限界集落編①
何がきっかけだったか?
学生時代から付き合ってた、将来を約束していた彼女に「好きな人が出来たの。私と別れて」と言われたから?
生き甲斐にしていた仕事でプロジェクトから外されたから?
飼ってた金魚が死んだから?
全てが空しくなった。
全てがどうでも良くなった。
今なら古文の授業で習った『光源氏』の『無情感』『もののあはれ』が理解出来る。
会社を辞めた。
アパートを引き払った。
荷物も全て整理した。
誰も僕を知らないどこかへ行こうと夜行列車に乗った。
どこかを目指した訳じゃない。
都会が嫌だっただけだ。
ある田舎町に来た。
駅から更にバスに乗った。
どんどん山の中に入る。
ふと、スマホを覗く。
『圏外』の表示。
どうやらここではスマホは無用の長物らしい。
願ったりかなったりだ。
僕はスマホの電源を切った。
『終点妻請村』
バスの電光掲示板に表示される。
妻請村?
変な名前の村だな。
嬬恋村みたいだ。
とにかく終点だ。
降りなきゃいけない。
終点のバス停で降りる。
何もない。
あるのは荒れ果てた土地、田畑の跡地だろうか?
「ここで暮らそう」
僕は思った。
ここならば一人で生きていける。
ここには『いかにも忠実な後輩』という顔をして人の企画書を盗むヤツはいない。
ここには善良な隣人という顔をして人の婚約者を寝取るヤツはいない。
貯金は多少はある。
手持ちの荷物を整理した時に生じた金銭もある。
引っ越し業者に金を払う必要はない。
今、僕は身体一つなのだ。
取り敢えず、ここに腰を落ち着けるための手続きをしよう。
一先ずの行動拠点を確保したい。
ビジネスホテルは・・・なさそうだ。
あるのは古びたバス停だけで、電車は見たところ村にはなさそうだ。
旅館でも民宿でも良い。
とにかく今日泊まれる宿を探さないと。
宿を探すが、宿どころか廃墟でない建物が見つからない。
というか、廃墟と古民家の区別がつかない。
僕が『廃墟だ』と決め付けてスルーした中に、村人の住居があるかも知れない。
困った。
見渡す限りの空き地ならともかく、廃墟らしき古民家が立ち並んでいる。
これだけ障害物があると『第一村人』がどこかに潜んでいても、気付けないぞ。
僕はアテもなく村の中を彷徨った。
「もしかしたらここは廃村で誰も住んでいないんじゃないか?」という嫌な考えが頭をよぎった。
バス停に戻って、次のバスの時間を見る。
げ、バスは1日に一本。
つまり次にバスが来るのは明日だ。
完全に詰んだかも知れん・・・と思っていた時、一人の年老いた農夫とすれ違う。
これが最後のチャンスかも知れない。
僕は農夫に声をかける。
「人との関わりを断ちたかったんじゃないのか?」と言われたらグゥの音も出ない。
僕の『人を頼る性格』が利用されて、今の状況がある。
結局、僕は追い詰められると『人に頼る』のだ。
「あの、すいません!」
「あぁ?」農夫は首をこちらへと向けた。
農夫は灰色の色褪せた『妻請農協』と書かれたキャップをかぶっている。
それはこの村にコミュニティがある証拠だ。
「この村に来たばっかりなんですけど、次のバスが明日なんで何にしても今日はこの村で宿を取るしかないんですが、この村の宿を教えていただけないでしょうか?」
物は言いようだ。
「この村に根付くつもりだ」とはいきなり言わなかった。
「田舎の人は排他的だ」とどこかで聞いた事がある。
いきなり距離感を詰めるのは得策ではない、と考えたのだ。
「宿?
