いざ、迷宮へ
冷たく湿った風が穏やかに吹き抜けていく。周りを見渡せば、真っ暗な洞窟と言う訳ではなく存外に視界は確保されていた。
これは天井や壁、地面といった各所に群生している光苔の恩恵である。光苔は僅かな魔力を糧に生きる珍しい特徴を持っており、どの様な環境下にも生息している植物だ。灯魔石と比べれば大分見劣りするものの、これだけの数が群生していれば暗い洞窟でも視界の確保に困る事はなさそうである。
薄明かりに照らされる洞窟の中、カザリとジークリットの背後では重圧な青い門が閉じられたところだった。
「……それっぽ過ぎてちょっとテンション上がって来た」
「まだギルド管理区画内だからリラックスしてて良いよ。この先に広場があって、その場所が迷宮内の拠点になってるから」
「おぉう、迷宮の中にも休憩スペース的なのがあるのね。よっしゃ行こう行こう」
ジークリットの話によれば、どうやら門に入って直ぐ危険な場所という訳ではなく、入口近辺はギルド騎士が制圧し安全を確保しているとの事であった。
早速拠点となっている広場に向かおうとしてカザリはジークリットの隣に並んで歩き出した。すると不意に右手が暖かい感触に包まれる。不思議に思って隣を見るとジークリットが少し恥ずかしそうにカザリの顔を覗き込んでいた。
「あ、足元暗いから……良い……?」
薄明かりに照らされるジークリットの顔は仄かに赤みを帯びている。そんな表情にドキッとしつつカザリもまたジークリットの手をぎゅっと握り返して笑った。
「良いに決まってるよぉ〜。気を付けてね?」
「う、うん……っ!」
偶にだがジークリットはこうしてカザリに甘えてくる事がある。人前だったり、明るい真昼には恥ずかしさが勝って出来ないのだが、二人きりになれる暗い場所だと途端にしおらしくなって甘え出すのだ。
間違った正義から逃げ続け、人間の闇に一人きりで涙していた頃の反動なのか。心許せるカザリを前にすると我慢が出来なくなるようである。勿論カザリはカザリでいつもジークリットに甘えているので甘えられるのはウェルカムだ。
「ここ真っ直ぐで良いの?」
「うん、一本道だから真っ直ぐで良い」
そして会話は途切れる。薄明かりに包まれる洞窟の中を二人はいつもよりもずっと遅い足取りで歩いて行く。まるでこの僅かな二人だけの時間を大切にするかのように。その裏でカザリは内心ドキドキし過ぎて軽くテンパっているが。
(ほんとこの子ってずるい!なんでこんな可愛い事してくるの!?あぁもぉ!私は女!ジルも女!これはそう言うのじゃないから!)
自分からやる時は遠慮なしにいくくせに、人から攻められると途端に脆くなるカザリの乙女心は限界寸前だった。
誰に対しての言い訳か、心の中で必死に自分を正当化して気持ちを鎮めようと試みるが、右手から伝わる熱が嫌でもジークリットの存在を近くに感じさせる。せめてこの気持ちを悟られまいと視線を虚空へ泳がせ続ける事で精一杯だった。
「……カザリ」
「っ!?」
必死な気持ちでジークリットが友達である事を心の中で再認していると、沈黙を切り裂くようにぽつりとジークリットがカザリの名を呼んだ。
ただそれだけのことで驚いてしまう自分が恥ずかしくて堪らなくなり、赤面しつつジークリットの顔を覗き込む。しかしジークリットもまた頬を赤く染めてカザリを見つめていた。
「頼りないお姉さんでごめん……」
「な、何言ってんのさ。ジルはいつも頼りになるよ。それに私は一度もジルにお姉さんになって欲しいだなんて言ってないからね?」
「それは、そうだけど……やっぱり歳上としてダサいと言うか、その……」
「人の心の強さに歳は関係ないよ。強い子供だっているし脆い大人だっている。経験が心を強くする事もあるけど、どれだけ経験を積んでも弱いままの大人はいるんだから。そこは心持ち次第とはいかない部分だから、私は気にしないよ?」
