてからの方が効果がある、という話を何処かで聞いた事のあるカザリは毎朝トレーニングの仕上げに筋トレを行っているのだ。
「ふんっ……ふぬっ……!」
物干し竿をぎぃぎぃ言わせながら何度も何度も膝に肘をタッチしてゆっくりと身体を動かしていく。たまには左右に均等に捻りを効かせて体を持ち上げたり、ついつい手や足に頼りがちな腹筋というトレーニング内で余分な力を抜いて腹筋のみの力で体を支えたり。
暫くしてからふと気になってお腹をさすってみた。やはり、と言うべきかかなり堅くなって来ている。
「うーん、あの頃みたいにお腹堅くなって来ちゃったなぁ……」
小中とバスケットボールを続けていた頃を思い出す。あの頃はただひたすらにバスケットボールにのめり込んでいて、上手くなる事だけを考えていた。別に女の子らしさを捨てていたわけではないが、普通に腹筋は割れていたし力瘤もあったのだ。
それが今となっては帰宅部の女子高生である。2年間も身体を使っていなければ鈍るのも当然であり、筋肉は衰え身体はすっかり年頃の女子高生らしく丸くなっていた。
だが、この世界で同じようにぬるま湯に浸かった生活は出来そうにない。商人のような小売業や農家のような農業、冒険者ギルドのような組織の職員にあたるサービス業や職人に弟子入りしての製造業など生きる道は沢山あったかもしれない。
しかし、カザリには特殊な力が宿っており戦う術がある。そして隣にいたいと思った大切な人も戦いに身を置く人種だ。
故にカザリは強くならなければならない。そのためにはバスケットボールなんかをやっていた時以上に身体を徹底的に鍛え抜く必要がある。
「もし私がムキムキになっちゃったら……ジル、私の事嫌いになっちゃうかなぁ……」
「どうして?」
「だってムキムキだよ?そんなの女の子って感じしなーーうわぁっ!?」
誰もいない筈の早朝の屋根裏で、突然帰って来た声に驚いてカザリは物干し竿から落下した。硬い床の上に背中を強かに打ち付けて、ぐぇっとを喉を鳴らすと声のした方へと視線を移す。
「そうかな?私は気にしないけど……」
「じ、ジルっ!?」
「うん、おはよ」
「お、おはよう……びっくりしたぁ〜。いつからいたの?」
差し伸べられた手を掴んで立ち上がるとネグリジェの上に羽織を来たジークリットと向かい合った。寝起きのまま羽織だけ着て来たのか頭の後ろの方の髪が逆立ちしている。寝癖も直さずに様子を見に来るだなんて余程心配させてしまったのだろうか。
「準備運動してる時からだよ?」
「大分初期!早く声かけてよ!」
窓際にあった木箱の上に並んで腰掛けるとジークリットが手に持っていたタオルを渡して来てくれた。カザリは知らぬ間にじっとりとかいていた汗を拭いつつまさか最初からジークリットが見ていたという事に驚いて声を上げる。
「カザリが集中してたのに邪魔なんて出来ないよ〜。朝から精が出るね?」
「ふっふ〜ん!最近は頑張ってるんだよ?早くジルに追い付きたいからね!」
「あー、うん……まぁ知ってたんだけど」
「へ?」
「だって一ヶ月前くらいから毎日朝早くに居なくなってたら普通気付くよね?」
「ぇえ!?全部バレてたぁ!?」
早く強くなって驚かせようと思って影で努力を重ねていたのに、実は最初から全部バレていたと知ってカザリは天を仰いだ。結構本気で驚かせる気であったためにショックは大きい。
「うぅ〜!ジルを驚かせるために頑張ってたのに〜!」
「ふふ、頑張るのは良い事だよ?それに秘密の特訓をしているとは言え、カザリの成長には本当に驚いてるんだから」
「でもね、ジルにいつも殺されるのっ!」
「待って、何の話?」
