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桜人 ―― 源氏異聞  作者: 塔真 光
第7章 薫香
90/160

7-20

 高田は、カフェに入るとすぐに、テラス席にいる平安装束の若者ふたりに目がいった。

 ――やっぱり、連れがいたんだ! あの子も、タイムワープしてきたのだろうか?

 夕霧の顔を横目で見ながら、高田はカウンター席に腰かけた。だが、耳をすませば、悠斗たち四人の話し声が背中越しに届く距離だ。


「四日後の月曜日の、正午はどうだ? 来られそうか?」

 悠斗がそうたずねると、速仁はうなずいた。

「四日後だね、だいじょうぶだと思う。また乳母ちゃんに頼んで、勉強で曹司にこもっている、ってことにしてもらう、エヘヘッ」

 そう返事する速仁に、桜子が、

「ほんとうに勉強もしないと、こっちに来られないよ」

と、念押しをした。

「うん、わかっているよ。乳母ちゃんとちがって、桜ちゃんは口うるさいよな。おれ、今夜は悠にいちゃんと、えっちな勉強もするのだから、だいじょうぶだよ」

 速仁の言葉に、悠斗が一瞬にして固まった。

「わたしも、その難しい、えっちな勉強を宮ちゃんの横で聞いていてかまいませんか?」

 桜子にそう頼まれて、悠斗はますます固まった。

 そのうえ、おおきく開かれた悠斗の目のはしに、カウンターにひとり座ってコーヒーカップを手にしている男が、「エッチ」という言葉にビクッと反応したように映った。

 悠斗は、

「あ、あ……」

と、口をパクパクさせるだけで、言葉が出なかった。


「ぜったいにダメだ!」

 大声で口をはさんだのは速仁だった。

「桜ちゃんが横にいたら、おれ、勉強に集中できない。えっちな勉強は、難しいんだからな!」

 ――いくら桜ちゃんでも、まんがを読むじゃまだけは許さない!


 悠斗は、カウンター席の男が背中越しに耳をかたむけているように思え、「エッチ」を連発する速仁と桜子の言いあいに、気が気でなかった。

 いたたまれなくなった悠斗は、桜子に、聞こえるか聞こえないかの小声で、

「桜ちゃんには、エッチな勉強を、来週にでもみてあげるから、今夜のところはね……」

と、ささやいた。だが、桜子が歓声をあげた。

「わーい、ありがとう。わたし、悠斗さんと、えっちな勉強をしたかったの」


「ウプッ、――ワァァァ」

 カウンター席の高田が、おもわずコーヒーを吹きこぼし、あわてた拍子に、カップに残っていたものもズボンにぶちまけた。

 桜子がサッと立ちあがり、自分のおしぼりを持って、高田に歩みよった。

「だいじょぶですか?」

「あっ、驚かせてすみません」

「やけどはなかったですか?」

「あっ、はい。だいじょうぶです」

 桜子は、おしぼりを高田に手渡すと、悠斗たちとのテーブルにもどった。

 椅子の上に置かれたバッグのなかで、スズメが目を覚ましていた。

「あ、ゴメンねシロ。バッグを動かしたから、起こしちゃったね。――目が赤いよ、まだ寝たりないの? うふふ」

 桜子は、バッグをまた膝の上に置いて座りなおした。


 大陰は、目覚めてすぐに、高田に気づいた。いまいる場所が、高田を最初に見かけたカフェであることもわかった。

 ――あいかわらず尾行か……。手出しは許さんぞ!

 スズメは、高田の顔と、速仁の童直衣の前衿から先端をのぞかせている榊とに、その赤い両目を交互にむけた。


「場所、変えようよ……」

 悠斗は、あたふたと席を立ち、首筋を手でかきながら、高田のうしろを通ってレジへむかった。

 ――完全に誤解されてるよなぁぁ。


 高田は、通りすぎる悠斗の背中を、チラッと見た。

 ――エッチな勉強なんて、うらやましすぎ。おれも、おみくじ、当たって欲しいよ。

 高田の頭には、〈身近なところに恋が芽ばえる。だいじに育てれば大輪の花が咲く〉という、占いの言葉がうかんでいた。

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