「うん……」
カザリの言っている事は理解出来ているが、それでも納得がいっていないという様子で口を窄めるジークリット。
剣の師匠として、この世界の先輩として何かとお姉さんであろうとするジークリットだが、別にカザリはそんな事をジークリットに求めているわけではない。
ただ、友達として互いに寄り掛かっていたい。カザリにはそれ以外何も要らないのだ。
「大丈夫だよ?私はジルがどんな辛い過去を背負ってるか知ってるから。それにほら、私達は、その……と、友達、でしょ?私には甘えて良いからね?」
「カザリ……ありがと……っ!」
カザリが言わんとしている事が理解出来たのか、ぱぁっと表情を和らげると頬を赤くしたまま微笑む。そんなどうしようもなく可愛いジークリットと視線を合わせてるのが恥ずかしくなり、カザリは誤魔化すようにジークリットに飛び付く。
「その代わり〜私の事も甘えさせてくれないと駄目だぞっ♪」
「ひゃぁっ!?」
「でへへ、この欲しがりめ」
「も、もぉ〜!」
わいわいと戯れ合いながら薄暗い迷宮を歩いて行く二人。
まだ一ヶ月半しか共に過ごした時間はないけれど、お互いの行動の一つ一つが嫌に感じない。それはまるで長年付き添った親友の様で、カザリもジークリットもお互いに安心感を抱いている。
若干の恥ずかしさが残るものの、赤面しながらも笑い合う二人は、今後もずっと共に在れることを口には出さずとも互いに願っているようであった。
「ーーん?あれ、明るくなって来た」
「彼処が青の迷宮の拠点だね」
やがて道の先に見えて来た眩しい光にカザリは立ち止まった。光苔の頼りない光の世界の中に突如浮かび上がったのは、灯魔石で照らされた広場の様なスペースである。
眩しさに目を細めつつもジークリットがその場所こそが青の迷宮内にある拠点である事を教えてくれた。
「おはようございます。ジルさんとカザリさんですね。報せは受けてます。今日は攻略ですか?それとも探索ですか?」
すると拠点の入り口に立っていたギルド騎士の青年が駆け寄って来る。昨日の段階でリズが連絡を入れていてくれたのか、どうやらカザリ達が訪れる事は既に伝わっていたらしい。
明るい雰囲気の青年はカザリとジークリットを数度見比べてジークリットの方に来訪の目的を尋ねて来た。
「今日は探索だけで帰るつもりです」
「わかりました。でしたら、ジルさんはエリア30までの踏破記録がありますので、お連れのカザリさんも同様にエリア30までのお好きな転移法陣からお挑みください」
カザリが迷宮初心者である事、ジークリットの方がランクが高い事からジークリットに尋ねたのだろう。
青年は目的が探索だと分かると、手元の資料をめくって何かを確認する。そのままカザリとジークリットを拠点に連れて行き、再び拠点の入り口に戻って行った。
「ねぇ、ジル。わからない単語いっぱい出て来た」
若い青年の後ろ姿を見送って拠点の中央でカザリはジークリットを呼び止める。拠点の奥へと進もうとしていたジークリットは、慌てたようにカザリに振り返った。
「あ、ごめん。気が回ってなかった。何がわからなかった?」
「ううん、良いよ。知らない私が悪いんだから。んっとね、先ず攻略と探索って?」
「それはもう言葉のままだね。攻略は迷宮の深部を目指して下へ下へと突き進んでいく事。探索は既に攻略済みの階層で魔石とか魔物を狙う事だよ」
これに関しては地上で言うところの未開拓地攻略と開拓地探索に近いものがあるか。
未だに攻略の果たされていない未開拓地の攻略とは、地図作成や生態調査、気候調査や採れる素材の調査なんかが含まれている。
逆に攻略済みの開拓地における探索では魔獣の素材や植物の採取をはじめとし、鉱物や食料の採取などが行われる。
迷宮においても基本的なところは変わらず、攻略は未開の地の調査であるし、探索は開拓済みの地での採取などになる。