カザリがトレーニングを行なっている事は知っているがカザリのトレーニング内容に関してはジークリットは知らない。急に自分がカザリを殺すなどと言われれば困惑もすると言うものだ。カザリが脳内シミュレーションの話をすると漸く話が掴めたジークリットがくつくつと笑った。
「あはは、凄い特訓してるね?イメトレって言うの?私も今度やってみよ」
「ジルよりも強い人いるの?基本的に同じかそれ以上の人じゃないと特訓になんないよ?」
「うーん、結構沢山いるよ?」
「ゔぇ!?この世界ってジルよりも強い人存在したの!?」
「私をなんだと思ってたの?」
「世界最強!!」
本気で疑ってなかった事実であるため迷う事なく口にするカザリ。そんなカザリの言葉を受けてジークリットはまたくつくつと笑った。
「もぉ、買いかぶりすぎだよ?そうだなぁ、カザリも知ってる人だとアリス従姉さんがわかりやすいかも。従姉さんはね、2年以上前に死んじゃったけど今の私よりも何倍も強かったよ」
「アリスさんってそんなに化け物だったんだ……」
「あはは、言えてる!従姉さんは正真正銘の化け物だったよ!」
「自分の従姉妹を正真正銘の化け物ってひでぇな」
カザリがこの世界に来る前、そしてこの世界に来てからの数日間見ていた夢がある。それは全て目の前にいるジークリットに関するものであったが、その夢をカザリに見せていたのはジークリットの従姉妹にして至上の英雄ユーフィリア•ラグナロクの血を引く少女、アリス•ロード•ラグナロクであった。
カザリが神煌剣と契約をした日以来、全く夢を見なくなってしまったので詳しい話は聞けず終いのままだが、カザリの異世界転移に必ず関係のあるだろう人物だ。
あまりにも前情報が無いためカザリがアリスについて知っている事は少ないが、幼い頃から共に過ごして来たジークリットは彼女の事を何でも知っている。そんなジークリットが化け物と評するのであれば本当にそれだけの実力を持っていたのだろう。
「だって結局一回も勝てなかったんだもん」
「っ!」
カザリにとって天上の人であるジークリットですら一度も勝てなかった少女。今更ながらそんな少女が死ななくてはならなかった現実がどれ程の意味を持つのか一端を理解して言葉を失う。
あの夢で見た黒龍がどんな存在かはわからないが、この世界は決して優しくは出来ていない事だけは心底理解しているつもりだった。
「だから、カザリは私に勝てると良いね?」
「んぇ?か、かか、勝つしぃ?いや、でも、ジルには最強であって欲しい……ぁあ、どうしよ!?」
「じゃあ、こう言うのはどう?二人で一緒に世界の頂点に立つの!」
「世界の、頂点……?」
「うん!私、カザリとだったら出来ちゃう気がする!」
「お、おぅ……スケールデカ過ぎて安易に頷けないや……」
何が嬉しいのか寝癖をぴょんぴょんさせながらジークリットが笑う。ジークリットですら勝てない人が存在する世界で頂点を取るだと。何だそれ、めちゃくちゃ燃える。
「一歩ずつ頑張ろうね?」
「うん!あ、そう言えば今日はなんで様子見に来てくれたの?」
「今日は迷宮に行くでしょ?迷宮に入る前にあんまり無理しないように見守ろうと思って」
「お母さんか!」
「ふぇ?」
いつも通りにジークリットに母性を感じつつも満更ではないカザリ。タオルを持って来てくれた事もそうだし、カザリが言い出した迷宮デビューに関しても気を配ってくれている。本当に良く出来た娘である。
「私もここで素振りしてて良い?」
「へ?良いけど……」
休憩も取れた事だしそろそろトレーニングを再開しようかなとカザリが思っていると、ジークリットが壁に立てかけてあった短めの金属棒を手に取ってそんな事を聞いて来た。そんな重たいもので素振りなんて出来るのかとカザリは疑問に思いつつ高めの物干し竿で懸垂を始める。するとーー
