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移植編

「都会に出て行ったらそれっきりなんだから。


たまには帰ってきて元気な顔を見せなさいよね」母親の小言に僕は重い腰を上げた。


僕は年の瀬に仕事をひと段落つけ北へ向かう深夜バスに乗った。


年末だからか元々そういうものなのかは知らないが、深夜バスは混雑していた。


スキーかスノーボードに行くのだろうか?


若い女の子の集団に囲まれたようだ。


ハッキリ言って気まずい。


僕が社交的なキャラなら女の子達に囲まれている状況を楽しめるだろうが、僕は挙動不審になるしかない。


それに何とか年内に仕事を無理矢理片付けてきた今はただひたすら眠いのだ。


僕は女の子達のキャッキャ言う声を子守歌に眠りについた。



僕は激しい揺れで目を醒ました。


どうやらスリップしたリムジンバスが高速道路の中央分離帯に激突したらしい。


リムジンバスは横転し僕は阿鼻叫喚の中、再び頭を打って深い眠りについた。



「聞こえますか?」


男性の声が聞こえる。


「聞こえている」と応えようにも声を発せない。


それどころか目を開ける事すら出来ない。


「もしあなたが『はい』と答える場合、右手の人差し指を動かして下さい。


あなたが『いいえ』と答える場合、右手の中指を動かして下さい。


わかりましたか?」声は簡潔に説明をする。


僕は右手の人差し指を動かした・・・つもりだった。


もし動かしたつもりで右手の人差し指が動いていなかったら、どうやって意思表示をすれば良いのだろう?


ただ右手の人差し指は動いたようで男性はうれしそうな声で「ここは病院です。


あなたはバス事故に遭って半年間昏睡状態だったんですよ」と言った。


バス事故が起こった事は疑いようもない。


なんせ僕にとってバスの事故はついさっきの事だ。


僕はどうやら命だけは助かったらしい。


しかし今起きたばかりで体がどんな状態なのかは知らない。


「半年間に何があったのか説明しようと思うのですが・・・言い忘れていました。


私はあなたの主治医を務めさせていただいている長田と申します。


何があったか説明させていただいてもよろしいでしょうか?」


『はい』


「それでは説明させていただきます。


東北道を走っていたリムジンバスはスリップして中央分離帯に激突しました。


そしてリムジンバスは横転し、死者七名、重傷者十二名の大事故が起こったのです。


貴方はその大事故で命を落としました。


ここまでは解りましたか?」


『いいえ』


命を落とした?


現に今僕はここでこうして何とか生きてるんじゃないのか?


「そうですよね、『貴方は死にました』と言われても納得出来る訳がないですよね。


では納得いくように説明させていただきます。


私は一つの研究をしております。


それは『人の思考をデータ化する事』です。


貴方は救急搬送された時、すでにもう手遅れの状態でした。


私は貴方の思考のデータをバックアップしました。


分かっています。


私の行った行為は倫理に悖る行為でしょう。


貴方が私を責めるというなら私はそれを受ける義務があります。


それとは別に脳死の状態で運びこまれた方がいました。


『体はないけれど思考だけはできる個体』と『思考は出来ないけれど傷一つない体』があったのです。


意識の移植は臓器移植と同じで相性があります。


相性が悪いと拒絶反応が出て移植は失敗に終わります。


しかし2つの個体の相性は奇跡的に合致したのです。


私は脳死の方の体の中に貴方の意識を移植したのです」


『移植したのです』と言われても『はいそうですか』なんて答えられない。


まるで二台の事故車のニコイチのように使える無事な部品だけを繋ぎ合わせて一台の車を作るようじゃないか。


かといって亡くなった方が何人もいる以上「そのまま死んでた方が良かった」なんて口が裂けても言えない。


頭がこんがらがってきた。


つまり僕の身体は既に死んでいる、という事だ。


そして僕は見知らぬ誰かの身体の中に意識だけ移植された、という事だ。


「混乱されているでしょう。


私もこのようなケースは初めてで安易にアドバイスは正直出来ません。


まずはゆっくり休んで考えては如何でしょうか?


そのための時間は沢山あります」医師は優しい口調で言った。


『はい』




いくつか聞いてわかった事があった。


僕の意識が入ったこの身体は無事だったとは言え事故の深刻なダメージもあったらしい。


今僕の意識は比較的クリアだが半分麻酔で眠っていて、半分起きている状態らしい。


全身に麻酔を行き届かせてしまうと、自律呼吸すらも止まってしまって場合によっては死に至るとの事だ。


なので身体は麻酔が効いているので、自由自在には動かせない。


聴覚は問題なくある。


臭覚もおそらく問題無いだろう。


なぜなら僕は病院独特のアルコール消毒液の匂いを感じているからだ。


味覚はわからない。


看護師が「食事の時間ですよ」と言って何かを顔につけていく。


感覚は麻酔のせいで鈍いのでハッキリはわからないが、看護師の話では鼻にチューブを胃まで差し込んでいるとの事だ。


食事というのは鼻からチューブで液体の栄養剤を流し込んでいる事のようだ。


口から物を食べていない現状で「味覚はどうか?」などは判断出来ない。


ただ栄養剤が逆流して吐きそうになった時、口の中で栄養剤の味がして「うわっ苦い!」と思ったので完全に味覚がなくなった訳ではない事はハッキリした。


触覚などの身体の感覚は正直医師や看護師でも麻酔が効いている状態ではまだわからないらしい。


視覚はどの程度かはわからないがある。


瞼はまだ開かないので物をハッキリと見る事は出来ないが、瞼越しに光の明るさは感じられる。


医師の話では「リハビリで日常生活に支障がない程度には回復する」との事だ。


だが「元には絶対に戻らない。


戻ろうにももう既に元の身体ではない」との事だ。


「ショックを受けましたか?」医師が僕に聞く。


『はい』


「そんなに悲観する事はありません。


逆に元の身体では出来なかった事も出来るはずです。


例えば・・・そうですね、出産とか」

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