「じゃあ、エリア30って言うのは?」
「それは迷宮内の階層を示す言葉だよ。まぁ階層って言っても階段があって下の階に行く〜なんてわかりやすいものじゃないんだけど」
「と言いますと?」
「基本的に迷宮は下方に向かって伸びる洞窟なんだけど、一定間隔で周囲一帯の主となる強力な魔族がいるの。迷宮が侵入者への罠として作り出してる、なんて言われてるけど詳しくはわかってない奴らだよ。兎に角その主の事を私達は階層主って呼んでて、ボスがいる部屋までの区画を階層として分けてるんだ」
迷宮では地形や天候は不変ではないし、そもそも生態系は存在していないが、それ以上の明確な攻略と呼べるものがある。それこそが階層主の討伐だ。
階層主とは強力な魔族の事で、迷宮内に無数に存在する君臨する側の生命の総称である。迷宮では地図を作成してもそのうち使えなくなる事もあるが、階層主の部屋は不変である為、一度討伐をしておけばその後再び同じ階層主と闘わなくて良いというメリットがある。
「おぉ!めっちゃゲーム!つまりあれだ!ジルは階層主30体分の階層を攻略済みなんだね!」
「うん、そう言う事。それでね、階層主って言うのは最初に討伐されてから再配置される事はないらしくて、一度攻略が済めばそれでオッケーみたいなの。おまけに階層主が元々いた部屋は魔族が近寄らないらしくて安全な場所、安全領域として冒険者に重宝されてるんだ」
「……ぁあ、成る程!だから攻略っていうシステムがあるのね!簡単に言えば攻略って言うのは未攻略の階層を進んで、階層主を倒して、安全領域を確保する為にある感じでしょう?」
「うんうん、カザリはやっぱり頭良いや。安全領域が確保される事で新たな階層での探索がスムーズに行えるし、その先の未攻略の階層を攻略する際の拠点も確保出来るの」
階層主がいる部屋は特殊な仕掛けでもあるのか、その他の魔族が絶対に近付かない場所として有名だ。恐らく動物のマーキングの様に、自分よりも強者の縄張りに近付かない様にしているのだろう。
そんな経緯があって階層主の部屋は、階層主討伐後には安全地帯として利用されている。その名が安全領域である。
「っひゃあ、良く出来てるぅ!んでんで転移法陣って言うファンタジー臭がぷんぷんする素敵ワードは?」
「対になってる魔法陣同士を繋いで転移出来る魔導具だよ。基本的に安全領域には必ず配置されるから、途中で帰りたくなった時や次また途中から挑みたい時なんかに凄く便利なの
「ワープキタコレ!」
まさか現実に転移と言うものが存在しているとは思わずカザリはワクワクが止まらなかった。だが、忘れてはいけない。カザリがこの世界に来たのは紛れもなくその転移によるものである。
「設置にはかなりの魔石と術式が必要だから、新しい安全領域が確保された時は階層主を倒した冒険者達に依頼が発行されるんだ。ギルド職員達を護衛して安全領域まで連れて行き、転移法陣を貼る為に、ね」
「めちゃめちゃ便利やん!あ、でも不必要に実力の伴ってない階層まで行かないように、その冒険者が攻略した階層をギルドが管理して、攻略済みの所からしか入らないようにしてるんだね。それでジルはエリア30までなんだ」
「うん、その通りだよ」
いつだって無茶をする輩は多いもので、実力に見合ってない場所に挑んで命を落とす者は大勢いる。そんな人達を出来るだけ少なくする為にギルド側が行なっている措置である。
しかし、挑める迷宮をランク毎に縛っていない事からもあくまで冒険者の自己責任と言うスタンスは守っているらしいが。
「迷宮内の地形が変わる事は話したでしょ?一度攻略した階層であっても次来たら全然違いました〜なんて事も結構あるみたいなの。でも、そんな事ばかり繰り返してたら一向に攻略が進まないから古代魔導具の技術をなんとか使えるものにして、転移法陣を作り出したんだって。奇跡的に階層主の部屋は不変だから一度転移法陣を結んでおけばいつでも続きから挑めるってわけだね。因みに階層主の部屋を結ぶ各階層は常に変動する可能性があるから二度目の探索であっても油断は禁物だよ」