「フッーー!フッーー!」
ただの素振りでビュンビュンと風が巻き起こっている。屋根裏にある僅かな埃や干してあったタオル類が舞い上がって天井付近へと駆け昇っていく様だ。懸垂をしているカザリの髪も暴風に当てられてあっちこっちに振り乱されている。
「あ、はは……これに、追いつけるのか……?」
苦笑いしつつちょっと気になってジークリットに声をかけた。これだけの素振りも凄いが、純粋に重たい金属棒を軽々と振るコツが気になったのだ。
「ジルって筋肉ないのにどうやってるの?」
「ん?私、結構ムキムキだよ?」
「はぇ?」
「触ってみて?」
一体何を言い出すかと思えば、華奢とまでは言わないが全体的に細めのスタイルなジークリットが自分の事をムキムキと言うではないか。それは何の冗談なのだと思いつつも、やたらと自信満々に細っそりとした柔腕を差し出してくるジークリットを胡散臭そうな目でカザリは見つめる。
やがて一つ小さく溜息を吐くと目の前の二の腕を鷲掴みにしてやった。……のだがーー
「ーーかったぁ!?ナニコレ、カッチカチやん!?」
「私筋肉浮かないタイプなんだよね。だからパッと見は鍛えてない普通の体に見えちゃうの。でも力入れればちゃんと筋肉あるんだよ?」
「せっこいぞ!女の理想を体現したような身体やん!存在がファンタジーだよ!」
「あはは、それほどでも〜」
「褒めてない!」
まさか重たいものを振るためにタネも仕掛けもないとは逆に驚きである。筋肉の大切さを感じつつもマッチョにはなりたく無いなぁと遠い目をするカザリ。となればやはり魔力の操作を学んで身体強化を自在に操れるようになるしかない。
「ふぅ〜……朝から二人して汗だくになっちゃったね。ご飯の前にお風呂入りに行かない?」
「行く!お風呂行く!」
そうして朝のトレーニングを終えて二人は撤収する。程良くかいた汗を流しに仲良く早朝の銭湯に向かうのだったーー。
見上げるのは青味の効いた色合いの金属製の大きな門だ。重圧な門はまるでこの世と違う世界を隔てている壁のようである。そんな門を上から下まで眺めてカザリはゴクリと唾を飲み込んだ。
「ようこそ、青の迷宮門前受付へ。担当のアンジェがお伺いしますーーと言っても名前の記録だけですけどね。今から青の迷宮に潜られますか?」
「はい。SランクのジルとDランクのカザリです」
「はい、それでは確認します。Sランクのジルと……彗星のジル!?」
場所は迷宮区の端、迷宮門前広場である。昨日のうちに迷宮区への登録を済ませておいたカザリは、ジークリットと共に買ってきた様々な荷物の入ってるリュックを背負って緊張に包まれていた。
フォルヴェーラを拠点にする冒険者ならDランクになれば誰もが目指す迷宮。様々な材を恵む素敵な未開拓地であるが、それだけ危険も多い場所であるのは間違いない。
そんな場所に今から挑もうと言うのだ。日本から来た女子高生が緊張するのも当たり前と言うものである。
「そうですけど……?」
「ご、ごめんなさい!珍しい大者が来たもので!こ、興奮してしまいました……!」
カザリが緊張してソワソワしている傍ら、受付で手続きをしていたジークリット。どうやら金髪ショートの受付嬢は突然現れたスーパールーキーに驚いている様である。
だがそれも仕方のない事だ。フォルヴェーラの迷宮は全部で5つの難易度に分かれている。まさかその中でも最低ランクの迷宮に冒険者の最高ランクの人が来るなど誰が想像するだろうか。
金髪ショートの受付嬢は興奮した様子でカウンターから身を乗り出してジークリットに詰め寄っている。
「私ファンなんです!サイン貰っても良いですか!?」
