担保編
この地方銀行の入り口には観葉植物がある。
景観を良くするためだけに観葉植物をこの地方銀行は置いている訳ではない。
観葉植物の高さは約170㎝。
つまり観葉植物の大きさは僕と同じ大きさだ。
銀行強盗犯が来た時抵抗はしてはいけないが犯人の身体的特徴は覚えておかなくてはいけない。
つまり観葉植物より背が高いか低いかを覚えておくだけで「身長が170㎝以上か、それ以下か」がわかるのだ。
この地方銀行には女性しかいないので尚更そういった強盗犯対策がそこら中にある。
女性だけの会社というのは多くはないが珍しくはない。
経営者が「女性ならではの視点が必要」と女性を集める場合や「女性は結婚、出産で辞職する場合が多いから」と優秀な人材を起用する際女性を敬遠する風潮を逆手に取り「女性の方が優秀な人材は確保しやすい」と敢えて女性を雇用する場合などがある。
また女性用下着や化粧品の会社など主力商品が女性向けである場合、女性だけの会社を作る経営者は存在する。
しかし銀行で女性だけの銀行などは聞いた事がない。
「女性向けの融資を主にしている」というならわからなくもないが、この銀行を訪れた僕も僕の雇用主も男だ。
「メインバンクは『千六百八十七銀行』だ。
地方銀行ではあるけれど、内容は非常に良い銀行だからね」
僕の雇用主であるこの零細企業の経営者がいう。
何故中小零細企業の経営者はこの手の見栄を張るんだろうか?
素直に「この地方銀行が金を貸してくれたからメインバンクも社員の給与振込み口座も義理でこの地方銀行にするしかない」と言えば良いのに。
まあお互い様か「何故ウチの会社を志望したんだね?」と面接で聞かれた時に素直に「ハロワの求人票でたまたま目に入ったからです」って僕も答えなかったし。
僕は再就職で零細企業の経理担当になった。
しかし『千六百八十七銀行』て。
『百五銀行』とか『百十四銀行』って百番台の名前がついてる銀行は見た事あるけど千番台の名前がついた銀行を聞くのは初めてだ。
「千六百八十七銀行さんはね、土地なんかの財産がなくてもお金を貸してくれるんだ。
言ってみれば『人間本位』なんだ」銀行の支店長の前で社長が散々ゴマをする。
支店長さんはまだ三十歳を遥かに下回っているように見える。
この地方銀行は年功序列ではなく実力主義なのかも知れない。
僕はウンザリした。
社長は何でこの『小娘』と言って良い支店長にペコペコしているのか。
それに担保がなくたって、金を貸してくれるのが偉いならサラ金ほど偉い存在はない。
要は「担保なしで幾ら借りれるか?」「どれだけの安い金利で借金が出来るか?」が問題であって『人間本位』とか後で取ってつけたような話に興味はない。
それが社長にもわかっているはずなのに、社長はまるで銀行の支店長の太鼓持ちだ。
普通は客はもっと堂々としてれば良い。
しかし地方銀行とその客では話が変わってくる。
地方銀行でなくても金を借りた者は貸した者に頭が上がらなくなる。
「社長、もうとっくに今月の返済期限過ぎてますよ。
『何があっても返す』んじゃなかったですか?」ソファーに深々と座る支店長が足を組み替えながら言う。
「もう二週間、いやもう一週間だけ待ってもらえませんか?」社長が冷や汗をハンカチで拭きながら言う。
一週間で借金を返す見通しは立たない、と僕は知っている。
なぜなら三日後には支払いがあるからだ。
確かに一週間あればある程度の売上は立つだろう。
だがそれ以上に費用の支払いがあって一週間後には当座預金の金額は今より目減りしているだろう。
僕は社長の『その場しのぎ』の言葉に呆れていたが、頭を下げる社長の隣で同じように頭を下げていた。
「これ以上は待てないんですよ。
今までだって散々待って来たんです」支店長が抑揚なく言う。
「後一週間だけ!後一週間だけ待ってもらえませんか!?
この通り、我々に出来る事は何でもしますから!」社長が必死で食い下がる。
何が『我々』だ。
僕を巻き込むんじゃない。
僕は『何でも』する気はない。
会社から給料をもらっている以上給料分の働きはするけど、会社と心中する気はないし、会社が金を借りるために何もする気はない。
それどころか「何だよこの会社、とんだ沈没船に乗っちまったな。
早く逃げ出さないと」と心の中で舌打ちをしていた。
「貴方が何でもするというのは本当ですか?」支店長さんは身を乗り出しながら言った。
ふざけんな、何で僕が入ったばかりの会社に義理立てして、人柱にならなきゃならないんだ?・・・と言おうとしたら社長が「勿論です!
彼も返済を待ってくれるなら何でもする、と言ってます!