「おっけ!大体理解した!じゃ、最初の階層から行こう!私初心者だし!」
青の迷宮の拠点にて大凡の疑問が解決したカザリはジークリットを伴って歩き出した。
拠点には幾つものテントが張ってあってギルド騎士やこれから攻略か探索に向かうだろう冒険者のパーティがちらほらと見受けられる。
拠点の奥に辿り着くとそこには更に奥へ続く一本道と幾つかの小さな建物が並んでいた。
「この建物の中に各安全領域に繋がる転移法陣があるよ。そしてこの先の道がそのまま第一階層であるエリア1に繋がってる」
「よ、よぉし、ここからスタートだね!気合入れてくぞぉ!」
「そこまでの心配は要らないと思うよ?」
「良いの!最初が肝心なの!」
「そうなの?」
「そうなの!」
そうしてカザリとジークリットはエリア1へと足を踏み入れたのだったーー。
「うーん、何もない……思ってたのと違うよぉ……緊張の糸が切れて来た……」
「青の迷宮の序盤なんてそんなものだよ?最低限の警戒さえしてれば、命を持っていかれるような事は起きないから安心して」
場所はエリア1の中層付近である。拠点までの甘々な雰囲気とは打って変わって、常に周囲を警戒しながら歩いて来た二人だったが、あまりにも罠や敵影がない事から気が緩み始めていた。
この場所に来るまでに手に入ったのは石ころ大の小ぶりな魔石が二つだけである。カザリの様な初心者からすればどうでも良いが、ジークリットの様な最高位の冒険者が1日の時間を浪費してまで手にするにはあまりに仕様もない稼ぎだ。
初心者向けの迷宮の序盤なんて所詮こんなものだと言うジークリットの言葉が漸く理解出来たカザリだった。
「因みに金の迷宮の現在攻略中の階層はどんな感じ?」
「油断したら次の瞬間には死ねるよ」
「ひぇえ!ぜぇったい行かない!どんなに強くなっても行きたくない!てかそれ禁地なんかよりも余程危ないじゃん!」
「禁地にはね、難易度で大雑把に3つの種類があるの。一般的なのがそのまま禁地、次に危険度が高くて基本的に攻略を推奨していない禁地の事を封禁地。そして最上位の危険度を誇り、立ち入りを完全に禁止している禁地の事を絶対禁地って呼ぶんだけど金の迷宮の深層は封禁地の認定を受けてるからね」
「うへぇ〜、封禁地の攻略適正は?」
「到達者数名を含むSランク以上の冒険者20人以上のパーティって言われてるけど、誰も本気で攻略に挑んだ事はないよ。命がいくつあっても足らないからね」
「ですよね〜」
まさか同じ迷宮でそこまでの差があるとは思わずカザリは一つ溜息を吐いた。ジークリットの言葉をわかりやすくするならば、ロカのような化物数名を筆頭にジークリットやアーノルドと言った歴戦の猛者を小隊レベルで揃えなくては攻略に挑む事も出来ないらしい。なんだそれ、無理ゲー。
「ま、私には関係ない話だ。兎に角私は一歩ずつ歩いて行くって決めてるし」
「うんうん、その意気だよーーって事で早速お客さんだね」
「っ!」
完全に油断し切っていたカザリとは対照的に、会話をしつつも常に周囲を警戒していたジークリットが敵の接近を告げる。
果たして視界の先に現れたのは人型を模した岩だった。頭部と思わしき部分に嵌め込まれた魔石が核となっているのか、薄明かりの中で不気味な挙動で歩いて来る。
赤い魔石は明らかに弱点ではあるが、初見の敵にカザリは緊張を高めた。ごくりと唾を飲み下して背負っていたリュックを下ろすと、背負っていた剣の柄に手を伸ばす。
「あれは……?」
「岩石人魔って言う魔物だよ」
「ん”っ!!?」
