①
惑星移住しようとする人間は少なかった。
理由は『人類の連戦連勝』というプロパガンダのせいで「実は地球の危機なんだ」とわかっているのはごく一部の人間だった。
もし真実を民衆が知ったとしてもパニックにはなるだろうが、惑星移住は出来ない。
惑星移住には莫大な費用が必要で民衆にはその金額を払うだけの財力がない。
なので惑星移住しようという人間は少なかったし、しようという人間は真実を知っている権力の中枢の近くにいる者達だった。
しかし惑星移住しようとしている者達の中に女性は少なかった。
権力の中枢にいる者達は酒池肉林のハーレムを作っていたが、所詮そういった女性達は富とステータスに群がっているのであって権力者の金は地球でしか通用しない物だし、権力者のステータスなどは地球から出たら犬も食わない物だった。
権力者に「私と一緒にテラフォーミングしてくれ!」と言われた女性も「何が悲しくて貴方の富も名声も届かない銀河の彼方に一緒に行かなくちゃいけないの?」と権力者の元を去った。
女性達にしてみれば、権力者達の話は信じられず「俺と一緒に死んでくれ」と言う心中の口上に聞こえたのだ。
こうして惑星移住しようとしたのは権力者と彼らに心酔した側近達の男達と、権力者の意見に賛同した科学者と技術者達だった。
人間が住める可能性がある惑星をある科学者が見つけ出した。
その惑星に異星人が侵略してこない保証はない。
理論上「人間が住める可能性がある惑星」というだけで本当に人間が住めると決まった訳じゃない。
原生生物がいたとして危険生物でないという保証はない。
・・・というか原生生物がいないと狩猟採集生活すらままならず、現地での農耕が軌道に乗る前は現地の植物を食べるだけで生きていけるか不明だった。
惑星移住にはそれだけのリスクがあるのだが「このまま地球に留まるよりは人類を生き残らせる可能性がある」という判断に賛同した者達の選択した答えなのだ。
惑星移住者は30人、全てが男であった。
男だけでは繁殖出来ない。
男だけで他の惑星を目指すのは前述の「富も名声もないのについて来る女はほとんどいない」というのが1つ、もちろん惑星移住の賛同者には妻帯者や家族連れもいたが、見つけた人間の住める可能性がある惑星が木星の衛星という事で、どれだけ最新の宇宙船を用いても到着までに約半年はかかるので「そんな保証のない長旅に家族連れは相応しくない」という事で第一陣からはそういった連中は外れたのだ。
つまり第二陣、第三陣を考えている。
第一陣が移住成功して現地に生活の基盤を作れば、さらに賛同者は増えそこには女子供が沢山いる目論見だった。
だいたいそんな大人数で宇宙漂流は出来ないし、そこに肉体的弱者女子供を大勢連れて行く訳にはいかない。
食料の備蓄にも限りがある。
異星人の侵略で人間は安全に住む場所を制限されている。
当然自由に農業などは出来ないし、食料は配給制で不足気味だ。
出来る限りの食糧備蓄は第一陣に持たせるが、それで充分であるかどうかは不明だ。
何しろ惑星にたどり着くまでではなく惑星にたどり着いた後、自給自足出来るようになるまでの当面の食糧でもあるのだから。
第一陣は地球から逃げ出すようではあるが、実は命懸けで別の惑星を目指し自給自足の足掛かりを作って、しかも危険な地球に戻ってきて第二陣・第三陣を連れてまた移住先の惑星に戻る・・・という非常に危険な役割を担っているのである。
権力者達が若い愛人を連れて行こうとしたのも「移住先の惑星は女子供が住むのに適しているか?」「移住先の惑星は生殖行動に適しているか?」を判断しようとしたもので決して利己のよる感情だけではなかったのだ・・・計算外だったのは愛人達が思った以上に利己的であった事だが。
権力者、技術者、科学者が男ばかりである現実に男性社会の弊害を見てとれる。
もし権力者が女性なら第一陣は男ばかりの布陣にはならないだろう。
私は代議士秘書だ。
もっと詳しく言うと今回の『惑星移住計画』の発起人である代議士兼大臣の秘書だ。
私は代議士の先生に心酔している。
先生は先を見据えた己のためではない行動が出来る人間だ。
多少女癖が悪く、奥様の他に愛人が数十人いるが『英雄色を好む』とも言うししょうがないと思っている。
私は先生の著書を高校時代読み、深く感銘を受け「弟子にして下さい!」と先生の屋敷の前で先生を待ち伏せしたのだが、先生は「もし君が本気なら最高学府である大学の法学部に進学したら、君をアルバイトの秘書として雇う事を考えても良い」と言って下さった。