なあ!」社長が小声で「話を合わせてくれ!頼む!」と言ってくる。
正直、この社長にそこまでの義理はない。
僕の入社したこの会社は倒産寸前だ。
いつ銀行への返済が滞るかわからない。
僕はこの会社を辞めよう。
いつ給料が支払われなくなるかわからないのだから。
この会社にそれほど義理はないが、僕は『恩知らず』ではない。
雇ってもらい数ヵ月給料をもらった分の奉公だけは最後にしよう。
「そうですね。
出来る限りの事はさせていただきます」僕は支店長さんに向いそう言った。
最低限の譲歩だ。
口が腐っても辞める会社のために『何でもする』とは言えない。
「じゃあ死ね」と言われても死ぬ気もない。
平たく言うと「出来る限りの事なんてない。
だから何もする気はない」という事だ。
しかし支店長さんは前のめり気味に「わかりました!
それでは二週間返済を待ちましょう。
その代わりあなたは今働いている会社の経理から当銀行に転籍・・・という事になりますが良いですか?」と僕に言った。
「もちろん転籍でも何でもかまいません。
煮るなり焼くなり好きなようにして下さい!」
おい、勝手に答えてんなよ社長。
・・・とは言うものの会社を辞めて路頭に迷うところだったんだ。
勤め始めて二ヶ月、失業保険も出ない。
次の勤め先が労せずに見つかるのは悪い事じゃない。
しかも銀行員だぜ?
ちょっとした社会的ステータスじゃないか?
ちょっと待てよ?
支店長さんは何を見て僕をヘッドハンティングしたんだろう?
僕は頭の中で色々考えていて「はい」とも「いいえ」とも明確な答えは出さなかった。
しかし、話は支店長さんと社長の間で勝手に決まっていく。
「話はまとまりました。
あなたは今日から当銀行員と言う事になりました」支店長さんが僕に言う。
悪い話じゃない。
だけどその転籍に僕の意志決定がないのはおかしくないか?
僕は一言文句を言おうとするも社長がその前に「君は今日からここで銀行員をする事になった。
君のデスクの中にある私物は後日ここに運ばさせてもらう。
いきなりの事だとは思うが、どこに居てもしっかりと勤めあげるようにな」とありがたい社会人としての心得を餞別としてくれた。
社長に突き放されちゃ元の会社にはどうせ居場所はないし、銀行員って言ったってブラックならサッサと辞めれば良い。
それにまた職探しをする時に「前職は経理でした」より「前職は銀行員でした」と言う方が箔がつく。
僕はとりあえずこの銀行で就職する事にした。
「わかりました。
よろしくお願いします!」僕は支店長さんの手を堅く握った。
社長はサッサと僕を置いて会社に帰ってしまった。
頭の中は当座しのぎの資金繰りで一杯で僕の事などどうでも良いのだろう。
「では早速ですがこの装置を越え、銀行のカウンターの中まで入って来て下さい」支店長が僕を手招きする。
カウンターの入り口には空港の出入国ゲートのような大袈裟な装置があり、そこが唯一の銀行カウンター内への入り口になっている。
「ものものしい入り口ですね」そこを通ってカウンター内に入るには少し度胸がいる。
僕は尻込みしながら言った。
「そのゲートは暴漢がもし内部に押し入って来た時に無力化するための物です。
貴方が暴漢でないならあまり気にせずゲートを通れば良いでしょう。
・・・と言っても最初は緊張しますよね」支店長さんが笑いながら言う。
僕は覚悟を決めてゲートを潜りカウンター内に入った。
「ようこそ『千六百八十七銀行』の内部へ!
では早速銀行の内外を説明して歩きましょうか?」支店長さんが大袈裟に手を広げて歓迎する。
僕は「お願いします」と言って支店長さんについて行った。
「ではまず銀行の入り口の扉からかしら?
扉に入る前にATMコーナーがあって、ここは休日でも時間外でも開放されているのよ」支店長さんがテキパキと説明しながら歩いて行く。
如何にも『仕事の出来る女性』と言った感じだ。
それに比べて僕はどうだろう?
『職を転々として見た目もショボい男』それが自分と世間の評価だ。
支店長さんは何故僕を欲したのだろうか?
「その前に支店長さんに聞きたい事があるんです。
何で僕はこの銀行に入れたのですか?」僕は支店長さんに思い切って聞いた。
「そうね・・・貴方が元いた会社の社長いたでしょ?
あの人ね、元々別にメインバンクはあったの。
私が『ウチの銀行をメインバンクにしませんか?』って勧誘したのよ。
貴方には私と同じ、経営者を釣る才能があると感じたのよ」
僕は支店長さんが何を言っているかはわからなかった。
僕は銀行の入り口にある観葉植物を見上げながらふと思った。
この観葉植物こんな大きかったっけ?