まさかのネーミングにズッコケそうになるカザリ。それでは彼の有名なアクションゲームのキャラクターと同じではないか。残念ながら見た目は青くてしなやかなフォルムとは違い、灰色でゴツゴツとしているが。
「そのネーミング多方面で大丈夫!?」
「へ、何が?」
「う、くぅ〜!ここは異世界かぁ〜!なら、セーフ……なのか……?」
誰に問い掛けるでもなく自分の中の何かと葛藤する。しかし、目の前に迫る敵はカザリの都合など知った事ではない。ゆらゆらと確実に迫りつつある岩石人魔を前にして、気を取り直して剣を引き抜いた。
「ジルは手出さないでね」
「うん、頑張ってね」
柄を両手でしっかりと握り締めて腰を浅く沈める。踵を浮かして前傾姿勢を取ってカザリは鋒を岩石人魔へと向けた。
カザリが握る不思議な黄緑の剣はバーリーとその弟子、おまけにアレンが加わって鍛造により2週間かけて叩き上げた逸品である。カザリが異世界に来て直ぐに行われた初めての戦闘の相手であるタックルバード。そんな怪鳥からの奇跡の勝利によって得た戦利品の黄緑の龍魔石を材料とした剣だ。
バーリーに譲ってもらった初めての愛剣は残念ながらイゴールとの戦いでその使命を終えてしまった。その代わりとして打ってもらったのが新しい黄緑の剣である。
「ふぅ……硬そうだけどいける、気がする」
元はジークリットに感謝の気持ちとして贈るつもりだった龍魔石だが、ジークリット本人に武器を作る事を勧められたのである。
街を救ったカザリへの報酬の一つとして、加工の費用やその他必要となる素材は全て冒険者ギルドフォルヴェーラ支部長アーノルドが用意してくれた。
バーリー曰く、今後を含めた人生においてトップ3には入る自信作だそうだ。そもそも龍魔石は武器の核となる素材としては破格の性能を持つ。
カザリが手に入れた龍魔石は緑龍の龍魔石で、風や天候に影響を持つ魔力を秘めた代物だった。そんな龍魔石を基に打たれた剣は剣身が常に風の刃を纏う魔法剣である。
「因みにその核になってる魔石も売れるから壊さず抜き取ってみて」
「無茶ぶり!?」
カザリがオドを流し込む事で魔法剣の核となる魔石が効果を発揮し始める。目に見えた変化はないがびゅんびゅんと細かい風切音が鼓膜を揺らした。
魔法剣自体が勝手に周囲のマナをかき集めて見えない刃を形成しているのである。それにより攻撃力は勿論、切れ味もまた飛躍的に上昇している。
「出来たらご褒美あげる」
「ご、ご褒美……因みに何でしょう?」
ただ戦うだけではこの程度の相手ではカザリの経験値には成り得ない。側にいながら適切に負荷を与えてカザリのスキルアップの為に注力するジークリットは良き師匠である。
「んー、何が良い?」
「あれやって欲しい!お風呂入った後にジルの魔術で髪乾かすやつ」
「へ?あんなので良いの?と言うか毎日やってるけど……」
「あれが良いの!ジルに丁寧に乾かして欲しいの!今日はいつもより長くして!」
おまけにご褒美までチラつかせるあたりがカザリの上手い扱い方を知っている。カザリもまたホイホイと釣られてご褒美を指定するのがなんとも微笑ましい。
どうやら風呂上がりにジークリットがかけてくれるドライヤーの様な魔術がお気に入りらしい。ジークリットに丁寧に髪を撫で回されるのがカザリにとってはご褒美なのだそうだ。
「あのくらいなら全然良いけど……それじゃあご褒美として弱いからプラスで体中私が綺麗に洗ってあげるね」
「ゔぇっ!?それは遠慮する!!」
「何で?」
「何でも!!」
と思っていたら急にめちゃくちゃ恥ずかしいご褒美を提示されたので全力で拒否する。背中洗いっこまではカザリも許容出来るが、全身くまなく委ねるとなると話は別だ。
恥ずかしい事は勿論、ジークリットの様に綺麗で可愛い女の子に全身を撫で回されるのは女であるカザリにとっても大分しんどい。友達であると言う事を心に念じ続けているカザリの理性が持つかどうかわからないので、そのご褒美だけは意地でも受け取れなかった。