「こらアンジェ!公務中にそう言うのやめなさいって何回も言ってるでしょ!?」
「あぅ!?」
隣の窓口から現れた橙色のポニーテールを揺らす受付嬢にチョップを食らって頭を抑える金髪ショートの受付嬢。何だかデジャヴを感じるやり取りである。
カザリの脳内にふと思い浮かんだのが居眠り新人職員としっかり者の幼馴染み新人職員のコンビだ。メアリィとリズもこんな感じで上手く調和が取れてたなとしみじみ感じつつくすくすと笑う。
「ごめんなさいね。あら?貴女もしかして夜ノーー」
「夜ノ雷のカザリ•タカミネさん!?」
「その臭い名前どこまで広がってんの!?」
申し訳なさそうに謝る橙ポニーテールの受付嬢がジークリットと隣のカザリを見て思い出した様に呟く。しかし最後まで言い切る前に金髪ショートの受付嬢が食い気味に叫んで、カウンターから飛び出してカザリの手を握った。
「メアリィちゃんが登録した人だぁ!凄いなぁ〜!」
「メアリィさんの事知ってるんですか?」
「はい!私アンジェ•スロウフィスとこっちのルリア•ホーキンスはメアリィちゃんとリズちゃんの同期なんです!」
アンジェと名乗った金髪ショートの受付嬢はなんとカザリとジークリットを冒険者にしたメアリィと同期らしい。満面の笑みで誇らしそうに語るアンジェは次々と名を上げる新人を冒険者にしているメアリィを尊敬しているのか、きらきらとした瞳で虚空を見つめていた。
「へぇ、そうなんですか!それにしては皆さんしっかりしてますね!」
「冒険者ギルド職員の評価をメアリィを基準にしないで下さいね?あの子が特別ダメなだけなんです」
「あはは、ごめんなさい」
対してルリアの方はリズ寄りの思考の持ち主か。居眠りばかりの同期には容赦がない様である。まさかこんなところで知り合いの同期と出会えるだなんて思わずカザリもジークリットも話に花を咲かせた。
聞くところによればアンジェとルリアは迷宮区立入申請受付係の方で夜勤を務めていたらしい。特に問題もなく研修を終えた二人はリズの様に本配属で青の迷宮門前受付係に入った様だ。
「リズさんはもうばりばり働いてましたけどお二人もそうなんですか?」
「と言うよりメアリィ以外はこの間みんな研修を終えましたよ。メアリィだけが未だに、その、夜勤をしてます……」
「ありゃりゃ」
深い溜息を吐くルリアを見ているとメアリィが同期の中でどんなポジションなのか何となく想像出来る。どうやらリズだけが苦労をしていた訳ではないようだ。だが悲しいかな、恐らくあの居眠り癖は治らないだろう。
「本当あのリズと幼馴染みとは思えませんよ」
「リズさんはそんなに凄いんですか?」
「リズちゃんは同期の中でも飛び抜けて優秀でしたよ。研修を終えて直ぐに昼間の受付係を任せられるのは凄い事なんです。私達も昼間の受付係ではありますけど、この受付では出入りする冒険者の名前の確認しかしないんでお仕事は簡単なんです」
「ほへぇ、確かにそんな人と幼馴染みなのにメアリィさんは残念ちゃんだなぁ」
今頃昼間のフォルヴェーラで自由な時間を満喫しているだろうメアリィの事を思ってカザリは笑った。
それは馬鹿にした様な笑いではなく、誇らしい人を思う笑みだ。周りの評価がどれだけ低くてもカザリや一部の人はメアリィがどれだけ強い人間かを知っている。
邪教徒を前にして、死を前にして、誰もが絶望する中でメアリィは友のために勇気を振り絞れる素敵な居眠り職員なのだ。
「でもこう言ったらあれだけど、楽な場所に配属されて良かったね?」
「うぅジルさぁん、それがそうでもないんですよ〜!地下ってめちゃくちゃ辛いんです〜!」
「基本的に近くの宿で泊まり込みで仕事なんですよ。地上に上がれるのは2週間に一度の休息日だけです」