それから私は必死で勉強をし一年浪人の後最高学府の法学部に合格した。
言われた通り大学に合格した私は合格通知を持って先生の屋敷に「約束通り大学に合格しました!弟子にして下さい!」と言いに行った。
先生は私が本気で来るとは思っていなかったのか、少し呆れたような驚いたような顔をしながら「約束は約束だ。明日から私の屋敷に来なさい」と私を秘書にしてくださった。
大学生と代議士秘書の二足のわらじは大変だったが、私はアルバイト秘書で第一秘書、第二秘書は他におり基本的に雑用ばかりだったので、何とか両立出来た。
そんな私が秘書になり2年の月日が流れた。
私が大学三年生になったある日その出来事は起きた。
『エイリアン襲撃す』それは南米で起きた言って見れば「対岸の火事」だった。
しかしエイリアンはその数と侵略する場所をあっと言う間に増やしていき、人間の居場所を奪っていった。
エイリアンはそれほど強くはなかったし、世界全体でもエイリアンに殺された人々は20万人ほどだったがとにかくエイリアンは「数が多かった」のである。
オーストラリアのフクロオオカミは一頭で4頭の犬を相手に出来るほど強かったが、犬の多さと繁殖力に住処を奪われて、最後は絶滅してしまったのだ。
とにかく人間は凄い勢いで増え続けるエイリアンに住処を奪われ続けた。
エイリアンがいくら弱いと言っても1VS1なら人間よりは強く、攻撃性もあったので目の前にエイリアンが現れたら、丸腰の人間は逃げるしかなかったのだ。
エイリアンが日本に現れ始め、局地的に自衛隊とエイリアンの戦闘が行われて、世間では『人類の連戦連勝』というプロパガンダが信じられ、実際にも局地戦では自衛隊が敗北する事はなかった。
しかし勝っているはずの人類はジリジリと後退せざるを得なかった。
エイリアンは後退しなかった。
負けようがどうしようが死ぬ瞬間まで前進し続けたのだ。
後退しないとエイリアンの大軍に飲み込まれてしまう。
人類の戦いは「いかに後退しないか、いかに踏みとどまるか」というものだった。
私はそんな現状を知っている数少ない市民の一人だったのだ。
先生の出した答えは「これは無理だ。
抵抗しきれない。
他の惑星に逃げよう」というものだった。
私は信じられなかった。
どんな天然災害からも、国際問題からも逃げずに立ち向かってきた先生が言う言葉とは思えなかった。
しかし私は先生の言う事を信じる事に決めていた。
第一秘書、第二秘書の先輩方は地球に残り、第二陣・第三陣が迎えに来た時の受け入れ態勢を作っておくとの事だった。
先生と一緒に第一陣として惑星移住するのは思ってもいなかったが私が選ばれた。
先生と奥様との関係は冷え切っていた。
当たり前である。
夫婦関係が上手くいっていたら何人も愛人を作る訳はないのだ。
「アイツは連れて行かない」先生の口から当然のように決別の意思が伝えられた。
第一陣として惑星に移住するのはその世界でも権威と呼ばれている人達ばかりだ。
当たり前か、真実を知っているのは一握りの支配者階級とその周りに人々で、第一陣の移住者の中で私が一番若輩者だ。
皆ある程度、実績のある者達ばかりで、ある程度年齢もいっている者ばかりだ。
その中でも一際若い二十代前半の私。
以前の私は『俺』と言っていて先生に「私の弟子になりたいなら先ずは『俺』と言うのを直しなさい」と言われるくらい精神的にも幼かった。
宇宙船は「こんなに広くて良いのか?」というくらいの広々とした作りだった。
「第一陣は視察も兼ねた少人数だが、第三陣は同タイプの宇宙船五隻で一つの宇宙船に五千人は乗ってもらうつもりだ。
それでも惑星移住には人数が少なすぎると私は思っている。
しかし我が国が惑星移住に成功したと聞いたら諸外国も『我々も移住させろ』と騒ぎ出すだろう。
最終的に移住規模は数百倍に脹れ上がるかも知れない。
そうなった場合、移住先の星の食料事情は問題が出るだろう・・・まあそれは移住が成功する前に論じる話ではないな」と先生は仰られていた。
なので宇宙船内にはパーソナルスペースは沢山有った。
それはどう考えても社会的地位も年齢も一番下の私にとっては「気の休まる場所が多い」と言う事で助かった。
無重力空間での生活には違和感は感じたが、それも慣れるまでの話だった。