・・・そんなモノは村にはない」農夫がボソッと言う。
「そんな・・・。
探せばどこかにないですか?」
「ないものはない。
銅山が閉山になってない頃ならまだしも、今のこの村で商いをする者がいる訳もなかろう」
「じゃあ、この村の人はどうやって生活してるんですか?」
「自給自足だ。
そして出来た農作物を交換して生きている。
川では魚を取り、山では猪や鹿も取っている」
「じゃあ、僕はどうすれば良いですか?」
「・・・取り敢えず役場で相談しとくれ。
役場には連れて行ってやるから」
農夫は僕の返事も聞かずに軽トラのエンジンをかけた。
「ありがとうございます」
僕はぺこっと頭を下げると軽トラの助手席に乗った。
軽トラはかなり年期が入っている。
コラムシフトのマニュアル操作だ。
そして今どきの重ステらしい。
ハンドルを回す時、必ずタイヤを動かしている。
僕が感心して見ていると農夫は「重ステが珍しいのか?タイヤを動かしていると自然とハンドルは真っ直ぐになろうとするんだ。
『復元力』って言うんだ」と説明してくれた。
『復元力』なんて自動車教習所で教わって以来久しぶりに聞いた言葉だ。
「へぇー。
教えていただきありがとうございます」
「いや、この村に滞在するなら農作業を手伝う事もあるだろう。
きっと重ステの軽トラを運転する事もあるだろう。
覚えておいて損はない」と農夫。
アレ?
僕ここにしばらく滞在するって言ったっけ?
言ったんだろうな。
じゃなきゃあんな事言われる訳がない。
その場は農夫の言う事を流す事にした。
「着いた。
ここが村役場だ」農夫は言うとズカズカと村役場に入って行った。
ここで下ろされると思ってたのに、村役場の中まで付き合ってくれるみたいだ。
ぶっきらぼうだけど意外と面倒見の良い人なのかな?
しかしこりゃ年期の入った役場だな。
年期は入っているが作り自体は質素じゃない。
それは『かつては村が栄えていた』事を物語っている。
さっきオッサンがちょっと話してた『昔、この村に銅山があったが閉山になった』という話と関係あるんだろうか?
役場の職員は見える範囲で二名。
二階もあるから二名で全部じゃないだろうけど、普通は窓口業務だけでも二名じゃ回らない。
この村がいかに過疎か物語っている。
「おやシンさん、ここに来るなんて珍しい。
何の用事だい?
その人は?」
役場の職員が農夫に声をかける。
役場の職員は農夫を知っているようだ。
そして農夫は『シンさん』と呼ばれている。
「俺の用事じゃないよ。
久々に村に『迷い人』が来た」
気のせいか?
職員の表情が一瞬変わった気がした。
どうやら村を訪れた人は『迷い人』と呼ばれているらしい。
職員は排他的なんだろう。
きっと僕を警戒の表情で見たんだ。
「そうかい。
それで?」
「泊まるところがないらしい。
役場で面倒見てやっちゃくれないか?」
「それはやぶさかじゃないけど・・・」
「そりゃ良かった。
俺はまだ農作業が残ってるんでここで失礼するよ」農夫はそう言うとひらひらと手を振りながら役場から出て行った。
「色々ありがとうございます!」僕は農夫の背中に向けてお礼の言葉を言った。
農夫は聞こえたのか、聞こえないのか無反応で役場から出て行った。
「宿を探してるんだよね?
あんまり泊まれる所の数はないなぁ」
「来る途中、沢山の空き家を見たんですが」
「もう数十年空き家のままだよ?
土台は確かにしっかりしているところが多いけど、畳だって腐ってるかも知れないし雨漏りだってするかも知れないし。
しかも空き家って言っても所有者はいるんだ。
いないところでも村が所有者になってるんだ。
勝手に泊まったら『不法侵入罪』になっちゃうよ。
たとえ空き家だって、トラブルを避けるにはちゃんと法的手続きを踏まなきゃね!」
「手続きを踏めば空き家に住めるんですか?」
「そりゃ住めるよ。
見ての通り妻請村は過疎化が進んでいる。
だから妻請村に移住したい人には村が管理している空き家を格安で貸し出す事になっているんだ。
でもオススメはしない。
ちゃんと住めるようになるまできちんと手をかけないといけないし」
「空き家に住まないならどうしたら良いんですか?」
「役場の裏山をちょっと登ると『村社』、村の氏神様の神社があるんだ。
そこならしばらく安全に滞在出来ると思うよ?」
どうする?
『空き家へ住む』限界集落編②へ
『村社に泊まる』限界集落編③へ