そんな阿呆な会話をしていると最早後数歩の所まで近付いていた岩石人魔が大振りな挙動で腕を振り上げた。
「よっしゃ、来いやのろのろくん!」
爪先に力を入れるとバチっという放電音を伴って前倒しに駆け出す。全身にオドを巡らす感覚とは少し違うカザリなりのアレンジ技、部分的身体強化により脚力のみを飛躍的に向上させて一歩を踏み込んだ。
強化を一点に集中させる事で更なる効果を生む応用である。強化された肉体による一歩は通常の一歩と比べるまでもなく凄まじい速度と距離を伴う。
ただの踏み込みからの一歩で間合いの内側に潜り込んだカザリ。次の瞬間には黄緑の剣を翻して岩石人魔が振りかぶっていた腕を斬り飛ばした。返す太刀で反対側の腕も斬り落とすと、油断なく岩石人魔の脇を駆け抜けて十分な距離を確保し振り返った。
「手応えありじゃ〜!」
不格好な岩石人魔は先程よりも不安定な挙動で動いている。距離を開けたカザリよりも目の前にいるジークリットに狙いを絞ったか。両腕のない魔物はのろのろとジークリットに襲い掛からんと迫る。
「余所見すんなしっ」
カザリは再び大きな一歩で踏み込むと、岩石人魔の背中側から各部を斬り裂いていく。我武者羅な戦いは自身のスキルアップには繋がらない。戦いの際にも常に考える事は止めず、次へ次へと思考を加速させていく。
先ずは動きを止める事が先か。それとも致命傷を取りに行くべきか。そんな事を考えながら脚を斬り落とし、胴を斜めに両断して、首を刈り取った。
そうして気が付けばあっという間に岩石人魔はばらばらになっていた。ばらばらに崩れ去った岩石の中、岩石人魔の頭部を抱えるカザリ。
意外にも男らしく魔石が埋め込まれた中央の窪みに腕を突っ込むと、そのまま魔石を引っ掴んで抜き出した。何かの繊維が周りに付着していたがお構いなしにブチブチと千切ったった。
「……勝ち?」
「勝ちっ!」
手に持つ魔石をジークリットに見せる様に掲げて小首を傾げて確認する。するとジークリットは嬉しそうにカザリに飛びついて来た。
「凄い!凄い!圧倒的!」
「でへへ、照れちまうねぇ」
今のカザリにとってはこの程度のレベルの魔物なら恐るるに足りないか。それもこれも師匠の教えとカザリの努力の賜物である。
普通の人間が剣を握って一ヶ月半でここまで成長する事はまず無い。どれだけの努力をカザリが積んでいるかが窺える勝利であった。
「これはご褒美だぁ♪」
「やったぜ!ジルの手櫛ドライヤーげっつ!」
「それと全身ボディウォッシュもねっ♪」
「それはまじでやめてけろ!」
手に入れた魔石をリュックにぶち込んで再び歩き出す二人。その後は取り立てて事もなく、壁に付着する様に発生していた魔石を回収したり、二人仲良くお昼ご飯を食べたり、おやつを摘みながら光苔で遊んだりとカザリの初めての迷宮での探索は楽しいものとなった。
結局そのままエリア1の最奥、安全領域まで辿り着いてしまったので本日はそこで御開きという事で転移法陣を利用して入り口へと帰還を果たしたのだった。
余談ではあるが、その日の夜の銭湯にて黒髪緋目の少女の甘い悲鳴が響き渡っていたそうなーー。
もう直ぐコミケですね。行った事ないけど。行ってみたいとはずっと思ってます。あとメリクリですね。ど平日ですけど。ショートストーリー書こうかなとも思いましたが物語進めたいのでやめました。今回はここ最近ずっと悩んでた設定のお披露目回です。ファンタジー世界だけどあくまで現実って事を忘れたくなくて、他作品で描かれる様な一般的な迷宮と付かず離れずな具合に調整してます。これなら多少は現実っぽいかなと。僕らがその場に行った時にすんなり受け入れられる設定が良いんですよね。カザリちゃん的にも。それにしてもブラウアビスって他言語が混じり合ってるの笑える(笑)。