「こんなに順調で良いのか?」などと思っていた私に先生は「恐らく移住先に着いてからは、そんなに計算通り話が進まないから覚悟しておくように」と戒めていた。
しかし計算外の事故は宇宙船に乗って二ヶ月目に入った頃、突然起こった。
衝撃と共に電気系統にトラブルが起こり、地球との交信が一切途切れた。
電気系統のトラブルは技術者達の必死の復旧作業でなんとか最低限の電気の供給は守られたが、それ以後地球とは交信が取れなくなった。
「太陽フレアのせいだ」科学者の一人がつぶやいた。
太陽フレア・・・太陽表面での爆発の事で小規模のものであれば日に数度は起こっているという。
大規模のものとなると、衛星や宇宙船、地球そのものにも被害を及ぼすと言う。
被害は主に電磁波や放射能で電子器機に深刻なダメージを与える事が多いそうだ。
故障したのは通信器機だけではない。
エネルギーは太陽光を主に使っているが、故障により断線した事でエネルギーが片道もつかが微妙になってきた。
つまり地球とは連絡が取れないし、移住先で故障が修理出来ないと地球には二度と戻れないという事らしい。
移住先での受入作業を整えるのに早くても五年は費やすだろうし、それと並行して宇宙船の修理設備まで作ったとしても半世紀以上はかかるだろう、その頃に寿命が残っているのは今回の移住メンバーの中では私だけだろう、との事。
その事故の後私は先生に言われた。
「もうこうなっては未来の希望は君だけだ。
我々の希望の灯を絶やさないでくれるか?」
もし地球に帰って第二陣を連れて戻って来れるとしても、それが出来るのは私だけなのだ。
人類の希望の灯は私にかかっている、という事だ。
「重責に潰れそうですが、私にしか出来ない事であるなら是非期待に応えたいと思います!」私はそう答えた。
私の言葉を聞いて先生は技術者と科学者の人達に何かを伝えていた。
科学者と技術者達はその晩から何か研究を始めたようだった。
どうせ私が聞いても何の研究をしているかわからないだろう。
しかしその研究が人類の未来のための物であるのは何となくわかっていたし、その未来という物に私は深く関わっているだろうし、私が邪魔をすべきではない、口を挟むべきではない・・・という事を何となく思っていた。
五か月が経過し「あと移住先にひと月もかからず到着する」という時に私は目を醒ました。
目を醒ました・・・と思っていた。
私が目を醒ますとそこは宇宙船の中ではなかった。
ここはどこなのか?今はいつなのか?私は軽いパニックになった。
目を醒ました私がしばらく呆然としているとそこに先生が現れ言った。
「目を醒ましたかね?ここ我々が目指していた惑星だ。
君は『眠って目を醒ました』という風に思っているだろう。
だが私が君に『未来の灯を君に託しても良いか?』と聞いて君が了承してくれてから研究者達、技術者達は研究を始めて、宇宙航海が五か月目に入った頃に寝ている君を使って一つの実験が行われたんだ。
君は二か月くらい前に宇宙船の中で眠りについた記憶しかないだろうし、感覚的には昨晩宇宙船の中で眠ったという感覚しかないだろうがね」
つまり私が眠りについてからすでに二か月以上の月日が経過しているらしい。
そしてその間に移住先の惑星に到着していた、と。
そして私は寝ている間に研究と称して身体をいじり回されていたらしい。
私は先生を心酔している。
「死ね」「犠牲になれ」と言われたら喜んでその身を投げ出しているだろう。
だからこそ、先生について安全の保証されていない惑星までついて来たのだ。
正直ショックだった。
先生に「明日の人類のための礎になれ」と言われたら喜んでこの身を捧げるし、それは先生も理解していると思っていた。
それなのに先生は私が寝ている間、断れない間に私の身体を研究に使った。
私が断るとでも思ったのだろうか?
それとも「死ね」と命令するよりも私が嫌がる研究なのだろうか?
そんなショックを受けている私の心情を知ってか知らずか先生は私に謝罪した。
「君の了承もあまり取らずに研究を始めてしまって申し訳なく思っている。
しかし、この研究は君が断ったとしてもどうしても断行しなくてはならない研究だったのだ。
何せ人類存続の可能性がかかっているのだから。
君にはこのカプセルの中で『細胞を変質されられるか?』という研究をしてもらっていた。
実験は大成功だった。
君には私の子供を沢山産んでもらおうと思っている」