「うわぁそれは大変そう」
げんなりした顔で配属先に文句を言うアンジェとルリア。しかし、迷宮都市の冒険者ギルドに配属された時点でほぼ地下行きは決定しているため今更感は強かった。
受付係でないにしろ、食事処や宿舎の運営を全てギルド職員が行なっている迷宮区にはかなりの人員が割かれている。地上での業務にあたれるのは一部の運が良い者と能力の優れた者だけだ。
「まぁいつかは私達もリズやシエラ先輩のように昼間の受付係を任せられるように頑張るだけです!さて、お仕事お仕事!ほら、アンジェ!」
「あ、うん!では記録は完了ですので門前へどうぞ!」
気を取り直した二人に連れられて青の門に歩み寄るカザリとジークリット。側に立っていたギルド騎士数名にアンジェが話しかけると彼らは近くにあった台座に埋め込まれた魔石にオドを流し込み始めた。
オドが魔石を介して門に刻まれた魔力回路を走る事で重圧な門が淡く明滅する。その光は門と同系統の青い光だった。
「さて、これから迷宮に入るわけだけど、忘れ物はない?」
「はい!薬類も必需品も全部持って来ました!ハンカチもばっちり!勿論新しい相棒も!」
門前で振り返るジークリットにカザリは背負ったリュックを軽く振って中身がぎっしり詰まってる事をアピールする。そしてリュックとカザリの背中の間に背負われている黄緑色の剣の柄を掴んで誇らしそうに笑った。
「よっし、じゃあお弁当は?」
「ハナちゃんの愛が籠ったものを!」
「うんうん。あ、飲み物は?」
「果実ジュース3本あります!」
「良いね。そうだ、おやつは?」
「銀貨二枚まで沢山買って来ました!」
「銀貨二枚分で足りるかなぁ……もう一つのお弁当は?」
「持ってないよ!どんだけ食う気だよ!何しに行くんだよ!?」
迷宮に入る前の最終確認の中、ジークリットがカザリに聞いてくるのはどれもこれも食べ物の類ばかりだ。そんなものよりも心配すべき事は他に沢山あるだろうに。
流石にカザリもツッコミが我慢出来なかったようである。しかし帰ってきた答えはーー
「へ?遠足じゃないの……?」
「なんでジルがお遊び気分なんじゃい!」
どうやら初めての事にかなり緊張しているカザリとは正反対にジークリットは全く持って緊張を感じていない様である。あまりにも平然としているため寧ろカザリがおかしいのではないかとさえ思えてくる程だ。
「え、だって青の迷宮だよ?」
「舐め腐り過ぎでしょ……あいむ、びぎなー、あんだーすたん?」
「カザリの実力なら銅は硬いけどなぁ。まぁいいや、気を引き締めて行こ〜」
「おっふ、なんて気持ちの入ってない言葉なんだ……」
手をひらひらと振りながら、動き始めた門の方へと歩いて行ってしまうジークリット。その背中に揺れる一筋の流星を眺めて溜息を一つ。
どれだけ騒いでもこの差こそがカザリとジークリットの間にあるものだ。積み上げて来た努力と浪費した時間がまるで違う。
それでも追いかけると決めた、隣に立つと決めた。だってジークリットはカザリの事を対等な友達だと言ってくれたのだから。
「追いつくよ、高嶺餝」
自分に言い聞かせる様にして呟くとジークリットを追って駆け出す。視線の先では重圧な門が音を立てながらゆっくりと開き始めている。少し冷たい風が門の中から吹き付けて、カザリの髪を優しく撫でていったーー。
忘年会シーズンですね。もう直ぐ2019年も終わりかぁ〜...と言う話題で話を逸らそうとしましたけど正直に謝ります、今回まだ迷宮入らなかったです(笑)。次こそは入るんで!ごめんなさい!誤字脱字、不適切表現意味間違いなどありましたら都度指摘をお願いします。感想、評価、ブックマークも是非!




